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 案の定、私は、それに何も言えなかった。

 言えるハズがなかった。

 だって宰相の案は、確かに今現在の状況で、目標を達成しようとするなら参考になる案だ。

 だが、私の真意は、そこにない。いま戦を止める、事が目標じゃない。

 お茶とお菓子ぐらいなら、こんなもの。確かに、代償としては軽すぎた。

 下唇を噛みしめる。

 いつまでもここに居ては迷惑だ。わかっている。不敬だって、つまみ出されてしまう。

 鼻の奥が、ツーンとする。


 そして、ここでふいに、思い出した。

 姉の、雰囲気に飲まれたら負けだ、って言葉。

 そう。

 負けてられないのだ。

 希望の光が実は絶望への道だった、なんて、最初から無謀だった、なんてわかりきってた。

 できる事があるなら、しなければ。考えろ私。

 宰相の言った通りに、全部世の中が動くわけじゃない……と、思う。思いたい。

 急にしゃんとした私を、宰相がおやっという顔で見た。

 

「本日は、お時間いただき、誠にありがとうございました」


 涙声には、ならなかった。良かった。

 宰相は、私のその言葉にも興味無さげにまた書類に目を移した。

 ここで出て行く事も考えたが、それではせっかくの倭都のチャンスも駄目にしてしまう。

 恩を、返さなければ。私が負けたら、倭都も負けるのだ。

 最後にもう一個だけ。不敬だって怒られるのがなんだっていうのよ。


「郭宰相様。最後に一つだけ、お聞きたい事がございます」


 宰相は、無反応。言うなとも帰れとも言われないなら、言ってしまおう。


海寇かいこうの事です。なぜ綜は、海寇に港を閉ざしているのですか? 海賊行為をせず、誠実に交易で身を立てている者達もいます」


 宰相が眉をひそめて、私を見た。ここまで来てビビるな、私!


「なんでぇ、またぞろ変な名前を出してくるな。あんた、奇術師にでもなりたいのかね」


 宰相の微妙な皮肉を、聞かなかったフリして、頑張る。


「道中、海寇の一派に助けられました。彼女たちに、綜からの後ろ盾が欲しいが、どうしたら良いのか聞いてほしい、と頼まれました」

「後ろ盾だぁ?」


 お、怪訝そうだが興味を持ってもらえたらしい。


「はい。宰相様ならご存じかと思いますが、彼女たちは今、勢力争いをしているそうです。だから、綜の後ろ盾が欲しいと」


 宰相は何やら考えこんでいるようだった。独り言のようにぶつぶつ呟く。


「海寇に女首領なんぞ居たか? はて、それよりも綜の港を開けて交易したい、とは」


 一人で少し考えていた宰相だが、急に頭を振った。


「止めだ止め。儂は今もっと面倒な案件を抱えとる。そんな、代表も居らず交渉もまともに出来ぬような海賊共に、構ってる暇はない。交易品なら尹から仕入れれば済む話だ」


 一人ノリツッコミ、の雰囲気を感じたのだけど、黙っておく。


「さ、あんたも用事が終わったならさっさと出て行ってくれ。ごちそーさん」


 ついに、ハッキリ出て行けと言われた。

 が、茶と菓子だけでここまで粘れたら上出来だろう。正規に手続き踏んでたら、何か月かかっても得られないような情報ももらえたし。


「はい。貴重なお時間、ありがとうございました」


 今度は素直に、机の上の茶器一式と皿を盆にのせ、頭を下げて入り口に向かう。

 部屋の戸の前には、変わらずあの侍女さんが無表情で待っていた。盆を渡すように合図されたので、素直に渡す。

 侍女さんは盆を受け取ると、恭しく一礼して部屋を出て行った。

 私もそれに倣って、宰相を振り返り一礼しようとした時、


「……王都に行くなら別に好きにしたらいいが、どうもあんたのお迎えがこっちに向かってきてるらしいぜ」


 机の上から目線も上げず、独り言のように宰相が言う。


「お迎え、ですか? 教えて頂きありがとうございます。それでは、失礼いたします」


 なるべく恭しく頭を下げて、宰相の部屋を出た。

 お迎え……、わざわざ私に教えてくれるってことは、環から、何か言ってきたのだろうか。瑞の、父の名前でも出たのだろうか。




 頭の中が、ぐるぐるする。良いのも悪いのも、たくさんの情報が、ぐるぐるする。




 何をどうやって、綜の宮殿を出て馬車に乗ったのか、もう覚えていない。

 微かに、調理場や侍女さん達にあの菓子を食べてって伝えたのと、最後まで側に居た侍女さんにお礼を言ったのは、覚えてる。


 馬車の揺れが、気持ち悪い。


 胃がムカムカするのと、頭がぐるぐるするので、考えがまとまらない。


 それでもなお、馬車は進む。

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