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「……んで、なんだって環の貴族の二女が、戴と尹の戦を止めてぇって?」


 口調は下町のおじさんのままだが、目と雰囲気が宰相、に戻ってる。

 気を引き締めて、今まで宰相に会ったらどう言うかと考えていた事を、口にする。


「無益だからです。環と戴は、同盟を結びましたが、どうもこの戦の為の布石だったように思えます。環にとって無益です」


 ふぅん、とあんまり興味無さげに宰相はお茶に口をつける。やっぱり、理由として弱いかな。


「それに、尹は綜と同盟を結びたがっていますよね。戴と尹が戦になれば、綜にも援軍を頼むはずです。そうなれば、綜にとっても無益な消費が発生するです」


 茶杯を置いた宰相の、続けろ、とでも言わんばかりの視線が痛い。うぅ、先生の難しい問いに答えている時と同じような緊張感だ。


「そして、当事国双方にとって無益です。戴は、尹との戦の時間稼ぎとして、私を騙し討ちのようにして戴に入れました。それはつまり、戦の準備がまだ整っていなかったということ。一方尹も、援軍の用意ができていなかったようですね。私、の存在は邪魔でもありいい言い訳でもあった」


 環の貴族のわたしが戴に居た、というのははじめて聞いた話だったのだろう。宰相が怪訝そうな顔になる。


「なんでぇ、その、あんたが戴に入れられたってのは」

「戴は、環の貴族の人間を盾にして、尹に圧力をかけていたと思われます。環と綜は昔からの同盟国なので、助けを求められたら動かざるを得ないですよね? 周りの国々の目もある。

本当は、綜の人間を戴に入れたかったみたいですけど、叶わなかったようで、次点で私になったみたいです」


 いま思い出しても腹立つあの使者殿。

 ほぉ、とひとつ相槌がきた。


「そうやって牽制し合うなら、牽制し続けていた方が、どの国にとっても良いはずです。環も、綜も、たぶん、どの国も。そう思うので、お願いに参りました」


 宰相の手元の茶杯から、二杯目が無くなった。おかわりを淹れようとすると、それは制止された。


「もう結構だ」


 それは、どちらの意味でだろうか。どちらも、だろうか。


「はい……」


 急須を盆に戻す。

 宰相は、飲み終わった空の茶杯を手元で弄んでいた。


「あんたが言いたい事はわかったし、あんたが望まず当事者にされたのもわかった」


 自分でも、パッと瞳が輝いたのがわかった。期待して次の言葉を待ってしまう。


「だが、それだけじゃあ、直接当事者の両侯を説得するには、弱い。だから、わざわざ儂に直談判しに来たんだろう。こうやって、奇抜な手を使ってまで」


 しゅんとした後、怒られるのかも、と思って思わず身を竦めると、宰相はちょっと笑って、その度胸だけは認めてやると言ってくれた。


「……はい、仰る通りです」


 肩を落とし、頷くしかない。やっぱり、ダメなのだろうか。私には、何もできないだろうか。

 宰相は、目の前の茶杯を弄ぶのを止めた。


「それに、もし今、綜が出て行って止めろと言っても、もはや聞き入れる状態じゃねぇ。既に、両軍とも出発したと報告がきてる」

「えっ!」


 間に合わなかった。


 胸の奥に、今まで以上に、ずっしりと暗く重い思いが沈み、淀む。

 宰相は、少しだけ気の毒そうな目を私に向けた。


「……こうなっちまったら、綜は様子見するしかねぇ。どっちかに、いた男でも居たかい?」

「ち、違いますっ」


 思わず、秒速で否定してしまった。なんでみんなそういう事言うの?!

 私のその反応に驚いたような顔をしたあと、また口を大きく開けてはっはっは、と宰相が笑った。遠慮のない笑い方だ。


「そーかいそーかい、ま、そういう事にしといてやるよ」


 ちょっと不満そうな顔をしてしまったが、それもまた笑われてしまった。


「……宰相なら、ここからどうしたら止められると思いますか」


 つい、宰相に聞いてしまった。ムカッとしたからじゃないよ、断じて。いや、ちょっとは勢いもあったけど。

 宰相は怒る事もなく、ふむ、と言ってちょっとだけ考える素振りを見せた。

 良いのかな。お菓子とお茶を出しただけなのにそこまでしてもらって。と、私が今更ながらあわあわしだした時、宰相が口を開いた。


「そーさな、あんたにゃ珍しい菓子と、美味い綜茶を淹れてもらった。その分の礼ぐらいはしてやろう」


 え、嘘っ、希代の天才からここから巻き返しができる策を教えてもらえるの?!

 当の宰相は、どこか皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「もしも、の話だ。もしも本当にこの二国を止めようと思うなら、儂なら、直接王都に行き、今上陛下きんじょうへいか謁見えっけんし、玉璽ぎょくじを押した勅旨ちょくしょを貰い受け、ここの綜侯にそれを見せて会盟かいめいを開かせよ、とかなんとか言って動かすかね。ま、儂のようないさめ屋が居ない時限定だがね」


 そう言い終わると、ふと皮肉っぽい表情を強めた。自負、というか、少し寂しそうな顔にも見える。勘違いかもだけど。


 えっと、えっと、聞きなれない単語がたくさん出てきたけど、たぶん、舜王から綜侯にあてた平和条約を結ばせなさいって命令書を貰う、っていう感じ、だと思う。文脈的に。


「陛下に、直接ですか」


 ふっと、宰相は鼻で笑う。だがそれは、私を笑ったものではなかった。


「ああ。うちの長さんはな、権威っちゅーもんに滅法めっぽう弱くてな。そのせいで今も、直接自分で天下を統一するより、舜王室の代理、みたいなもんをやってんのさ」


 おっと口がすべった、などと言っているが、宰相は全然平気そうだ。……上手くいってるのかな、この主従。


「あっ、ありがとうございます!」


 私がお礼を言うと、宰相はもう私には目もくれず、避けてあった書類に手を伸ばしていた。

 書類を机に広げながら、興味なさそうに口を開く。私がどんな反応をするのか、わかりきっているかのように。


「ま、それをするには遅すぎだがな。その案をもし実行しようとしたなら、戦は激烈を極めるぞ。なにしろ、二国を綜が下さねばならん。あんたのいう理想とは、真逆になると思うがね」

かんたん用語解説〜(話し半分の解説)

謁見→偉い人に会ってもらうこと

玉璽→舜王しか持てない印鑑

勅旨→舜王から出された命令書

会盟→諸侯を集めて平和条約を結んだり、主催者の意向を伝える場。元は舜王しか出来なかった

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