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「そ、そのお茶を淹れたのは、私ですっ。茶葉は、変えておりません。茶葉の量と温度で、その菓子に合うように調整しました」


 声が、震える。緊張と、興奮と、宰相の圧で。

 畏縮しながらも言葉を発する私を、宰相はじぃっと見ていた。が、


「なんだ。それならそうと早く言いなさい」


 と、急に表情を緩めて、雰囲気柔らかく言った。ビックリした。


「そうか、あんたがほうが言ってた、料理人か。年若い娘なんで驚いたよ。まぁた、儂にめかけを取らそうと送られてきたのかと。いやはや、すまんな。あんたは本当に料理人のようだ」


 はっはっは、と豪快に笑うその顔に、さっきまでの剣呑さは見当たらない。その雰囲気に後押しされ、頑張って口を開く。


「お褒めにあずかり光栄です。つきましてはお願いがあるのですがっ」


 息継ぎも忘れて、一息に言い切る。

 私の言葉を最後まで聞くと、宰相は、今度は大きく溜息を吐いた。もう一口、茶を飲む。


「お願い、ときたか。全く、儂に言っても大した事は出来んのに、後を絶たんな。しかし、あんたの菓子と茶は美味かった。聞くだけ聞いてやろう」


 やった! 料理スキル、万歳!

 宰相が侍女さんを見ると、侍女さんは心得たように扉の前まで下がった。私達の会話が聞こえるか聞こえないぐらいの位置だ。

 胸の前でギュッと手を握り、勇気を出して、宰相を見る。


「どうかお願いです。戴と尹のいくさを、止めてください!」


 宣言するように声を上げると、どこかつまらなさそうな顔をして聞いていた宰相が、一拍遅れて、驚いたような顔になった。ほとんど不意打ちだっただろう私のお願い、に。

 宰相に次の言葉を発する間を与えないように、畳みかける。


「申し遅れました。わたくし、環の国は司馬の一族、瑞家の二女、珠香と申します。突然このような申し出をしていしまい、申し訳ありません。でも、この二国を止められるのは、宗主国そうしゅこくの宰相である、郭仲様しかいないのです。どうかお願いです、この二国の戦を、止めて下さい!」


 言い終わると同時に、思いっきり頭を下げる。

 自分の身分を明かす事に意味があったのかわからないけど、この人の前ではそうした方が良いと直感したのだ。


 しばらくそのまま、反応を待つ。

 沈黙だけが、流れる


 やがてお茶を啜る音が響いた。

 あまりの反応の無さに、恐る恐る顔を上げると、宰相はサー……揚げ菓子を食べ終わり、お茶を飲んでいる所だった。どうやら、菓子と茶は気に入ってくれたらしい。良かった。

 でも。

 私の願い、聞こえて、たよね?

 不安に思って宰相の顔を伺う。

 難しい顔をしているのは、色々考えている最中だからだろうか。

 胸の動悸が早くなる。

 やがて、コトン、と宰相が茶杯を置いた。


「……茶のおかわりはあるか」


 全く予想していなかった言葉だったが、咄嗟に返事した。


「はいっ。二煎目は軽い口当たりになりますので、そのまま置いてます。すぐに用意してき……」

「持って来させて、淹れてくれるか」

「はい……」


 侍女さんを見ると、心得たという風に少しだけ会釈して、扉から出て行ってしまった。

 えっと、これはつまり……二煎目淹れて飲む間は、お話聞いてもらえるって事でいいのかな?


「あの」


 思わず口を開くと、


「あんたは、環の貴族の娘か。茶を淹れるのは、誰かに習ったのかね」


 宰相が、さっきよりも幾分柔らかい雰囲気で聞いてくる。その様子にちょっとホッとしながら、応える。


「はい、祖母に習いました。ただ、本当にさわりを習っただけで、好きに淹れているので、自己流でお恥ずかしいのですが」

「そうかい。茶は、好きかい」

「はい、好きです。ずっと親しんできたものなので。飲むと美味しいし、落ち着きます」


 つい普通に話してしまったが、大丈夫だろうか。と、ハッとした時に、扉から侍女さんの声がした。

 宰相が入れ、と言うと、侍女さんは先ほど厨房に置いてきた茶器一式とお湯を持ってきてくれていた。茶葉もそのままだ。宰相に関するお話聞いてると、一煎目で茶葉捨てるの嫌いそうだもんね。

 侍女さんは、机の上に茶器と湯の入った鉄瓶をテキパキと設置すると、また先ほどの定位置に戻っていった。


 宰相が、目で促してくる。

 ドキドキと鼓動がまだ早いが、お祖母様を相手にしている時のように、ゆっくりお茶を淹れていく。

 緊張しているが、身体が手順を覚えている。ありがとう、お祖母様!


 私が、順序を踏んで丁寧にお茶を淹れていると、ふと、その様子を何気なく見ていた宰相が、ポツリと呟く。


「……儂の家は、昔貧乏でな。茶なんて高級品、見た事すら無かった」


 私は黙って、茶杯を温める。


「生まれて初めて、ちょうさんについてこの宮殿に来た時、出された茶を飲んで、えらい衝撃を受けたんだよ。世の中にはこんな美味い物があるのかってな。同時に、もっと母ちゃんや兄弟たちにも、この美味いもんを飲ませてやりてぇと思ったもんだ」


 口調が、だんだん偉い人から下町のおじさん、に変わってきてるけど、気づいているのかな。


 先生から昔、この人について少しだけ聞いた事がある。

 綜の宰相は、貧乏な庶民の出身で、その才能と運で現在の地位まで上り詰めた、立身出世の人だと。間違いなく、この時代を代表する人物だろう、と仰っていた。

 その時は、凄い人がいるんだなあとしか思わなかったけど、今、目の前に本人が居る。居るが、口調が、雰囲気が、どんどん親しみやすく変わってきているので、私の緊張も少しほぐれてきた。


「だから、商学しょうがく門徒もんと達と共謀して、綜の方針として大量に茶畑を作って、一気に大量に出荷する事で、茶葉を安定して安価で供給する事に成功した。今でも非難されるがよぉ、綜茶もここまで美味くなんだって、作って良かったなぁって、久しぶりに思ったよ。ありがとな、瑞のお嬢さん」


 商学の門徒、というのは、前世風に解釈するなら、経済大学の先生や生徒達、っていった所かな? 何とか学、という専門の学問が聖地の綜では沢山あるそうだ。


 宰相が言い終わるのとほぼ同時に、最後の一滴が急須から茶杯に流れ落ちた。

 それをスッと宰相に差し出す。

 宰相はそれに口をつけ、一言、


「うまい」


 そう言った。

 心の底から、ホッとした。

商学、という名称は私が勝手に付けましたが、何らかの実在の名称等と被ってたらすみません。何の関係もありません(保険)

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