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次の日。
とても快適な寝具のおかげで、ぐっすり眠る事が出来た。何も考えずそれはもう、ぐっすりと。服もまた貸してもらったし。
貴族の家、余裕、万歳。
朝食に誘われて、昨日の餐間で朝ごはんを食べ終えた後、ようやく、色んな事が身に沁みてきだした。
「ああぁぁあ」
食器が片付けられ、お茶が置かれ、身内だけになった時。とたんに溜息が出た。顔を両手で覆う。
「どないしはったん、朝から」
珊瑚が、わかってるだろうに、にやにやしながら聞いてくる。
顔から両手を外し、恨めしそうに春陽を見てしまう。
「いったい、何を作ったら、宰相に喜ばれるんだろう。珍しいって、なんだろう」
昨日の夜、考えたら眠れなくなりそうだったから考えずにいた事が、ずっしりのしかかってくる。
「なんだそれ、先生がたまにやる哲学ってやつか? 珍しいってのは、見た事ないってことじゃないのか?」
春陽が事もなげに言ってくる。
「そうだけど。この綜都にあって、見た事ないものって、なんだろう」
「逆に私達は全てが珍しいけどな」
あはは、と笑う春陽。
このお姉ちゃん、荒事以外だとぜんぜん頼りにならないんだけど。チートの偏りが凄い。
「珊瑚さんや慶珂は、何か思いつかない?」
姉を見切り、二人に向き直ると、二人は顔を見合わせた。そして、珊瑚がちょっと困ったように笑った。
「せやなぁ。あたし達が知ってるようなんは、珍しい、にはならへんのとちゃう? そこは、珠香ちゃんが頑張るしか無いやねぇ」
「俺もそう思います。それに、いくら賄賂を渡したとはいえ、そうすぐに宮殿には入れないと思いますし、ゆっくり考えてみられては?」
二人の、春陽よりよっぽどまともな回答に、私はしょんぼり頷く。
「……そうね。やるしか、ないよね。がんばってみる」
私の前向きな発言に、三人はそれぞれ励ましてくれたのだった。みんなが居てくれて、本当にありがたい。
その日の午前中に、侍女さんにお願いして、前世の記憶にあるお菓子作りで使いそうな材料が有るか、市場で確かめてきてもらった。
結論を言うと、私が知ってるようなものは、ほぼ揃うようだった。
小麦粉、卵、牛乳はある。
牛乳があるので、バターのようなものも作れはする。めちゃくちゃ大変だけど。
砂糖も、雑味が結構あるけど、黒糖のようなものがあった。はちみつもあるらしい。
さすがにバニラオイルはなかったが、甘い匂いのするマメ科の細い植物があったので、代用しようと思えばできそう。
冷蔵庫が無いから、アイスクリーム系は難しそうだけど、氷さえどこからか調達できればできそうではある。どこから調達するのかわからないけど。
ベーキングパウダーは無かったけど、確か、重曹で代用できるんだよね。炭酸なんだっけ。聞いてみたら、それっぽいふくらませる為の白い粉があるらしいから、それも使えると思う。
……これだけ書き出してみて改めて思ったけど、私に唯一与えられたチートって、食材知識チート(前世基準)なんだわきっと。それを使う腕前までは貰えなかったみたいだけど。
しかし、材料があるという事は、その材料を使うお菓子を作れる、という事になるんじゃないのかな。誰も作ったり、見た事ないお菓子を作るって、難しすぎるよ。私もそんなに覚えてるレシピがあるわけじゃないしなあ。
一人、もんもんと材料を書いた紙を前に考えていると、侍女さんがお茶を持ってきてくれた。ので聞いてみる事にした。
「綜には、焼き菓子、ってありますか?」
「はぁ。焼いている菓子ならあると思いますが」
「えっと、こういう感じの……」
私のふわっふわな質問に、侍女さんが根気よく答えてくれて、なんとか分かった事は、思ったよりも素朴なものが多い、だった。
確かに、材料は有る。が、高価だ。卵すら、市場では貴重品だ。腐るの早いからね、
所感としては、そんなにたくさん材料を使わずに作れるものが多い感じだ。
パウンドケーキなんてもってのほかだと思う。似たような比率で作ってる人いるらしいけど。貴族でも食べた事ある人は少ないらしい。
オーブンも無いから、火の調節も難しい。
竈で良いは良いんだろうけど、私が使いこなせない気がする。竈で180度ってどうやってはかるのか想像もつかないし。
色んな物事を考慮して、悩みに悩んだ私がその日の夜に出した結論が、ドーナツだった。
面倒な温度設定を保ちつつ何十分も焼かなくて良いし、炸(揚げる)、というのを菓子の調理法としてまだ使った人がいないようだったからだ。
意外だけど、炸、という料理法自体が近年発明されたものだから、まだみんな手探り状態なんだと思う。高火力に耐える鍋って、地味に凄いよね。鍋が発明されてようやく出来た調理法だもんね。
あとは、私が分量をミスらなければ、いけると思う。
次の日には、使いそうな材料を侍女さんに持ってきてもらい、料理長に話を通してもって厨房の片隅を貸り、試作に入った。
あんなにすばらしい料理を出す厨房なので、めちゃくちゃ緊張したが、作り的には少し広い、とても良く整理されたわりと普通の厨房といった風だった。これなら私にも使えそう、良かった。
厨房の片隅って良いよね、落ち着く。
さて。
まず小麦粉を、木のボウルに入れる。
グラム換算を、頭の中で頑張ってやってみる。一応、生粋のこの世界っ子でもあるので、こっちの世界の単位とグラムを変換できるはずだ。
……料理ってそんなに厳密に重さを計らなくても、作ろうと思えば作れるので、自然にこっちの世界の単位で作ってた、ようだ。グラム換算しはじめて初めて気づいた。
重さの単位をクリアしたら、次は比率だ。
粉が100としたら、卵1つと、重曹粉と、牛乳少々かな? あ、砂糖も40ぐらい入れよう。あれ? なんか柔らかい? じゃあ粉を足して、やっぱりパサパサになるからバターも入れてみようかな……。
なんて試行錯誤して、型抜きが無いので丸めて油に落とし、火力を見ながら炸していくと……、
「サーターアンダギーだこれ……」
あつあつを口に入れ咀嚼した瞬間、前世の単語がよみがえった。
思わずポロリと呟くと、横で一緒に試食していた侍女さんが、首を傾げた。
「なんですか、それ。巍の言葉ですか?」
「い、いいえ。今私が名付けました」
「不思議な語感の名前ですね?」
侍女さんの不思議そうな顔を、顔を引きつらせながら流す。
な、なんにせよ、ドーナツ改めサーターアンダギーができたので、良しとしよう。
侍女さんの顔を見れば、美味しいのもわかるし。侍女さん、名前教えてくれないけど、若い女の子って感じで可愛いなあ。侍女してるくらいだし、兄は重要な門守ってる門番さんだし、良いとこの家柄の子なんだろうなあ。仕草に余裕がある。
「早速、これ、旦那様にもお出ししてよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
侍女さんの言葉に、頷く。
サーターアンダギーもドーナツも、ここの人達にとって違いなんて無いし、私も今、正直違うかどうかわからなくなりはじめて混乱してきたし、これで良しとしよう。
なんとなく入れた分量も覚えてるし、生地の感じもわかったから、もういちど作れると思う。大丈夫、だと思う。
「わかりました。では、失礼します」
侍女さんは小皿を持って、うやうやしく一礼し、出て行った。
私も、素っ気ない厨房長や厨房の人達に挨拶して、出て行く。
ちょっとだけ、尹の厨房の人達が懐かしくなった。
このレシピで作れるのは多分、サーターアンダギーでもドーナツでもなく、ダークマターw それでも成功するのがSF(少し不思議)




