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短刀を右手に、環木を左手に持ち、卓子の上に置いた。
みな私の方を、何をするんだろう、という目で見ている。
私はおもむろに右手の短刀の鞘を外し、環木にその刃を突き立てた。
はじめは硬くて刃なんて通らないように思えるが、木には繊維があり、それは乾燥し加工された後でも変わらない。その繊維に沿って慎重に削り、割る。
すると環木の一部、三割ぐらいを、無事に切り離す事ができた。
「とりあえず、これをここの当主に渡して、反応を見てみようと思うの。足りないようなら、また追加で渡そうと思う」
切り離したものはただの木片に見えるが、既にほんのり良い匂いがしている。この欠片でも、わかる人にはわかる価値がある。
それにしても。この思戯から貰った……借りた短剣は、凄く切れ味が良い。硬い木に突き刺さしても刃こぼれもしていない。香木を切るには、過ぎた短剣だ。……返せると、良いな。
「お祖母様や珠香が、そういったのに造詣が深いのは知ってるが、それ、本当にそんなに価値があるものなんだな」
春陽が、のんきにお茶をすすりながら呟く。
春陽が全く興味ない、というより、武家の瑞のお家でこういったものを趣味にしているのは、お祖母様と私ぐらいなのだ。玉雲が、教養としては知ってる、ぐらいだろうか。
「そうね。春陽の剣、造れると思うよ。こっちで」
小さく切り分けた方の木片を指して、春陽に言う。春陽は驚いたように、改めて木片を見た。
うんうん。この時代、剣に代表されるような武器の類いって貴族の物はほぼオーダーメイドだから、すっごい高価なんだよね。防具も。それと同程度の価値と聞いて、春陽は眉を下げた。
「そうか。……価値は、人それぞれだな」
ここで、否定したり馬鹿にしたりしないのが、春陽の人間として出来てる所だと思う。……人として、良い人間ではあるんだけど、変に真っすぐで強いから、たまに凄い化学反応を起こすんだよね。強い人見たら戦わずにはいられないとかさ。
一緒に環木を買いにいった慶珂は知らん顔をしていた。賢い。
珊瑚はニヤニヤしている。あれは多分、価値を知ってる顔だ。春陽の反応に、面白そうに笑っている、んだと思う。
「今日の夜は、これで、頑張ってみる。素直にお願いしてみて、駄目だったら……また相談する」
私の言葉に、三者三様に頷いてくれた。
一人でどこまでできるかわからないけれど、頑張ろう。
そう、決意を新たにした。
夜。
一人で頑張る決意をしたのに、それはこの屋敷の当主によってあっさり覆されたのだった。
四人一緒に、晩餐に招待されたのだ。
どうやら、その食事中に話を聞く、という流れになりそうだ。
慶珂が辞退したそうだったが、一人だけ席を空けるのも失礼だろうし、変な疑いをかけられてもまずい。と、いう事で、四人一緒に饗間に呼ばれたのだった。
気にしないのか、警戒されているのかわからないけれど、当主の好意の申し出に、私達は甘える事にしたのだった。
綜の食卓は、大きかった。
中央寄りの国は、環の国もそうだけど、食卓は個々人に用意され事のが多い。
だが、ここは尹や戴と一緒で、大きな一つの卓の上に、さまざまな料理を豪勢に並べていた。そう、まるで、権力を見せつけるように。
戴はそもそも、食材が沢山ある事に裏打ちされた料理の数だったが、ここは、その食材を集める力を持っているという、権力の誇示に見える。見えるだけだけど。
食卓の一番奥に、この劉家の当主、汀桔が座っていた。
私達が侍女の案内で饗間に入ると、立って出迎えてくれた。
「ようこそ、瑞家の皆さま。今宵は、我が屋敷を訪れていただき、恐縮です。手狭な屋敷でご不便おかけしますが、どうぞごゆっくりおくつろぎください」
ちらっと春陽を見ると、挨拶は私に譲ってくれるようで、口を開こうとしない。
頭を下げて、まず私が口を開いた。
「劉家のご当主、こちらが当然お邪魔したのに、このように手厚くもてなして頂き、お心遣いに感謝いたします。私は、瑞家の二姐、珠香と申します。こちらが大姐の春陽。あとは従者の慶珂と珊瑚です。しばしの間、お邪魔させて頂きます」
私の紹介で、三人とも頭を下げて挨拶する。丁桔はそれを鷹揚に頷いて、受け入れた。
一通りの挨拶が終わると、私達はそれぞれの席に案内され、座った。各々の前に飲み物や皿が用意され、主人の乾杯の合図で和やかに晩餐がはじまった。
ここでは、大皿で出てくる料理を、自分の小皿に取り分けて食べる方式だが、遠いのは自分で取りに行くのではなく女僕の人が取りに行ってくれる。
瑞では、料理を置くために女僕さん達が居るが、こちらでは持ってくる為に居る。大変そうだが、貴族の家ならそうなるよなあ、などと思いながら食べていた。
なんて思いながら、実際は、美味しい美味しいと言いながら食べていたので、大変さを思いながらも有難く甘受していた。
ここで出される料理に比べて、私の手料理のなんたる児戯、おままごな事か。
尹の色氏は褒めてくれたが、あれは目新しいもの好きのまだ若い人だったからだろう。
この料理の数々と比べられていたら、物足り無いというか、また作って欲しいなんて言ってくれただろうか。バレンタインで老舗百貨店で買ってきたチョコと、湯銭で溶かしたチョコで手作りマフィン作りました、ぐらい違う。
そんな風に思えてしまうぐらい、何を食べても美味しいし、レベルが高かった。
綜の貴族の家は、こんなに高い水準の料理人を囲っているのが普通なのか、それともこの劉家が特別なのか。
どちらにしろ、凄い事だ。
私が、あんまりにも感心しながら美味しい美味しいと言っていたからだろうか、ほろ酔いで良い気分の当主が話しかけてきた。
「どうですか、瑞家の珠香さん。うちの料理人の腕前は」
いきなりだったので、口に入れていたものを咀嚼して飲み込み、頷いた。
「はい。とても美味しいので、驚きました。当家の料理人も中々のものですが、こちらの料理にはとても及ばないです。素晴らしいですね」
私が手放しで褒め称えると、丁桔はまんざらでもないように、微笑んだ。
「ええ、そうでしょう。わざわざ、料理人を引き抜いてきたのですよ。ここまでの域に達しているのは、宮殿に数人、市井に数人、といったところでしょうな」
満足と自慢が入り混じったような声音だった。この人、お祖父様の姉の子、だったと思うんだけど、あんまり好きになれないな。なんとなく見下されてるような気がするからだろうか。
実際、綜は舜王朝にかわって天下を動かしているそうだから、そういう気持ちになってくるのも仕方の無い事なのだろうか。
「ぜひ、当家の料理人もこちらで修行させていただきたい程です」
確かに美味しいが、うちとは味付けが全く違うので、完全にお世辞である。……うちの料理長の料理だって、美味しいもん!
笑顔のままの当主の様子から、一応、気分を良くする事には成功したようだ。
みんなの様子をちらりと見やると、それぞれ味わって(約一名掃除機のようにかきこんでいるが)食べたり、横にいる女僕さんとお話していたりした。
和やかだし、この辺で切り出しても良さそうだ。
そう判断して、思い切って丁桔に話しかけてみる。
「劉家のご当主。実は今回、こちらに来たのは、お願いがあったからなんです」




