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と、いうわけで、広々とした瀟洒な房に案内されて、今に至った。
調度品は、来客用なのか綜風の物が多く使われており、一部に全然違う尹風の柔らかい曲線の置物が置かれていた。
うーん、こんな風に部屋全体をまとまった風にコーディネートできるなんて、凄いな。一朝一夕の交易の中心地では無い、という事なんだろうか。
とにもかくにも夜までまだ時間があったので、侍女さんにお願いして他の三人を呼び出してもらった。
それぞれ、割り当てられた房で快適に過ごしていたようだ。
「で、話しってなんだ? 珠香」
春陽が、出されたお茶をすすりながら、私に聞いてきた。
尹風の丸い卓子に、綜風の四角い椅子が四つ。だがそれが全然変ではないので、みんな何の疑問もたず椅子に座っている。
私は、三人を見回しながら、言葉を発した。
「これから、劉家の当主に会う事になるけれど、みんなの印象を聞いておきたいなと思って。ちょっとでも、有利に話を進めたいの」
言葉を区切り、私も一口お茶をすする。
さすがに貴族の家で出されるお茶だ。爽やかさを残しながらも、濃い旨味のある綜茶を出してきた。淹れる温度次第で、爽やかさ寄りにも濃い風味寄りにも出来る、相当良いお茶だった。今出されているのは、お客用でちょうど真ん中ぐらいに合わせたのかな。
茶杯を置いてみんなを見る。私の発言にみんな顔を見合わせたり、首を傾げたりした。
「そうだなぁ。私には普通のおじさんにしか見えなかったな」
一番最初に声を上げたのは、春陽だった。ほぼ想像通りの答えだった。春陽は、強い人にしか興味が無いからね、仕方ないね。
「そうですね。私も、特にこれと言って特徴のある人物のようには思えませんでした」
慶珂も続けて発言する。結構人を見ている慶珂をしても、こんな感じか。話したのが短すぎたのもあるかもしれない。
最後に、いつも通りニコニコなのかニヤニヤなのかわからない笑みを浮かべている、珊瑚を見た。見られた珊瑚は、顎に人差し指を当てて、ちょっと考えているそぶりをした。
「せやねぇ。変な癖の無い人のようやから、素直に賄賂渡して、素直にお願いしてみても良さそうやけどねぇ。どうするんかは、そん時の話の流れ次第でもええんちゃう?」
珊瑚が、しごくまともな事を言う。
正直、珊瑚のおかげもあってこの屋敷に泊めてもらえたようなものだし、面会の際に珊瑚にも一緒に居て欲しい。そう伝えると、珊瑚は今度はハッキリ面白そうに笑った。
「珠香ちゃん、それはちょっとあのお貴族さんを見くびりすぎやで。環の要人の、双子の一人とその家族が、何故か、綜に非公式で居てんねんで? ひとまず、身柄を確保しとかなあかんと思ぉたんちがう?」
「あ、そっか」
今は片方だから意識薄れて失念してたけど、そうだった。春陽、有名人だった。それも見込んでここに来たのだが、確かに認識が甘かったと思う。
「今夜の面会では、その辺を包み隠しながら聞いてくると思うし、それなら素直に目的を言った方がええんちゃうかなぁ。そん時にアタシがいたら、また話がややこしゅうなるえ」
ニコニコと発言される珊瑚の言葉には、いちいち頷く事しかできない。
そして、私と同じ状態になっている、姉。
「そうか。なんで居るんだって思われてるんだな。一人だし」
そして、この姉妹大丈夫かな、っていう目で見てくる、慶珂。うう、これは精神年齢的には恥ずかしい展開だ。
……でも本当に、なんで春陽ここにいるんだろう、って思うよね。そうだよね。私も正直、今でもそう思うし。
「ま、変に気負わんと、お話してきたらええんちゃう。この時の為に、袖の下も大事に持ってきたんやろ」
珊瑚の発言には、素直に頷いた。
「はい。環木は、環にあるよりも、綜や王都の方が更に価値が高いらしいので、持ってきました。慶珂、荷物あるよね」
物価、というのは希少価値や距離でも上がったり下がったり、するらしいし(前世での記憶だけど)交易の基本なのだろう。だから、環ですら心臓がどきどきする価値だったあの環木は、この綜においてさらに価値を上げる、と思う。
慶珂は、私の言葉でいったん部屋に荷物を取りに戻った。慶珂に持たせたままだったのだ。ごめん。
少しもしないうちに慶珂は戻ってきて、私の横に荷物を置いた。
「ありがと、慶珂」
慶珂は私の言葉に少し笑って頷くと、自分の座っていた席に戻った。
環木以外、大した物は入っていないハズなので、すぐに口を開いて改めて中を点検する。ちゃんと見るの、実は久しぶりなのよね。
「あれ?」
中には、薄汚れてしまった着替えの一部と、粗末な布にくるまれた環木。そして、尹で没収されて無くしたと思っていた、短刀が入っていた。
そう、思戯と約束の交換をした時に貰った、あの短刀だ。
諦めて、いたのに。せめて、貰った事だけでもちゃんと記憶しておこうと決意して、諦めたのに。なんで、ここにあるんだろう。
「どうかしたか、珠香」
「いいえ、なんでもないの。環木は無事みたい」
春陽が不思議そうに声をかけてくる。ので、つい何でもないフリをしてしまった。なんで、咄嗟に内緒にしてしまったんだろう。ちょっと、恥ずかしい。
でも。
この短刀は、はじめて尹に連れ去られて風呂に放り込まれる前までは、確かにあったのだ。ということは、短刀を隠したのは、あの有能な女僕長の丁香のはずだ。誰の指示かは置いとくとして。
その短刀をわざわざ隠された荷物の中に入れられるのも、おそらく、彼女だけだ。
なんで、返してくれたんだろう。いつ、入れてくれたんだろう。
不思議な事は沢山あるが、ここに短刀が有った、という事実がとても嬉しかった。
そして、丁度良かった。
短刀を手に取ると、ずしっとした重さで、存在を主張してくる。それがなぜか嬉しい。誰にも見えないように、ぎゅっと、一瞬だけ抱きしめた。




