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「よぉ、李氏。商品を持ってきたっぺよ」
「張じいさん。大変だったろう、いつもすまんねえ」
「なぁに、若いもんには負けん。ほれ、今日は売り子も連れてきたっぺよ」
「どれどれ?」
建物の中には、中年太りの、人の好さそうな壮年の男性が居た。李氏、と呼ばれおじいさんに親しそうに話しかけられているから、あの漁村の関係者なのだろうか。
「はじめまして。私達、ちょっと綜に用事がありまして。船に乗せてもらったんです。その乗り賃ぐらいは、手伝わせてもらいます」
ずっと、渋々荷物を持っていた珊瑚が、荷物を下ろして朗らかそうに口を開いた。イントネーションがやっぱりちょっと違うが、珊瑚のその美貌と、丁寧な口調に、男性、李氏は珊瑚を信用したようだった。
「そうですか。むさくるしい所なので、一気に華やかになって良かった。今日はよく売れそうです」
はっはっは、と人の好さそうな顔で笑い、真ん丸のお腹を揺らす李氏。
「それで、ちょっと申し訳ないんですけれど、ウチの若い子の一人が、船酔いしてしまいましてなあ。読み書き計算は出来ますんで、奥の方で働かせてもらえませんやろか?」
未だに春陽の肩を借りて立っていいる私を見て、珊瑚がそう言ってくれた。さすが、ちょっと怖い所を除けば気が利く人だ。
李氏はちょっと驚いたような顔をしたが、頷いて私の方に来た。
「船酔いとは、大変でしたなぁ。読み書きができるなんて、もしかして大きな商家のお嬢さんでしたか」
「そんなもんです。ささ、アタシたちは何したらええですか」
不思議そうに私を見ていた李氏の気を逸らすように、珊瑚が話しかける。李氏は、すぐそちらに気を取られてようで、持ってきた荷物を見分しはじめた。
一方おじいさんはさっさと、ここお店だと思うんだけど、お店の奥に行って椅子に座ってお茶を飲みだした。ここに運ぶまでが仕事って、ことかな。
春陽が、私をそこまで連れて行ってくれて、同じように椅子に座らせてくれた。久しぶりに座った気がする。
「すいません、妹をお願いします」
そう言って、春陽は珊瑚たちの方に行った。
おじいさんが、禿頭を撫でながら、向こうに行った春陽と、私とを見比べている。次、何を言うのかわかるぞ。
「ありゃ、あんた達、姉妹だったんだね」
「そう、なんです。似て、ない、姉妹って、良く言われ、ます」
だいぶ、足が動くようになってきていたから、薬が抜けてきていたのだろうと思っていたが、口調の方はまだかかりそうだ。
おじいさんは、私の先んじた言葉にちょっとバツが悪そうな、誤魔化すような笑いを浮かべた。田舎のおじいちゃんだなあ。
「そんな事ねっぺよ。さ、茶でも飲むか。今日はそんなに客が来る日じゃねえから、ゆっくりしてな」
「はい。ありがとう、ございます」
おじいさんが、私の前に急須を出したので、ありがたく置いてあった小さな湯呑をひっくり返し、お茶をそそぐ。ちょっと緊張したが、手の方は副作用が切れているようだ。細かい作業もできそう。
お茶に口を付けると、さわやかな味がした。軽い飲み口だ。綜のお茶だな。大量生産が可能になったらしく、綜の中のみならず他の国にも安いお茶として出回っている。嫌いじゃないけど、もっと旨味が強い方が好みだな。なんて事を思いながらも、一杯を軽く飲み干す。
お茶を飲んでいる間に、春陽達の様子を見ていたが、珊瑚のポテンシャルが凄い。テキパキと見分した後の商品を並べ、説明を聞き、若い二人に解説している。辺りの様子を見て、李氏と呼ばれたおじさんに何やら聞いていた。
そして。
「はい、いらっしゃい。何にしますか? 今日はこれなんかお勧めですよ」
「ええ、そらもう、新鮮さと美味しさが違いますよ。ちなみに、醤と合わせると最高ですえ」
「まぁ、お上手。それやったら、ほら、もう一枚買うてってくださいな」
これをくれ、これもくれ、それとこれも、あれも、それも、これも。
「はいっ、お待ち、ください。すぐにっ」
「会計は並んでくれ、順番だぞ」
「これ、別に包んでます。こっちと一緒にすると、匂いがうつるので気を付けてください。これはまとめてます。どうぞ」
息をつく暇もないくらい、お客さんが、入った。
ビックリした。
本当に、驚いた、珊瑚の商才に。
まず、珊瑚は李氏に人通りの多い時間帯を聞いた。そして、その時間に向けて、商品である干物を焼いた。その匂いにつられた人に試食を出して、さらにおじいさん達に聞き取った料理法やこっちでは珍しい食べ方を提案した。ら、珍しい美人が珍しい売り方をしているという事で人だかりができて、人だかりがさらに人を呼んで、あっという間に商品が売れて行った。まさに、飛ぶようだった。
私と李氏はお金の計算で手一杯なので、春陽が列を作り、会計が終わった人達への商品渡しを、慶珂がすすんでやりだした。ので、最終的には順調に列が進み、何とか、今日の分の商品を売り切ってしまったのだった。
怖い。
あれだけの売り上げを上げた珊瑚が、ひと時も黙らずしゃべり続けていたのに平然としている珊瑚が、そして、
「なんやぁ、もうちょい商品があれば、まだ売れたのになあ。残念」
そう言って、にこやかに微笑む彼女が、怖い。この人、何なんだろう、マジで。
会計に専念していた私と李氏、そして絶えず商品を渡していた慶珂は、ぐったりしているというのに。
平然とした顔をしているのは、さすがというか、なんというか。
もう、今日はこれ以上の入荷は無いので、早々に店を閉め、みんなでお茶を飲んで一息つくことにした。みんなで同じ円卓子につく。
「いやぁ、本っ当に、珊瑚さんはお凄い。このままこの店に居てもらったら、綜都一の商館が建ちそうですなあ」
李氏が、お腹を揺らしながら珊瑚を称える。当の珊瑚は涼しい顔をして、
「商売っちゅうもんは、そんな簡単なものや無いんですやろ? たまたまです、たまたま」
さらりと謙遜した。……珊瑚、もしかしてどっかで商売した経験があるのかな? 試食販売なんて、この世界では珍しいのに。不思議な人だ。
「しっかし、今日は結構持って来たつもりだったけんど、売れるもんだなあ。お嬢さんたち、今日はありがとな。綜都で何すっか知らねっけど、頑張ってな」
ここまで私達を連れてきてくれたおじいさんが、私達に暖かい目を向ける。
そして、卓子の上に何か袋を置いた。ジャラジャラ音がするけど、これは?
「あの、これは?」
「ああ、今日の駄賃だよ。こんなに売れると思ってなかったから、ちょっとはずんだよ」
隣で、李氏も朗らかに言う。
「でも」
「何するにしても、金はあった方が良いっぺよ」
「そうやなぁ。貰えるものは、貰っておこ」
二人以外に珊瑚までそう言うので、しぶしぶ受け取り、珊瑚に押し付けた。珊瑚は驚いたような顔をしていたが私が、一番の功労者は珊瑚だからというと、苦笑したけど受け取ってくれた。
酔い止めの薬代も袖の下代も払ってもらったし、丁度良かったのかもしれない。うん。




