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また、ウトウトしていたらしい。
ハッと気が付いた時には、部屋の中が暗くなっていた。辺りを見回すが、闇に眼が慣れなくて何も見えない。
何とはなしに、腕に力を入れて、上体を起こした。
起きれた。
ハッとその事に気づいた、ら、急にまた重力が私を下に引っ張り始めた。だが、最初よりは全然弱くなっており、上体を起こしているぐらいなら、できそうだ。
「あー、あ、あー」
喉に手を当て、声を出してみる。声は、出る。口は、回るかな。
「わとちゃん。けいか、ねえさん、さんごさん」
ゆっくり喋れば、いけそう。うんうん、床が揺れているのを感じるのに、吐き気も頭痛もしないし、この変な感覚だけだ。高価い薬だけあるわ。
ギィイ。
「失礼するえ」
「あいっ」
急に入口の扉が開いたので、ビックリして口が回らなかった。そんな私に気づいた侵入者、珊瑚は驚いたような声を出した。
「あらぁ、お嬢さん、起きれたん。良かったねえ」
顔が良く見えないけど、まあ、微笑んでいるようだ。目が覚めてなかったら、どうするつもりだったんだろうか、とちょっとドキドキする。
「あい、ぼちぼちと、よくなってる、みたいです」
珊瑚が、机の上にある提灯に火をつけてくれたので、部屋がぼんやり明るくなった。火を付けると珊瑚は、近寄ってきて寝床の横の椅子に座った。
「もう大丈夫? 副作用が出るんは結構珍しいみたいやし、災難やったねえ」
「いいえ。それより、すみません。あたし、ひとりねてて」
「ええんちゃう? お姉さんと坊ちゃんが、張り切って手伝ってはるわ。あたしも、なーんもやる事ないから、お見舞いにきてん」
「そうなんですか。ありがとうございます」
ちょっとの静寂が流れる。
珊瑚が、ニヤニヤというかニマニマしながら私を見てる。
「あの?」
「ああ、ごめんなあ。つい、若い子見てると、うちの子思い出して」
「おこさんは、わたしぐらいの、としなんですか?」
「んー、もうちょっと小さいかなあ。珠香ちゃんみたいに、素直でもないし、やんちゃばっかりで、困ったもんや」
そういう珊瑚の顔は、薄明かりの中でも、お母さん、の顔に見えた。
「きっと、ふたりのこどもだから、かわいいんでしょうね」
「めっちゃ可愛いでぇ。でも、二人とも活発でなあ、手を焼いてんねん」
「そうなんですか。でも、かっぱつなほうがいいのでは」
「それがなあ。旦那は、二人とも任務につかせたいみたいやねんけど、あたしは反対やねん。別の道があっても良いと思わへん?」
そうですね、と答えようとして、ハッとした。前世と違って、ここでは簡単に身分を変えられない。安易に答えて良いものだろうか。
「おこさんの、やりたいことが、できるといいですね」
ちょっとだけ考えて、逃げの反応を返した。すると、珊瑚はハッとしたような顔をして、苦笑した。はじめて見る表情だった。
「せやなぁ。あの子らが何したいか、それ聞いてからでも夫婦喧嘩はええかな」
さらっと喧嘩する事前提で話す珊瑚。強い。
などと思っていたその時、
「わっ」
「なんえ?」
グラっと、船体が大きく傾いたようだった。起こしていた上半身がぐらぐら揺れて、珊瑚に咄嗟に支えられる。
船が、転覆するのを一瞬恐れたが、そうはならなさそうだった。
珊瑚に支えられながら、外の様子に聞き耳を立てる。騒がしい。何があったのだろう。
あんまりにも、不安そうに珊瑚を見ていたのだろう。珊瑚は苦笑して、
「ちょっと様子見てくるわ。大人しく寝ててな」
そう言って、私をまた寝かせると、出て行った。
……暇、だな。
さっき揺れた時は、外も騒がしかったけど、今はそうでもない。尹か海賊かの攻撃かなとも思ったけど、そうでもなさそう。
だって、今は、おそらく夜だ。
夜は、獣の時間。人知を超えた、人類に害成すモノたちの総称、獣。
人知を超えたモノなので、夜闇の中煙のように沸き立ち、減る事は無いのだという。
そんな事あるのかなあと思うんだけど、あるのかもしれないと思わせる不思議さがこの世界にはある。
獣避けの札、が効くのもその不思議さの一つだ。嫌がる匂いとか、音とかで遠ざけられそうだけど、そうもいかないみたい。
などと、つらつら考えていたら、扉がノックされた。どうぞ、と返事をすると、入ってきたのはやっぱり珊瑚だった。
「どう、でした」
珊瑚はニマニマ笑ったまま、また私の横にある椅子に座った。
「海の獣、っちゅうんは、あんなにでかいモノなんやなあ。驚いたわ」
「けものでしたか。ふだは?」
「ああ。それでな、倭都ちゃんがどっかから札だして、退けてはったわ。あれ持ってたから、夜も移動するなんて言うてたんやなぁ」
珊瑚が感心したように言った。
良かった、札が効いて。……獣避けっていうから、てっきり蚊取り線香のように、近寄らせないものだと思ってたら、どうも撃退する方らしい。春陽も居たけど寄ってくるってことは、双子はやっぱり二人居ないと駄目みたい。
「ぶじで、よかった」
「せやねえ。この分なら、明け方には北の村に着くらしいえ」
「よかったです」
「ただ、その先に行く道はわからんのやって。着いたら探さなねえ」
「はい」
「せやから、今晩はゆっくり寝とき。お姉さんと坊ちゃんが張り切ってはるし、心配せんでもええで」
「ありがとう、ございます。でも、わとちゃんは」
「勝手に寝るから、気にせず寝てろ、やってぇ。男前やなあ」
けらけらと珊瑚が笑う。倭都の口調が簡単に思い出される。つい私も苦笑してしまった。
色んな人に、助けられて、迷惑をかけてる。なんとかして恩を返したいけどなあ。
「したら、あたしそろそろ行くわ。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
ひらひらと手を振って、珊瑚は優雅に出て行った。その時に、危なくないように明かりも消していってくれた。
真っ暗になった、見知らぬ部屋。
ゆらゆらと、ゆりかごのように揺れる身体。不快じゃないのは、はじめてかもしれない。
そんな、慣れない環境の中で、私はゆっくりと眠りという舟に身を任せたのだった。




