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これにて、長かったこの章もようやく終わり
「おうテメー! この前は良くも起宣様の前で恥かかせてくれたなあ! 今日という今日は許さねえぞ!」
正直、顔も覚えてなかったけど、前に会ったあの商人の横に居た男性、だと思う。あの時と違うのは、横に飼い主が居ない事と、取り巻きが何人もいる事。これまたガタイのいい、日に焼けたガラの悪そうな男たち。良く集めたなあ。ガヤガヤとこちらに低俗な野次を飛ばしてくるが、正直言ってる事半分もわからない。わからなくて良いけど。
そして、そこで一番問題なのが、広めの桟橋一杯にその男たちが居て、立ち塞がっている事。
あいつらをどうにかしないと、先に行けない。ど、どうしよう!?
「僕が何とかするから、先に行って。騒ぎを起こして、警備兵が来たら面倒だよ」
私達が、対応をどうしようか考えあぐねていると、飛燕がそっと私達に向かって囁き、スッと背中に背負っていた棒を取り、構えた。
飛燕が構えた事で、目の前の男たちも、色めき立つ。
「私も助太刀しよう」
そうよね、こんなシチュエーション、血気盛んな春陽が見過ごすわけないよね。でも、春陽が助太刀するなら有利だわ。と、私が安心していたら、飛燕はなんと、春陽を手で制した。まさか。
「今は、少しでも早く、倭都様の船に行かないと、でしょう。船は珠香さん達が知ってる。僕が蹴散らしたら、走って」
飛燕はそう言い残すと、独り、駆け出した。
まさか、本当にあんなガタイの良い成人男性全員を、少年である飛燕が相手にするの?!
呆気にとられていると、向こうもまさか飛燕一人で突っ込んでくると思ってなかったようで、一瞬対応が遅れた。その隙をついて、飛燕はまず一番前にいた、あの吠える男を棒で突き、体勢を崩したところを、棒を横に薙いで、海に、落とした。
ドボン! と派手な音を立てて、男が海に落ちる。
だが、桟橋はそんなに高く作られていないので、すぐに這い上がってきそうだ。
だから、蹴散らしたら走って、なのか。
飛燕は、指示を出すハズの男が真っ先にやられて、色めき立っている男たちに突っ込む。
飛燕の棒は、クルクルと上下左右に器用に動き、どんどん男たちを海に落としていく。リーチの差だろうか。面白いように人が落ちていく。
まだ呆気に取られている私の手を、誰かが取った。慶珂だ。グンッと引っ張られ、強制的に前に進まされる。
飛燕が最後の一人を海に落としたところで、後ろから男の怒声が聞こえた。振り返ると、最初に落とした男が、桟橋の上にびしょ濡れの状態で戻ってきていたのだ。ぐずぐずしていたら、他の男たちも戻ってくるだろう。
前を走っていた飛燕が、くるりと踵を返し、後方を向いて構えた。その横を荷物を抱えた春陽と珊瑚が軽やかに通りすぎ、私達も横を通る。
その時、何故かとてつもなく嫌な予感がした。
「飛燕!」
「行って! ここで防ぐから!」
手を、飛燕に伸ばそうとしたが、それは間に合わなかった。慶珂に引っ張られて、走る。
後ろを振り返ったままだと、つんのめって危ないので、仕方なく前を向いて走る。
漁師のおじさんたちが、何事かと驚いたような顔で、私達と、飛燕たちを見ていた。
倭都の船は、まだまだ先だ。遠い。
「一番奥の船が、倭都の船です!」
足の速い春陽と珊瑚に、私を引っ張って遅くなっている慶珂が、呼びかける。春陽がわかった、と言って振り返り、ぎょっとした顔をした。
つい気になって、私も振り返ると、そこには。
「なんで兵と戦ってるんだあいつ!」
そう。なぜか、日焼けした男たちではなく、簡易だが鎧を来た男達に向かって、棒を繰り出していた。剣が振り下ろされるのを、避ける飛燕。
「飛燕!」
思わず声を上げるが、聞こえないだろう。
足は、慶珂に引っ張られて、前に前に進む。ドキドキ、心臓が早鐘を打つ。息が、きれてきた。疲れからか、足がつんのめったので、思わず前を見て、また走った。
ようやく、倭都の船が、見えた。
「あの船です!」
慶珂が声を上げる。
倭都の船は、タラップを降ろしてこそいるが、ロープも垂れ下がり準備万端のようだった。船の上に、倭都の姿と知らない男たちが見える。
春陽と珊瑚がいち早く船にたどり着き、私達を待つように振り返った。
少し遅れて、私達も辿り着く。
倭都が、上から声をかける。
「早く乗り込みなさい。船を出すわよ」
「でも倭都ちゃん! 飛燕が!」
思わず声を上げると、倭都は遠くを見やって、ハッとした顔をした。が、
「良いから乗りなさい。飛燕の時間稼ぎを無駄にするつもり!」
厳しい声が上から降ってきた。
そうだ。
私が、乗りたいと言った。それを理解し、協力してくれた飛燕の為にも早く乗り込まないと。
慶珂が、私の手を離す。
微妙に揺れるタラップの上を慎重に歩き、船に乗り込む。
目の前は、壁。
左右に伸びる廊下がある。その先に、上に昇る階段が見えるので、倭都はその先だろう。急いで、階段を昇った。息が、きれていた。
はぁはぁと息をしながら、少しだけの階段を昇り切ると、外だった。
すぐに倭都の姿を見つけ、近寄る。
「倭都ちゃん」
倭都は、ある一点を凝視していた。
私もそっちを見ようとした瞬間、グラリと地面、船が揺れた。思わず目の前にある柵にしがみつく。
グラリグラリと何度か大きく揺れ、ようやく、船が桟橋を離れて動き出そうとしているのだと、悟った。
私が昇って来た階段の方から、三人が来ているのも見えた。無事、みんな乗り込めたみたいで良かった。
でも今は、それよりも。
「飛燕!」
なんとか立ち上がり、倭都が凝視している方を見る。
遠ざかる。あの子が。
また一振り、剣が振り下ろされた。その剣を持った大人の腹に棒を突き入れる。その一突きで、身体はくの字に曲がり、地面に伏した。と、思う間もなく、別の方向からも長い槍が突き出された。
「飛燕! もういい、いいから! 止めて!」
私の叫びなど、もう届かない。
私の後悔や悔恨、贖罪なんて、もう、届かない。
そんな事、わかっているハズなのに。叫ぶのを、止められない。
「飛燕!」
「お嬢さんいい加減にしろ!」
私を、後ろから羽交い絞めにして、慶珂が怒鳴る。その声は、近くで良く響いた。思ったより、身体を乗り出していたようだ。
「っ、だって!」
「あれは、飛燕が決めた事でもあるんだっ」
キッと、振り返り、泣きそうになりながら睨むと、慶珂も、眉を寄せて泣きそうにしていた。
その顔に、何故かふと、全身の力が抜けた。
私、だけじゃない。
飛燕を巻き込み、独り、あそこに置き去りにしてしまったのは。
私だけの、後悔じゃない。
私だけの、決定じゃない。
ハッと倭都を見た。
そこには、無情にも船を出す指示を出した、主がいた。眉を寄せ、変わらず一点を、飛燕を凝視し、必死に耐えている、女の子が。
「っあ……」
私よりよほど幼く、よほど飛燕に近い彼女が、涙一つ流さず耐えているのに。私、私は……。
「あっ」
いまだ、私を羽交い絞めにしている慶珂が、声を上げた。思わず、慶珂の視線の先を辿る。
飛燕だ。棒を持っているから、飛燕だと思う。
既に数人の大人の警備兵を倒し、今度は桟橋の上に這いつくばらさせているが、陸の方から新手が来ていた。
飛燕はそれに気づいたようで、構え直す。
その先にいたのは。
「色、さんだ」
見たこともない煌びやかな鎧を着て、遠くからでもわかるあの優男は、間違いない。
色男で、女からしたら最低の、飛燕の伯父。
おそらく、彼が出てきたなら、これ以上酷い事にはならないだろう。
どこか、心の底でそう思った。
飛燕も、棒を下ろしてうなだれた。
その頃には、もう、彼らの姿は親指大になっており、細かい事はわからなくなっていた。
船は桟橋のあった湾を離れ、ゆっくりと、大海に漕ぎ出し始めていた。
次は番外編です




