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「倭都さま」

「私が、飛燕にどんな船に乗るのか見たいって、言ったの。邪魔してごめんなさい」


 倭都が不思議そうに飛燕を見たので、私が答えた。もとはと言えば、私のわがままだ。お仕事を邪魔したなら、申し訳ない。

 倭都が私を見て、肩を竦めた。


「そう。こっちの準備は順調よ。あんた達の方は」

「こっちも、まあ、大丈夫だと思う。ね、慶珂」


 珊瑚に荷物を持ってきてもらうよう頼んだし、それ以外は身一つだ。あとは私の演技力だけだろう。

 慶珂に同意を求めて振り返ると、呆れたような顔をしていた。荷物の運び出し方に、思い当たったのだろう。でも、それを口に出す事も咎める事もしない。出来た子だ。


「そうだな」


 慶珂は肩を竦めながらも、肯定してくれた。一蓮托生だからね。仕方ないね。


「そうだ、倭都さま。珠香さんの同行者、二人とも女性でしたよ。一人は、珠香さんのお姉さんで、もう一人は保護者のような人でした」


 飛燕が、思い出したように、倭都に話しかける。倭都は、ふうん? と言いながら聞いていたが、ちょっと鼻で笑った。


「あんたの姉? また腕の生白なまっちょろいのが来るのね」

「それがね、倭都さま。凄いんだよ。珠香さんのお姉さん、春陽さんっていうんだけど、すっごく強そうだった。あれは、鍛えた人の身体だよ。もしかしたら、僕より強いかも」


 倭都がちょっと馬鹿にしたように言った次の瞬間、飛燕が興奮気味に否定をしてくれた。姉を褒めてくれたのは嬉しいが、正直、ちょっと引いた。


「あんたよりぃ?」

「はいっ。いつか、手合わせしてもらう約束をしました」

「体力お化けって言ったのは、その姉上の事だよ。期待してていい」


 怪訝そうな顔の倭都に、飛燕が楽しそうに頷き、慶珂がすかさずフォロー? をいれた。……姉の話題で、こんなに心穏やかに聞けたのは、久しぶりな気がする。


「ま、誰が来ても一緒よ。海の上にいる間は、働いてもらうわ。さ、用事が済んだら帰った帰った。アタシたちは忙しいのよ」


 そう言うと、倭都はしっしという風に手を振って、はやと、と呼ばれた老人に向き直り、わからない言葉で話しだした。もしかしたら言葉がわかりそうな気がしないでもないが、気のせいだろう。


「そしたら、私達は帰ろうか」

「ああ」

「うん」

 

 船を見たい、と、どこにあるか、というのがわかったので、用事は済んだと言える。

 私が促すと、二人とも素直に頷いた。


「それじゃあ、明日はよろしくお願いします」


 倭都に向かって頭を下げると、ちらりとこちらを見て、片手を上げた。クール。

 ちょっと苦笑し、私は踵を返してきた道を戻りはじめた。

 慶珂が後ろに続き、飛燕は頭を下げていたので、一足遅れて続いた。




 帰り道、またあの綜の商船の前を通るのでちょっと心配していたが、今回は誰もいなかった。良かった。飛燕も、ちょっとホッとしているようだった。


 来た道を戻り、いつもの市場に戻ってきた。一本道なので、私でも迷わなさそうだ。わかりやすいし、行きやすい。……ただちょっと、見通しがききすぎるような気もするけど、港ってこんなものなのかな。

 チラッとだけ後ろを振り返ったけど、海は相変わらず穏やかそうで、船達は午睡しているようにたたずんでいた。



 



 市場からは、馬車で色の屋敷まで戻った。

 明日が最後かと思うと、街中を歩きたかったのだが、飛燕がちょっと嫌そうな顔をしたので、そこは忖度しておいた。

 馬車から降りて、飛燕を振り返る。いつも通りの、眠たそうな顔。

 私が振り返った事に気づいて、こちらを見る飛燕。


「どうしたの?」

「ううん。……今日は、竜田揚げを作るけど、食べていかない?」


 結局、飛燕には、最初とピクニックの時以外、作ったものを食べさせてない。せっかくだから、美味しいと思ってくれるものをお腹いっぱい食べさせてあげたいな。

 飛燕は、私のおばちゃん根性に気づいたのか気づいていないのか、こてんと首を傾げた。


「たつたあげ?」

「そう。魚に衣をつけて、油であげるの」

「ふぅん? 食べた事ある気がするけど、また違うものかな?」


 しまった。この料理方法はあったのか。油通しがあるのは知ってたけど、うっかりだったな。


「同じ感じかも。それは嫌い?」


 飛燕はちょっと考えているようだったが、ちょっと笑って首を振った。


「嫌いじゃないよ。でも、おじさんに変に思われたらやりにくいよね? だから、今日も同じように帰るよ。それじゃあ、また明日」


 飛燕は、私なんかよりよっぽど状況を判断できる子だった。私のわがままで色々無理させてるのに、ダメだな。

 

「……うん。また明日」

「また明日な。飛燕」


 飛燕がちょっと微笑んだので、私もちょっとだけ笑って、手を振った。慶珂も、同じように手を振る。

 飛燕は私達に手を振り返すと、そのまま前を向き、もうこちらを振り返る事なく、馬車を出した。


 馬車は止まる事なく、道の向こうに消えて行く。

 へんな胸騒ぎがするのに、それが何なのかわからない。だから、何か言葉をかけたいのに、何も出てこない。

 引き止めたいのに、引き止められない。

 馬車は、ただただ過ぎ去って行く。


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