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 いったい何だろうと、思わずそちらを見る。

 すると、


「止めなさい。無駄に争うものではありませんよ」


 おそらく、こちらに喧嘩を売ってきた粗暴な男、と、優雅な物腰の男の二人が立っていた。

 粗暴な男の方は、パサパサの短髪に日に焼けた半裸で、まあ、一般的なこちらの漁師の恰好をしている。もう一人の男は、ここには似つかわしくない程の高価そうな着物を着て(暑くないのかな)、丸い団扇で自分だけあおいでいる。団扇もたぶん、高いやつだ。ここの人が使ってるの、あまり見ないし。しかもこの男性、きちんと髪を整えあまり日に焼けていないので、尹の人でないだろう、むしろ中央側の人に見える。


「ですが起宣きせんさま、海寇の……」

 起宣……」


 優雅な男の言葉に、粗暴な男は不満そうに返事し、驚いた事に、飛燕は嫌そうな顔をしてその男を見ていた。人の名前を呟いていたが、どちらかの名前なのだろうか。


「久しぶりやね、飛燕。その後、健勝やった?」


 明らかに中央側の顔をした男性が、尹の訛り風の言葉を使い、飛燕に言葉をかける。言いようのない、違和感。

 飛燕が嫌な顔をしているのが、さらに不安感を煽る。


「……おかげさまで。行こう、珠香さん、慶珂」

「え、でも飛燕」


 飛燕が、イライラというか焦っているのが伝わる。

 いつもならしないだろうに、私の手首を乱暴に掴んで、有無を言わさず歩き出した。

 痛くはないが、驚いた。

 手を引かれながら、思わず後ろにいる二人組を振り返ると、優雅な男はほのかに笑い、粗暴な男はまるで番犬のように敵意むき出しで私達の後ろを見送っていたのだった。



 



 桟橋を、ずんずん無言で進む飛燕。

 私達も、黙って飛燕の後ろを歩く。


 しばらくそうして歩いていると、ふいに飛燕が立ち止まり、私の手を離した。


「ごめんね、珠香さん。乱暴な事しちゃって」


 申し訳なさそうに、私にペコリと頭を下げる飛燕。

 別に、握られただけで折れるような腕はしてないし、ちょっと手形が残っただけだ。そんな申し訳なさそうに謝られるような事ではないと思った。ので素直に、


「別に、私は大丈夫よ。それより、飛燕は大丈夫?」


 思った事を言った。

 すると、飛燕は驚いたような顔をした後、不思議そうに慶珂を見た。慶珂は、何かを察したように苦笑しゆっくり頷いた。

 飛燕はそれを見て、ちょっと恥ずかしそうに顔を伏せ、頬をかいた。

 

「うん、僕も大丈夫。ありがと」


 そう呟くように言うと、飛燕は顔を上げた。もういつもの飛燕だ。

 またゆっくり歩き出す。

 今度は、さっきの性急な歩き方ではなく、いつも通りの歩調だ。


「ねえ、飛燕。聞いても良い? さっきの人、だあれ? 知り合い?」


 歩き出し、飛燕が普通の調子に戻ったようだったので、おそるおそる聞いてみる。予想はつくけど、聞きたいよね。

 飛燕は歩みを止めず、私をちらりとだけ振り返り、また前を向いた。


「…… 起宣きせん。良い服を着てた男の方の名前だよ。唯一、尹侯に認められた綜の商人で、さっき見た、大きな船の持ち主だよ」


 大方、予想通りだった。けど、さっきの飛燕の感情の出どころまでは、教えてくれないらしい。

 この子が、自分の事で怒るというのはあんまり想像できない。もしかしたら、倭都関係で何かあったのかな。

 唯一の公式の商人と、海賊もする海寇。何もないわけない、か。


「そろそろ、倭都さまの船に着くよ」


 ぼんやり考え事をしながら飛燕の後ろを歩いていると、飛燕が私達を振り返りながら言った。危うくぶつかる所だったけど、セーフだった。


「どれが、倭都の船なんだ? 同じような船ばっかりだが」


 私の更に後ろを歩いていた慶珂が、声を上げる。

 確かに。

 飛燕が言っていた通り、大きいが特に特徴の無い船、が幾つか泊まっていた。

 あの、綜の商人の船を見ていたから、余計そう思うのだろうか。

 で、どの船にも特徴が無いから、全部同じ船に見える。


「あれ。一番沖のやつ」


 飛燕が指さした先を見ると、確かに桟橋の終わりぐらいに、周りの船と同じような船が泊まっていた。正直、見分けつかないわ。


「ここの船は、どこに泊まるかある程度決まってるんだ。倭都さまの船は……一番、船頭が若いから、あそこになってる」


 飛燕が歩きながら、説明してくれる。

 私達の横を、色んな人が行きかうようになった。漁師のおじさんや、見るからにヤバそうな若い男性、良く日に焼けたおじいさんに、若い女性。


「倭都ちゃんが、船頭ボスなのね」

「うん。倭都さまの父上が亡くなられて、倭都さまがそう望まれたんだ。実際指揮してるのは、百戦錬磨のじいさまたちだよ」


 倭都、しっかりした言動をしてると思ったが、まさか、父親を亡くしていたなんて。あの年で人の上に立つのは、大変だろう。

 環姫さまと、ちょっとだぶって見えた。

 環姫さまも、前侯の父君を亡くされて、侯の地位についた。その前から懇意に使えていた春陽に、甘くなってしまうのも仕方ないのかもなあ、というのが私見だ。

 私のおねえちゃんは、じつは人望が厚い。双子じゃなくても、春陽は価値があるのだ。私は……どうなんだろう。




 同じようにみえる船の横をいくつか通り過ぎて、ようやく最終地点の、倭都の船の着いたようだ。

 他の船は昼前のこの時間、のんびり過ごしているように見えるが、倭都の船だけは慌ただしそうに人が行き来している。さっきすれ違った人も、倭都の船から降りてきた。


「こんにちは、倭都さまはいますか」


 飛燕は船に近づくと、船から桟橋に伸びるタラップの横で、のんびり煙管キセルのようなものでタバコを呑んでいる老人に、丁寧に声をかけた。

 老人は、私達に気づくと、ゆっくり片腕だけ上げた。


「よォ、ひえん。わとは、なか」


 片言のような喋り方で、上げた腕でタラップの中を指した。


「珠香さん、慶珂。こちら、倭都さまの後見人の、はやと、さんだよ」

「えっ?」


 思わず、前世の日本人のような名前に反応してしまった。飛燕は、不思議そうな顔をしている。……そうか、そうだよね。倭都たち海寇は、海外の人、なんだ。言葉が、違う。

 では、あの倭都の流暢な言葉はなんなのだろう。努力の結果なのかな。


逸人はやとー。ってあら、飛燕。来てたの。珠香と、慶珂、だったわよね。どうしたの」


 私達が船に乗り込もうとしたとき、丁度良く倭都が中から出て来た。ちゃんとボスの役割をしているようだ。倭都は、偉いな。

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