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市場で一通り物色したが、本に書いてあった珍しい料理法、を演出できるようなものが思い付かない。
この時代に無さそうで、でもここで再現できる程度の驚くような料理。……思いつかない。
しかも、魚の制約付きだ。いや魚じゃなくても良いんだろうけど……あ。そうか、魚じゃなくていいんだ。肉? 野菜? いっそ米? でも手に入るかな?
私がうんうん唸っていると、飛燕が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫? 珠香さん」
「ええ、大丈夫よ。ちょっと色々考え事してただけ」
良い子だなあ。こんないい子を利用して、捨てて行くなんて、なんて悪党がいるんだろう。……うぅ、これは考えないでおこう。
「とりあえず、今日はお肉の方が見たいんだけど、あるかな」
「魚じゃなくて? 山の肉の方? うーん、ちょっと難しいかも」
飛燕が首を傾げる。……山の肉、って表現、何だろう。ちょっと怖いんだけど。少なくとも環では聞いた事ない表現だ。
「山の肉? じゃあ海の肉、もあるの?」
「あるよ、もちろん。見てみる?」
いとも簡単に言ってのける飛燕。一瞬ビクッとなったが、好奇心には勝てなかった。
「えっと……それは、海の獣、的な何か?」
「うん。比較的近海で捕れるやつ。いつもあるわけじゃないけど、たまに見かけるよ。珍しい物だし、見物がてら探してみる?」
飛燕の口ぶり的に、稀に捕れて食べる物なんだろう。クジラみたいなものかな。
でも待って。
私、クジラの食べ方、知らない。調理法なんて、竜田揚げがあったっていう伝聞しか……あ、竜田揚げ作ろう。そうしよう。なんか、鮭みたいな魚見かけたし、あれでいけるだろう、そうしよう。
「いえ、大丈夫よ、飛燕。予定変更よ。こういう魚を探してほしいのだけど」
飛燕の提案を華麗にスルーして、例の鮭に似た魚を探してもらった。
それは、すぐ見つかったし、他にも良さそうな赤身魚がいたので、それも買った。この二、三種類の魚で作ってみようと思う。
こっちにも、油で素揚げはあるけど、わざわざ調味料沁み込ませて、粉まぶして、っていうのはまだ聞いたことないハズだ。あったら、環には無かったで押し通してしまおう。
よし。今日の方針が決まった。
ようやく肩の荷が下りて、ようやくいつものように市場を楽しめるようになった。
この市場に結構通って来たけど、まだまだ見てない物が多い。
去るとなると、急に惜しくなって、行ってない場所に行きたいなと思った。行ってない場所なんて、私にはわからないんだけどね。
「飛燕。私たち、結構ここに通ったけど、まだ行ってない場所って、あるのかな」
わからないなら、わかってそうな飛燕に聞けばいいのよね。
そう思って、軽い気持ちで尋ね、飛燕を振り返ると、飛燕は微妙な顔をしていた。
「どうしたの?」
今度は、私が心配そうに飛燕を見つめてしまった。飛燕は微妙な顔をしたまま、どう言おうか迷っているようだった。
「あんまり、治安が良いところじゃないんだろ。どこにでもある話さ。それより、船に乗る為の港を見せてもらった方が有意義じゃないか?」
後ろから、慶珂が声をかけてきた。飛燕は明らかにホッとしたような顔で、頷いた。
「そうだね。この市場からそんなに遠くないし、港に行ってみる?」
そんなに行きにくい場所なら、私があえて行きたいという必要もないか。楽しいものより楽しくないものの方が多そうだし。
私は、そんな二人の提案に素直に頷いた。
「そうね、港に行ってみる」
そうして、私達は買った魚を持ったまま、港の方に歩き出したのだった。
市場から港は、本当に近かった。
ちょっと歩いたな、と思ったら着いたぐらいだ。馬車すらいらなかった。
海の照り返しと、船の帆の白さがまぶしい。
この近さだから、あの市場の魚は新鮮なんだなあ、と改めて海を眺めながら思った。海というより、無数に見える量の、船を見て、だけど。
小型の帆すらついてない船から、大型のそれこそ海を渡りそうな船まで。いろんな船が、いろんな所に泊まっている。
木の桟橋が四方に伸びており、そのどこにも船がたくさん括り付けられていた。私にはわからないけど、きっと法則性やルールがあるのだろう。
飛燕は、慣れた様子で整備された道から、木の桟橋の方に歩いて行く。
途中で、漁から帰ってきて一服をしているおじいさんや、何かの選り分けをしているおばさん達がいた。
のどかな漁師町。というには、船が多すぎる気もするが。
「そうだ。あのでかい船、唯一、尹侯に認められた、綜の商人船だよ」
不意に、飛燕がある船を指して、そう言った。
指の先を追うとそこには、白い木でつくられた、下手したら三階建てはありそうな、立派で大きな船が泊まっていた。
豪華客船のようだ。大きさもさる事ながら、素人の私でもわかる洗練されたフォルム。細部に施された装飾の数々。
確かにあれを見てしまったら、こちらの船は劣っているように見えてしまうだろう。それが狙いだとしたら、その商人って人、ズルいな。
「その商人さんは、何を商っているんだろう」
「さあ? 色々って話だけど。ここでは、中央の物って滅多に入ってこないから、物珍しくて売れるんじゃないのかな」
ああ。なるほど。
飛燕の言葉で、ちょっとだけ理解した。色の屋敷で感じた、あのちぐはぐ感の理由を。
つまり、中央の珍しい品を、これだけ集められる権力と財力がある、という権勢を示すための部屋だったのだ。
生粋の中央の人間にしたら、違和感や居心地の気持ち悪さを感じるだろうが、尹の人相手なら、十分その意図を発揮するのだろう。
そして、その物珍しいものを、唯一公式に輸入してくる商人。
いったい、どんな人だろう。
ちょっと興味があるけど、私なんかには会ってくれないだろうし、関わる事も無いだろう。そう思って目を離すと、飛燕が、まだその船を見ていた。
「どうしたの?」
「ううん。いつ見ても、大きな船だなあって。良く燃えそうだよね」
「?!」
急に何言い出すのこの子?! 本人は平然と、いつものぼんやりした顔をしてるのに。なにか嫌な思い出でもあるんだろうか。
「おい! 何見てやがる」
私が飛燕の言葉におたおたしていると、後方から粗暴な声が聞こえてきた。




