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茶館は今日も、お客さんがいっぱい入って、中は雑多な喧騒にあふれている。
その中に、二人の女性の人影を見つける。親子ほど年の離れた、似てない二人。
「春陽! 珊瑚さん」
二人に向かって呼びかけると、二人もこちらに気づいたようで、手を上げて応えた。
飛燕と慶珂を振り返り、女性、春陽と珊瑚の座っている卓に近寄る事を告げる。二人は素直についてきた。
五人座るには椅子が一つ足りないので、店員さんに言って持ってきてもらい、ついでに注文も済ます。そこでようやくみんなが席についた。
ほどなくして、注文していたお茶と、甘味が出て来た。
注文がそろったところで、私から口を開く。
「姉さん、珊瑚さん。この人が、倭都ちゃんの知り合いで、紹介してくれた、飛燕。飛燕。こっちが姉の春陽と、付き添いの珊瑚さん」
私がさっと、聞きようによっては雑に互いを紹介すると、三人はそれぞれ会釈をした。意図的に、飛燕が護衛だったというのは隠したが、春陽は目敏く飛燕の下ろした棒を見ていた。春陽が何か口を開くより先に、
「とりあえず、尹を脱出する算段がついたよ。珊瑚さんの言った通りだった。ありがとう、珊瑚さん」
二人に、倭都の協力を得られた事を話す。
春陽は出鼻をくじかれたように一旦口をつぐみ、珊瑚はにんまり笑った。
「アタシは何にもしてへんよ。頑張ったんは珠香さんやん。良かったなあ」
珊瑚は、基本的にうさんくさい表情を作るけど、良い人、ではあるのだと思う。黄さんと同じ隠密だから実際の所どうかわかんないけど。
とりあえず、珊瑚の言葉にちょっとはにかんで頷く。
「出航は、明後日。時間はわからないけど、おそらく昼前だと思う。私が、屋敷を出て怪しまれないのが、それぐらいだから。船は……。飛燕、倭都ちゃんの船は、どんな船なの?」
自分で言ってて、大事な事を忘れていた事に気づいた。倭都の船、外海を渡ってくるぐらいだから、ごついと思うんだけど、私、こっちの船事情知らないな……あっ。
「そうだね、結構大きい船だけど、特にこれと言って特徴は無いよ。わざとそうしてるって言ってたけど……大丈夫? 珠香さん。顔が真っ青だよ」
飛燕が、せっかく説明してくれていたのに、私は違う心配事に気を取られてしまった。……そう、乗り物酔いの事を!
ああ、バカバカ私のバカ。
馬車とかの比じゃないだろうに、酔い止めの事すっかり忘れてた。どれだけ揺れるんだろう。私、生きて渡れるのだろうか……。
「お嬢さん、まさか、船酔いの心配してるのか……?」
慶珂が、心配そうというより怪訝そうに聞いてくる。ぎこちなく慶珂を見て、ぎこちなく頷いた。慶珂はやっぱり、と言った顔で呆れたように私を見ていた。
「船酔い、っていうのはそんなに大変なのか?」
お茶をすすりながら、春陽が能天気に発言する。今すぐその首を締め上げてやりたい。春陽は私の負の表情に、ちょっと引いた顔をした。
まあ、環は内陸なので春陽も河ぐらいでしか舟乗った事ないから、知らないのよね。
私は前世、酔い止めを飲んで目を閉じていたにもかかわらず、大変な思いをした記憶があるので、絶望しかないと思っている。
「良い酔い止めがあるよ」
「ええ酔い止めがあるはずやけど」
私があんまりに絶望した顔をしていたのだろう。飛燕と珊瑚が同時に声を上げた。そして、二人ともおやっというふうな顔をした。が、特にお互い何かを問うという事はしなかった。なんだろう。
「本当っ。それは助かるわ。高いのかしら」
「そうだね。結構するかも」
「……春陽。いくら持ってきた? しばらく貸してくれない?」
荷物の中に少しの路銀と、環木はあるけど、心もとない。春陽を見ると、珊瑚を見ていた。あ、もしかして、路銀の管理は珊瑚がしてるのかしら。英断だわ。
珊瑚は春陽からのアイコンタクトを受けて、にんまり顔のまま頷いた。
「大丈夫だ、珠香。安心しろ、その酔い止めは、私達が買っておく」
貴族、金持ち、ばんざい。ヤッター。
「ありがとう、姉さん。今度返すね」
「いいよ。家族だろ」
にかっと笑う春陽にじーんとしたのと同時に、それは本当に春陽の金なのかそれとも環公からの心づけなのか、わからなかったけど聞くのが怖かったので、春陽の気持ちと共にもらうことにした。……環公、春陽に甘いのよね。
その後は少しだけ話をして、みんなで席を立った。
別れ際。
珊瑚だけ呼んで、珊瑚にだけ聞こえるように、色邸の間取りと、あの荷物が置かれている鍵のついた蔵の事を教えた。
そして、荷物を持ってきてもらうように、お願い、をすると珊瑚はいつものようににんまり笑って、一つ返事で引き受けてくれた。予想通りで、良かったような微妙なような。
とりあえず、珊瑚に話をつけて店を出ると、春陽と飛燕が話していた。
げっ、と思ったけど、横に慶珂が居るから大丈夫だろう。と思いつつも心配なので声をかける。
「飛燕、慶珂、どうしたの。そろそろ買い物に行きましょう」
「ああ、珠香さん。そうだね」
「まったく」
「じゃあ今度、絶対だからなっ」
飛燕は助かったという顔で、慶珂はあきれた顔で、春陽はキラキラした瞳で、それぞれを見ていた。ああ、うん。会話内容が安易に想像できそうだわ。
多少、強引に飛燕を春陽から引き離し、軽く挨拶を交わして私達は、いつもの通り市場に繰り出したのだった。
「飛燕、ごめんなさいね。うちの姉が迷惑かけて」
市場で色んなものを物色しながら、飛燕に謝ると、飛燕は苦笑していた。
「ううん、大丈夫だよ。面白いお姉さんだね。珠香さんが言ってた通り、僕の根を見て、ぜひ手合わせしてくれって」
やっぱり。春陽ったら相変わらずなんだから。いつもは止めてくれる悠陽も隣に居ないから、ますます歯止めが利かなくなってるのね。下手したら大けがするから、止めてほしいのにまったく。
「相手にしなくて良いからね」
「また今度、会った時は手合わせして欲しいって。お姉さん、とっても強そうだね。僕も状況が落ち着いたら、ぜひ手合わせしてみたいな」
そう、純粋に楽しそうに言われてしまっては、これ以上私が止める事は出来ない。
二人とも、やるべき時はわかってるみたいだし、結局、強い人は強い人に惹かれる法則から逃れられないのだ。私にはわからない。
「……そう。じゃあ、その時がきたら、手合わせしてあげて。今はだめだよ」
「うん」
久しぶりに屈託なく笑う飛燕が見れたから、おばちゃん、もうそれで良いかって気になってきたよ。
慶珂も苦笑してる。




