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「飛燕」


 今まで、黙って成り行きを見守っていた、いつも茫洋ぼうとしてる彼に向き直る。彼、飛燕も、私を見ている。静かな瞳。


「なぁに。珠香さん」

「お願いが、あるの」


 さぁっと、気持ちの良い風が吹く。

 私は、自分が今から言おうとしている事を、この風が代わりに伝えてくれないかな、なんて不真面目な事を考える。

 飛燕は黙って、私の次の言葉を待っている。


「今の話でわかったと思うけど、私は、尹を脱出して、どうしても綜に行きたい。……見逃して、欲しいの」


 飛燕は、私達に付けられた尹の監視役、だ。どれだけ倭都と親しくしてても、尹の方に義理立てするというのなら、こちらもそれなりに手段を考えないといけなくなる。

 彼はいったい、どっちを取るのだろうか。

 母国の責任と、自身の信念と。

 いつも通り、何を考えているのかよくわからない顔をしていた彼だが、瞳の奥にきらりと、光が見えた。

 飛燕は倭都を見る。倭都も飛燕を真面目な顔で見ていたが、何かを言うつもりは無いらしい。倭都の顔をじっと見ていた飛燕が、ゆっくりと私を振り向いて、静かに口を開いた。


「……良いよ。僕は何も、見なかった、聞かなかった。それで良いんでしょう」

「ありがとう飛燕!」


 飛燕の両手を取り、感謝の気持ちでテンションが上がったまま、ぶんぶんと手を振る。と、飛燕は、勘弁してよ、と苦笑していた。良かった。本当に、良かった。飛燕を、害する結果にならなくて。


「本当に、それで良いのか、飛燕」


 喜びに浮かれる私の横から、思ったより重い声が聞こえた、慶珂だった。驚いて慶珂の方を見る。すっと、飛燕の両手が私から離れた。


「ああ、良いんだ。僕が、決めた事だから。気にしないで。それより、ちゃんと段取り立てないと、見つかっちゃうよ」


 一瞬、飛燕が泣きそうな顔をしたような気がした。ほんの一瞬だったから見間違いかもしれないけど。

 慶珂も難しい顔しているけど、何なんだろう。私、飛燕に対して、何か考えが足りてないのかな。


「そんなに不安そうな顔しないで、珠香さん。倭都さまが決断したのなら、きっとやり遂げてくださるよ」


 少しだけ微笑んで、飛燕が言う。

 やっぱり、ちょっと雰囲気がおかしい気がする。でも、何だろう。私は、どうしたら良いんだろう。


「……飛燕も、一緒に、行く?」


 ポロりと、口から言葉がこぼれた。それは、何かを考えた結果じゃなかったけど、そうした方が良いように思えて。

 飛燕は凄く驚いたような顔をしたあと、また泣きそうな顔で、笑った。そんな表情すると思ってなかったから、私までぎょっとしてしまった。


「行かない。僕は、行けない。……どうか、倭都さまの事、よろしくね」

「飛燕! 来たいなら来なさいよ! あんたはいっつも我慢ばっかり!」


 倭都がバッと立ち上がり、飛燕を見下ろした。珍しく、倭都が飛燕に怒鳴った。我儘ではなく、それは、純粋に心配して怒っているような声音だった。良い主人だな、倭都ちゃん。

 飛燕は、そんな倭都ちゃんに怒鳴られても、表情を崩しもせず、首を横に振った。


「良いんです、本当に、大丈夫ですから。倭都さま、ありがとう」


 飛燕の優しい拒絶に触れて、倭都はグッと詰まった顔をした、口の端をキュッと結んで、飛燕を見下ろし続けている。


「ふんっ。主人あたしの命令に逆らうなんて、良い度胸してるじゃないの」


 拗ねたようにそっぽを向く倭都に、飛燕はいつものように困った笑顔を向けた。

 

「ごめんなさい、倭都さま。僕の我儘を聞いてくださって、ありがとうございます」


 飛燕にそう言われて、倭都は拗ねたような顔のまま、座った。そして、飛燕が私の方を向く。


「珠香さん。尹は、君を環に帰さないかもしれない。戴の軍が動きそうだから、綜へ援軍を要請するための保険ひとじちとして、ここに置いておかれるかもしれない」

「えっ? あんなに帰したがってたのに?!」


 思ったより真剣な顔で飛燕に言われ、思わず声をあげてしまった。


 はじめてここに拉致された日、色は、尹は、確かにきぞくを環に帰して恩を売るつもりだった、と思う。

 そういえば、それから結構な時間が経った。結果的にとはいえ、尹の有力な将軍か貴族と、友好的な関係も築けていると思う。だから、そのなあなあさに甘えていた部分はあった。

 まさか、尹まで私をそっち方面で利用しようとしているとは、考えが及ばなかった。

 綜が私なんかの為に動くとは思えないが、環の家族が本気で動いたら、ちょっとヤバい気がする。それは、いろんなバランスを崩してしまう事にならないだろうか。


 背中に、スッと冷や汗が流れた。

 私は、ここで、何をしていたんだろう。

 戦争を止めたいと言いながら、ちゃんと移動する方法を調べもせず、倭都と知り合えたのだって、結果的に運が良かっただけともいえる。黄さんに呆れられるのも、当たり前だ。

 顔から、サーっと血の気が引くのが、わかった。


「珠香さん、大丈夫?」


 一番の爆弾発言をした張本人が、一番心配そうな顔をしている。


「ひえん」

「なぁに?」


 私の言葉に、心配そうな飛燕は、首を傾げて私を見た。

飛燕は茫洋として見える子だけど、ちゃんと心に芯を持ったつよい子

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