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「飛燕も、聞いて欲しい。私達、実は、倭都ちゃんに折り入ってお願いがあるの。その為の条件なら、いくらでも飲むわ」
驚いている飛燕の次に倭都を見ると、倭都は怪訝そう、というよりこちらを値踏みするような目で、見ていた。
「ふ~ん? この食事会も、その為に開いたのね。とんだ策士だわ」
気分を害しているように言う少女は、確かに、何らかの組織の頂点に立つ者、なんだろうなと思った。
「もし、不快に思ったのなら、謝ります。でも、こうするしかなかった。私が、あなたに提示できる見返りは、これぐらいしか無かったから」
本当は、金目の物でもあれば良かったんだけど。最後をもごもごと口ごもってしまう。
倭都は、少し興味をもったように、黙って私を見ている。
「結論から言います。私達を、綜まで、あなた方の船で送ってもらえませんか。どうしても、行かないといけない所があるんです」
言って、バッと頭を下げる。
下げた向こうの二人は、絶句しているようだった。
無理もない。河を渡っても三日かかる距離を、無料で乗せろと言っているのだから。しかも、尹も綜も海側は警戒しているだろう。その中を行けというのだ。
でも、私には、これぐらいしかできない。もし断られたら、何日でも粘着してお願いするつもりだ。
ギュッと目を瞑って、二人の出方を、祈る。
しばらくして、はぁ~っと、倭都が溜息を吐いた。
祈りが天に、二人に通じなかったのだろうか。ちょっと絶望しながら顔を上げると、何故か不敵に笑っている、倭都が居た。
「なんて顔してんのよ、あんた。大した顔じゃないのに、さらに不細工よ」
痛いところをずけずけとついてくるお子様だなあ! しかし、私は今、このお子様に何にも言えない!
「どこで私達の事を知ったのか、それはとりあえず置いておくわ。それよりあんた、見返りになんでもするって言ったわよね」
「え~っと、そう、ですね」
なんでも、とは言ってないような。
倭都は、不敵に笑ったまま膝に肘を乗せ、頬杖をついた。こういうとこ、女の子っていうより大物っていう気がする。
「良いわ。あんた達二人の労働力と引き換えに、綜の近くに降ろしてやってもいいわよ」
「本当!」
「ただし」
ニヤリと笑っていた顔をスッとひっこめ、真面目な顔をする倭都。美少女だなあ。
「綜の港に、私達は寄港できない。だから、さらに北の漁村に降ろす。そっから綜に行くなら、自力で行って」
「それで良いわ! ありがとう、倭都ちゃん!」
「あと、もう一個条件がある」
「倭都さま……」
倭都の言葉に、飛燕が心配そうに声をかける。倭都はそんな飛燕を気にも留めず、口を開いた。
「綜の港を、私達にも開放するよう、働きかけるのを手伝って。あんた、綜の同盟国の、偉い貴族のお嬢さまなんでしょ」
「?!」
思った以上の無茶ぶりに、今度は私が絶句した。
「あ、あの、わ、私に、そんな、権限は」
「知ってるわよ。でも私達も、藁にでも今はすがりたいの。綜の後ろ盾が欲しいのよ。それが、私があんたたちに出す条件よ。どう、飲む?」
にやりと、不敵に笑う倭都。
思わず、慶珂と飛燕を目だけで見る。二人とも肩を竦めて、言葉をはさむ事は無さそうだ。
どうしよう。
私は、頑張って頭をフル回転させてみる。
倭都は実は、いわゆる海賊、のとある集団の頭領の一人娘なのだそうだ。
しかし、ただの海賊達ではない。ここより東の大海の中にある別の島々(クニグニ)の者達なのだそうだ。……聞いた事あるような無いような。
そんな倭都達は、海寇と呼ばれ、海からくる野蛮人ぐらいの意味らしいのだが、いくつかの集団に分かれて争っている、らしい。
その人達は、害が有る集団と無い集団があるそうで、何故か倭都の事を知っていて教えてくれた珊瑚によると、倭都達はまともな部類らしい。海賊として略奪というよりは、交易を主にしているそうだ。
だから、たまたまとはいえ知り合えた、倭都に縋る事にした。
倭都が欲しているのは、綜の後ろ盾、と言った。港を使いたい、とも。ならば、尹だけでなく、綜とも交易したいのだろうか。……それだけ、だろうか。以前、倭都が言っていた、大きな目標。そればっかりは聞いてみるしかないが、今は関係ないだろうか。
ついでに、倭都が別の国の人間なら、なぜ飛燕がこんな態度をとるのかも謎なのだが、それも今は置いておくしかない。
で、問題は、倭都のこの期待に、私が応えられるかどうか、だ。口約束だけで良いのならいいが、後で何か請求されたら怖い。
何か、確約できる事は無いだろうか。
私が、うーんうーんと唸っているのを、不憫に思ったのだろうか、倭都があきれた声で、
「……まあ、とりあえず労働力として乗ってくれて、良いわ。ちょうど、私達もそろそろ北に仕入れに行こうと思ってたし」
そう、提案してくれた。うう、優しいなあ。
「ありがとう……。綜の事は、ちゃんと考えておくね。でも、あんまり期待しないでね」
私のそのお礼の言葉に、倭都は、期待している、とだけ言って意地悪く笑ったのだった。
「どうせ、私たちは大手を振って陸地を渡れない者同士。まあ、せいぜい仲良くしましょ」
お茶を啜りながらも、皮肉っぽく言う倭都に、私なんか思いもよらない苦労をしているのだろうと、何となく察せられた。倭都は、凄いなあ。
さて。
倭都と話しがついたのなら、次は、彼の番だ。




