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 日が、傾き始めている。

 日没にはまだ時間があるが、帰ってくる頃には、灯りがいるかもしれない。そんな時分に、屋敷に飛燕が来た。いつも通りのぼんやり顔で、何を考えているのかよくわからないけど、怒ったり機嫌が悪かったりはしなさそうで、良かった。


「いらっしゃい、飛燕」

「こんにちは、珠香さん。こっちは、準備できたよ」

                

 飛燕の言葉に、私も頷いた。

 用意したバスケット(と言い張りたい籠)に、蓋のある容器をいくつも詰め、準備は完了している。荷物は全部、慶珂が持ってくれた。これぐらい持てるのに。


「それじゃあ、行こうか。ちょっと遠いよ」


 飛燕が用意してくれた馬車に乗り込み、私達は出かけた。


 ……まあ、馬車だからね。私は、酔うよね。

 男の子二人を隣同士に座らせ、私は持ってきた座布団を枕変わりに、横になる。すぐ近く、市ぐらいまでならなんとか大丈夫だけど、それ以上先は、無理。

 飛燕が心配して、大丈夫? と聞いてくれるけど、口を開けない。慶珂が代わりに、いつもこんな感じだと、フォローしてくれる。話しかけると余計に具合を悪くするから、と慶珂が言うと、飛燕は心配そうな顔のまま、こくりと頷いて、黙った。うう、ごめんよ。




 しばらく馬車に揺られ、まだかまだかと思っていると、ふいに馬車が止まった。


「ついたよ」


 飛燕が声をかける。

 ようやくか、と、のそのそ上体を起こす。うん、まあ、そこまで酷く悪くない。頬を撫でる風が気持ち良い。

 慶珂に支えられながら、ふらふらと外に出ると、立派な大木がそびえ立っているのが見えた。ついで、河のせせらぎの音。涼しい。日が落ちてきたからだけじゃないだろう。

 ふと大木の根元を見ると、小さな人影。仁王立ちして、ふんぞり返っている。かわいい。


「来たわね。なによ、何情けない顔してんの、あんた」


 フラフラになりながらもなんとかその人影に歩いて近づくと、怪訝そうな顔をして、私を見返してくる。


「は、ははは。乗り物が、苦手で……」

「ふぅん。軟弱ね」

「倭都さま、その辺にしてあげてください。珠香さん、本当に具合悪そうだったんですから」


 小さな人影、倭都に苦笑しながら話していると、心配そうな顔のまま飛燕が助け舟を出してくれた。本当に心配症の良い子だなあ。


「まあ、良いわ。それで、アタシに何を食べさせてくれるの? こんなところまで呼び出しておいて、半端なモノだしたら、ただじゃおかないから」


 ふふん、とふんぞり返って言う倭都。意地悪を言っているというよりは、期待しているような口調に感じられる。

 苦笑しながら、慶珂を見る。

 慶珂は委細承知のように、持っていた籠を大きめの敷物が敷いてある上に、置いた。草で編まれた、ゴザのようなものだ。子供四人座るぐらいなら、じゅうぶん過ぎる広さがあった。飛燕が手配してくれていたのだろう。有難い。

 さらに飛燕に、一緒に馬車に積んでいた小さなスノコのようなものを持ってきてもらう。大きいのが一つと、小さいのが四つ。それを席に見立てて、並べる。

 終わった頃には、色の家で出したように、綺麗に並べられていた。座るのは、ゴザの上に座布団を置いただけだけど、椅子まで持ってこられないから、しょうがない。

 倭都は、不思議そうにその準備の様子を眺めていたが、おとなしく、小さい卓の前に座った。その横に飛燕が座り、私、慶珂の順で座った。私の対角線上に、倭都がいる。狙い通りだ。

 正直、馬車の気持ち悪さが残ってるので、食べ物をあんまり見たくないけど、頑張る。


「そしたら、倭都ちゃん、飛燕。この蓋を開けてみて。白い皮が入ってるでしょう。それを、この皿の上に置いて、そこの卓子に置いた具材から好きなのを選んで、乗せてね。で、こうやって、くるくる~っと巻いて、食べるの」


 みんなの前に置いているのと同じ、丸い蓋のついた容器を手に取り、開ける。中には皮だけを詰めており、打ち粉をしているのでくっつかずに重ねられている。その皮を一枚、平たい大き目の皿の上に出し、大き目のスノコの上に置いた大小さまざまな器から、具材を取り出し、皮に乗せる。それをクレープのように巻いて、完成だ。お昼に一回やってるから、説明もちょっとはマシになったかな。

 はじめて見る食べ方に、二人は怪訝そうな顔をして固まっていた。しまった、倭都もこういうの面倒くさいと思うタイプかな。


「と、とりあえず、やってみましょうか倭都さま」

「ええ、そ、そうね」


 まず、私に続いて、慶珂が自分の良いように具材を取っていた。慶珂、若いからやっぱり肉系に手が伸びるのよね。野菜も食べて。

 慶珂の様子を見て、顔を見合わせていた二人も動き出す。ぎこちない様子で器に手を伸ばしていた二人だが、恐る恐る一本目を食べ終わった頃には、心なしか顔が輝いて見えた。


「飛燕、これ、美味しいわ。あっちの取って」

「はいはい。倭都さま、これとこれ、一緒に食べるともっと美味しかったですよ」

「本当! それも寄こしなさい」

「どうぞ。あ、慶珂、それ取って」

「はいよ」


 なんやかんや、三人とも楽しく選んで食べてくれた。つみれ汁の印象は、手巻きの前にかすんでしまったようだが、文句は言われなかったので、まあまあだったのだろう。

 手巻き用に持ってきた具材は、もうすっからかんだ。相性の悪かった具材同士もあったみたいだから、次やるならもっと考えないとね。……次が、あれば。

 二人も食べ終わり、満足したようだ。持ってきたお茶を、みんなに注ぐ。ぬるくなっているが、私にはちょうどいい。

 みんなも、お茶を飲んで一息ついていた。

 ふーっと、倭都が満足げに息を吐いて、私をパッと見た。


「あんたって、本当は凄かったのね。今日のは驚いたわ。私の下僕にしてあげる!」

「倭都さま!」


 ふふんとふんぞり返りながら言う倭都を、飛燕が窘める。が。


「ぜひ、期間限定で良ければ、お願いしたいわ」

「え?」


 私の真面目な返答に、飛燕が素っ頓狂な声を上げて、信じられないものを見るような目で、私を見る。ので、私も飛燕を見返した。

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