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次の日。
あれだけ怒らせ、心配させてしまったから、今日飛燕は来てくれないかもしれない、とちょっと諦めていた。
が、朝使いを出したら、来てくれた。
「……おはようございます」
「お、おはよう、飛燕。今日も、よろしく、ね?」
しかし、その顔はむすっとしており、今日は目を離さないぞという心構えがひしひしと、ともすれば重い程、のしかかってくるようだった。うう、ゴメンって。
「おはよう。お前、目の下にクマ出来てるけど、大丈夫か?」
慶珂が何でもないようにそう言うと、ちょっと雰囲気が和らいだ。
「大丈夫。ちょっと、いろいろあっただけだから」
そこで、飛燕の視線を感じて思わず、パッと顔を背けてしまった。
うう、後ろめたさがヤバい。
あの計画の為に、いずれこの子にも話さないといけなくなる。それまでに、仲直りできるといいなあ。
「そっか。まあ、今日は俺も気を付けるし、もちろん、お嬢さんが一番気を付けるからさ。気楽に行こうぜ」
飛燕の様子を察して、慶珂が場を和ませようとしてくれる。さすが、空気の読めるできる男だ。飛燕は慶珂を見て、フッと肩から力を抜いた。少し苦笑している。
「そう、だね。うん。ごめん、僕もちょっと神経質になってたかも。珠香さん、倭都さまが、会いに来てやっても良いわ、だって」
その少し苦笑した雰囲気のまま、急に話を振られたので一瞬反応が遅れた。が、理解が追いついた時、思わず声を上げていた。
「本当! ありがとう、飛燕」
「でも、倭都さまをこの屋敷に入れるわけにはいかないんだけど、どうやって食事を出すつもりなの?」
テンションが上がった私を落ち着かせるように、飛燕が冷静に疑問を口にする。それは、うすうす感じていた事だ。お世話になってる家に、知らない子を入れるわけにはいかないよね。
「それは、一応考えがあるの。ピクニック……外に料理を持ち出そうかなって」
飛燕はいつもの調子で、こてんと首を傾げた。
「花見でも月見でもないのに、外に出て食事するの?」
「ええ。どこか景色とか気温が良さそうな所を見つけて、あっ、川の畔とか良いんじゃないかな。そこで、みんなでのんびりご飯食べるの。素敵じゃない?」
ぶっちゃけ、前世で学校行事以外で、仲良い人とピクニックなんてしたことない。けど、この面子なら楽しそう、とふと思ったのだ。飛燕は首を傾げたまま。慶珂は苦笑したまま。
「まあ、お嬢さんがそうしたいって言うなら、今日ぐらい付き合ってやろうぜ。どうせ、中には入れないんだろ」
「そう、だけど……わかった。昼間は暑いから、夕方、涼しくなったぐらいに合流できるよう、手配するよ。場所も、こちらで指定させてもらうけど、いいよね」
一応、この辺が落とし所だろう。倭都ともそこで合流できた方が、都合が良さそうだ。私は素直に頷いた。
「わかったわ。できたら景色が良い所が良いけど、贅沢は言わないわ」
素直な私の誠意が伝わったのだろうか、飛燕は少し安堵したように頷いた。よし、ちょっとでも、また打ち解けていかないとね。
とりあえず、今日も飛燕を引き連れて市場に来た。
今日は何故か色が昼間にいて、夜居ないそうだ。ということは、昼に間に合うように出しつつ、夕方の料理も作れるぐらいの材料がいる。二回も買い物に行くなんて効率悪いしね。
さて、困ったぞ。
昨日と同じ料理を、二日続けて出すのは不味いから、昨日のつみれ汁は夕方に回したい。が、ピクニックに汁ものって、どうなんだろう。サンドイッチとかのイメージしかないけど。っていうか、パンって見ない。包む系は割とある。肉まんとか小籠包とかあんな感じのやつ。……酵母。酵母からなのか、それはさすがに無理だろう……。いやでも魚醤とかあるし、発酵の概念はあるのか……?
「珠香さん、ついたよ」
私がうんうん唸っている間にも、二人に連行……もとい守られて歩いていたので、あの大市場に着いていた。飛燕の言葉で、ハッとした。
「え、ええ。ありがとう。さて、今日はどうしようかな」
飛燕が、私に言葉をかけたままの表情で、見つめてくる。な、なんだろう。首を傾げてみる。と、
「手、繋ぐ?」
飛燕も首をこてんと傾げて、右手を差し出してきた。
「え?!」
ビックリして、思わず大声を上げてしまった。慌てて両手を振る。
「い、いや、小さい子じゃないし、大丈夫よ?」
飛燕は、そう? と言いながらもあっさり手を引っ込めた。……こわい、この子、マジで何考えてるかわかんないうえに天然のタラシすぎて、怖い。横で慶珂が、その手があったか……とつぶやいていたが、聞いてない事にした。
若い男の子と手をつなぐなんて、恥ずかしい。同年代に見られていても、いや、見られていればこそ、こそばゆい。
「と、とりあえず、食器屋か、旅行の道具を扱ってそうな所に案内して欲しいな。入れ物が欲しいの」
「わかった。えっとね、こっちの方にあったハズだよ」
そういうと、飛燕は市のはずれの方に向かって歩き出した。
手を繋ぐ事は、とりあえず免れたようだ。




