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「お嬢さん、やけにあの少女を気にするんだな」
馬車が遠ざかった所で、妙に聡い慶珂が聞いてきた。
「それについては、また、後で話すね。今は、食事の準備しなきゃ。色さん、今晩居るみたいだし」
ふふんと、ちょっと含みを持たせて言うと、疑わしそうな顔をしたが、慶珂はそれ以上は黙って何も言わなかった。本当に、賢い子だ。慶珂が居て、慶珂であってくれて、本当に良かった。
少しだけ、他愛ない会話をしながら、色の屋敷に入る。
丁香を探している事を伝えると、すぐ出てきてくれた。
「お帰りなさいませ」
「ただいまです。あの、今日も、厨房を使わせてほしいのですが」
「承っております。食材をお持ちいたします」
委細承知の上、という風に、丁香がすべて仕切ってくれた。
慶珂は、またあの部屋で待機だ。
荷物を持った丁香と私は厨房へ向かった。本当に、良くできた人だ。もちろん、瑞の使用人さん達だって、良くできた人達だ。
でも、なんだろう。丁香はそれとはちょっと違うような気がする。この家の色んな権限を持っている女主人、そんな風に感じた。気のせいかもだけど。
厨房に着くと丁香は、色が帰ってくるだいたいの時間を告げて、去っていった。
迷子になっていたからとはいえ、あんまり時間が無い。炊き込みご飯は、時間がかかりすぎるかもしれない。つみれ汁と、もう一品にした方が良さそうだ。何にしよう?
とりあえず、今日も機嫌良く手伝ってくれる厨房長に、魚の下ごしらえをお願いした。身を取り出し、それをわざわざ細かく叩いてまた丸める、という意味が全くわからなかったようで、説明に苦労したが、結局最後は羹に入れるものなのだと説明したら、何とか理解してくれた。好奇心もあったのだと思うけど、理解してくれて本当に良かった。
その間に、私は野菜の下ごしらえをしようと思ったが、別の料理人に自分がやるから指示を出してくれ、と言われてしまった。
魚は、大きいのを幾つも買ったし、今日はもしかしたら使用人の人達の分まで作れるかもしれない。それなら、人手がいる。
ちなみにと、使用人の数を聞いてみると、瑞の家より多かった。さすがに、これだけじゃ足りない。
それを伝えると、料理人の人達は驚いたようだったが、厨房長と相談しあい、この家にある他の魚も野菜も使って良い事になった。言ってみるものだなあ。
ちなみに、つみれに別の魚を混ぜて、そもそもこの魚がつみれにして美味しいのか良くわからないので、色に出す分だけ別に作ることにした。工程は一緒だし、大丈夫だろう、多分。
そうと決まると、にわかに厨房が忙しくなってきた。作る予定では無かったものを作るのだから、考えて食材とか買ってただろうに、申し訳ない。
そう、厨房長に謝ると、
「なんで、お嬢さんが謝る事があるんや、いや、ですか。なんか、久しぶりにわくわくしてんねん」
未知の料理が、そんなに刺激になったなら、それはそれで良かった。なんだか楽しそうだし、私も、なんだ楽しくなってきた。
妙に高いテンションのまま、思いつく料理、肉を野菜に巻いたやつを焼いたり、ほうれん草っぽいやつのおひたし作ってたら、なんだかんだ定食みたいなのが出来た。それをみんなに教えて、分担して調理し、終えた。
作り終わった時、厨房長に、これだけあれば使用人の人達にもいきわたると、お墨付きをもらった。
へへっ、やり遂げたんだ、私。
みんなと協力して、作れて、とっても楽しかった。
色が戻ってくるまで、厨房でさっき作ったあれこれを説明したり、相談したりして、有意義に過ごせた。
丁香が、厨房に戻ってきた。色が戻ってきたという。
厨房に入った瞬間の、丁香の驚いた顔は、私をドヤ顔させるには十分だった。
驚いていたようだったが、とりあえず色の配膳へと向かうメイドさん達。
私は、また例のごとくつまみ食いを結構したので、お腹へってなかった。まあまあの出来だが、もっと身の味が濃い種類がいるそうなので、次はそれを使おうとか思いながら、厨房を後にした。
また来ます、と厨房の人達に言うと、快く受け入れてもらえたので、嬉しかった。
慶珂も待っている部屋に戻ると、色はまだ来ていなかった。目の前に出された湯気の出ている料理を、慶珂は律儀に手を出さずに待っている。
「お疲れさま、お嬢さん」
「慶珂。それがね、疲れないのよ。楽しくって。瑞でも、こんな風に楽しかったこと無いわ」
感情の赴くまま喋った所で、ハッとした。慶珂、気分を害したかしら。瑞の家が嫌だとか、冷たくされたとかじゃない。ただやっぱり、自分達の主人筋の人間が側に居る事に緊張しているのがわかるから、ちょっとだけ居心地が悪かったっていうだけで。私が慌て口を開こうとした時、慶珂は苦笑し、
「相変わらずだなぁ、お嬢さん。そんなに楽しかったなら、良かったな」
そう、穏やかに言ってくれた。慶珂には、敵わないなあ。
「うんっ。あ、もちろん、瑞の家で同じようにさせろとは言わないから、安心して」
「そうしてくれると、厨房長も助かるだろう」
冗談めかして私が言うと、慶珂も軽く応えてくれる。苦笑している様子を見るに、瑞の厨房長を思い出しているんだろう。慶珂は、あのおじさんとも仲が良い。
そうこうしていると、扉が開く音がした。振り返ると、予想通り、色が立っていた。遠慮なく部屋の中に入ってくる。
「いやあ、遅れてしもたみたいやね? すまんすまん。ちょっとオッサンたちとの実りの無い会議が長引いてなあ。ほんと、嫌になるわぁ」
ははは、と笑いながら席につく色。その会議の中身は私の事かもと思いながら、帰る日にちがまだ決まらない事に少し安堵した。
「今日は、またなんか不思議なもんがあるね? なんで羹の中に丸いのが入っとるん?」
「丸が、美味しさの秘密、のようなものです」
確かに、私もなんで丸めるのか知らないけど、丸めるものだし、丸めて美味しいなら、丸で良いのだ、たぶん。
私の説明にもならない説明に、ふぅん、と相づちを打ちながら、色は箸をつけた。それを見て、慶珂も箸をつける。
二人とも、無言だった。
うう、瑞の家族って結構喋るから、この沈黙、気まずい。
だけど、私からできる会話も無い。二人の表情を見る限り、悪くはなさそう。ただ、改良できる点がもうある時点で、いまいちと言われても仕方ないと思っている。だが、色は食事を綺麗に食べると、ごちそーさん、とちょっと満足げに言った。
「今日のも美味しかったわぁ。不思議な食感やったし、野菜を肉で巻くやつとかも凄いなあ、珠香ちゃん」
そして私の方を見て、褒めてくれる。
うう、この色男、女性を褒め慣れてるし、褒めるポイントが的確すぎて、凄い。から余計に苦手。こんなに褒めるなんて、絶対裏があるに違いない、としか思えないから。素直に褒めていてくれたなら、すまない。
「ありがとう、ございます。あの、厨房の人達」
「ああ、わかっとるよ。料理人達も頑張ったんやろ? ほんと、謙遜が可愛らしい服着て歩いとるなあ、珠香ちゃんは。環に帰すの惜しいぐらいやわ」
冗談めかして言ってくるので、ははは、と曖昧に苦笑しておいた。
でも、私にこんな風に言ってくるなんて、どうしたんだろう。
さっさと環に帰したくて、恩を着せたくてたまらない、って感じだったのに。何か状況が変わったのか、もしくは、何も変わらないから、焦っているのか。
どちらにしろ好都合なので、適当に合わせておいた。




