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ようやく、市場の入り口まで、戻ってこれた。
あの茶館で、大半はお茶をしてただけだが、すごく長く感じた。し、ちょっと疲れた。
少なくなってきた人を避けつつ、市の入り口を出た時、ふと、目に入るものがあった。ソレは、こちらからも見えるが、向こうからもこちらが確実に認識できる位置に、居た。
「慶珂! それに、飛燕も!」
思わず、声をあげ二人に小走りで近づく。
私の声に気づいたのか、深刻そうな顔をして話し合っていた男の子二人も、ハッとこちらを見た。
「お嬢さん!」
「珠香さん!」
二人も、小走りでこちらに近づいてきてくれる。慶珂はホッとした顔をしていたが、飛燕は、何故か泣きそうになっていた。
「二人とも、待っててくれたの。ごめんなさい、迷子になってしまって」
「どこ行ってたの?! 本当に心配したんだよ! 探しても探しても居ないし、でも慶珂には城から人を出すのはまだ待って欲しいって言われるし! 本当に、生きた心地がしなかったんだからね!」
私の目の前で、飛燕はそれだけ一気にまくし立てると、溜息を吐いて下を見た。少し落ち着くと、顔をあげ、私の両肩に両手を置いた。
「どこか怪我してない? 酷いことされなかった?」
先ほどの泣きそうな顔とはうってかわって、本当に心配そうに私を覗き込む飛燕。びっくりしてしまって慶珂を見ると、生暖かい目でこちらを見ていた。え、なに? 飛燕にナニが起こってるの??
「あ、の、大丈夫、だったよ。親切な人が、お茶をおごってくれてたの」
「本当に? 誰、名前きいた? どこに居たの? 店の名前は?」
「え、え、どうしたの、飛燕? 心配かけて、ごめんなさい」
飛燕の必死さに、あと顔の近さに戸惑って、思わず謝ってしまった。
私の言葉で、ハッとしたような顔をして、飛燕はようやく肩から手を離した。
びっくりした。
いつも茫洋としているこの子が、こんなに、私が居ない事でダメージを受けるなんて、思いもよらなかった。正直、あ、戻ってきた良かったね、ぐらいの反応で終わるかと思っていたのに。
「飛燕は心配症、ってやつだな。な? お嬢さん、平気そうな顔して戻ってきただろ。あの時もそうだったんだよ。瑞の使用人総出で捜索して、いったいなんだったんだ、ってな」
肩をすくめ苦笑しながら、慶珂も近づいてくる。軽口をたたいているが、心配してくれていたのはわかるので、素直にごめんなさい、と謝った。
「ま、無事見つかって、良かった良かった。とりあえず、屋敷に戻ろうぜ」
飛燕はまだ何か言いたげだったが、慶珂に促され、渋々歩き出した。
慶珂が、私を振り返る。大人しく慶珂の隣を歩き始める。それで慶珂が、飛燕が安心するなら、そうしようと思う。
「そうだ。私もだけど、倭都ちゃんは、ちゃんと見つかった? 無事だった?」
大事な事を忘れていた事に気付き、二人に聞いてみた。二人は呆れたような顔をして、私を見た。な、なんで。
「倭都さまも無事に、一足先に帰ったよ」
「……お嬢さん。相手は少女とはいえ、地元民だぜ。お嬢さんみたいに、長い事迷子のままなわけないだろ」
「あ、そっか。そうだよね。……怒っちゃったかな」
私が、ちょっとしょんぼりしながら呟くと、
「あれは、倭都さまが悪いんだから、珠香さんが気にすることないよ」
と、ちょっとまだ怒っているように、飛燕が答えてくれた。どっちだろう。どっちに、腹を立てたままなんだろう。うう、まさか飛燕がこんなに心配性だったなんて。申し訳ない。
「まあ、とりあえず帰ろうぜ。お嬢さんも無事だったし、買い物も、もう時間切れだし」
空気を変えるように、慶珂が軽く言った。
確かに、日は西日に傾いてきている。朝早くから営業している市場の人達は、大多数がすでに店じまいを終えている。
「そうみたいね」
「今日は、馬車に乗ってもらうからね」
飛燕の、言外の圧がすごい。これは、ちょっと神経質にさせてしまったかもしれない。そうなると、ちょっとまずいかも。何とかしたいが、今日は、大人しく従った方が良いだろう。心配をかけてしまったのは、事実なのだし。
「わかったわ。まあ、買った分だけでも、なにかはできるでしょう」
「今日も作るつもり?」
馬車を手配しながら、飛燕が驚いたような声を上げた。
「それは、まあ。お魚腐っちゃうし」
「……元気なんだね」
呆れたとも、安堵したともとれる飛燕の溜息に、苦笑だけ返しておいた。
何事もなく馬車に乗り、無言のまま色の屋敷に着いた。
うう。揺れるのも嫌だったけど、飛燕のだんまりに胃が痛くなってきて、それどころじゃなかったなあ。慶珂も、気を使って黙ってたし。空気が重い。
私達が、色の屋敷の前で馬車を降りると、飛燕はそのままその馬車で自分の家まで戻るつもりのようだった。なので、別れ際、無理かもと思いながら、
「ねえ、飛燕。もし良かったら、明日も、倭都ちゃん呼べないかな。私の作る料理、楽しみにしてくれてたみたいだから、食事時だけでも」
飛燕は、馬車の窓から私を見下し、驚いたような顔をした。そのままちょっと考え込んでいたが、
「……相談してみる」
それだけ言って、馬車を出発させた。
つれない。悲しいなあ。




