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番外編 戯れに思うは、誰のこと

番外編。喋ってるだけ




 (おう) 思戯しぎは、高い夜空の星を眺めながら、物思いにふけっていた。

 そのような姿は、今までの彼では考えられない姿で、昔から彼を知っている者なら、思わず理由を問いただしてしまうような姿だった。そして、そのような者が(彼にとっては不幸にも)近くにいた。


「……おいおい思戯! なんだって、そんな情けねー姿してんの。めっずらしぃー!」


 しゅう りょうという、彼の戦友にして親友だ。幼馴染でもあり、酸いも甘いも一緒に味わって育ってきたが、そんな彼をしても、思戯のその物憂げな姿は珍しかったらしい。

 後ろから、そう茶化すように声をかけられた思戯は、少し振り返り、軽く舌打ちをした。そしてまた、星空を見上げ始めた。


「えっ?! わざわざ様子見にきてやった俺に、そんな態度とる?! ひどくない!」


 わーわー喚く幼馴染に、ようやく、渋々といった風に思戯は振り返った。面倒くさい、という顔を隠しもしない。そんな思戯に、燎は喚くのをやめ、肩を竦めた。そして気遣うように声をかけた。


「ほんと、どうしたよ、兄弟。今までだって、牢に入れられた事ぐらいあっただろ」


 燎の言葉に、思戯は今まで座っていた固く冷たい石床の上から立ち上がり、この部屋と廊下とを仕切る木製の格子の所、つまり燎の近くまで歩いてきた。


「……実は、俺にもわからん。気が塞ぐ、というのはこういう事なのかもしれん」

「ええっ、お前がぁ? なになに、理智にしてやられたのが、そんなにムカついたん?」

「いや、あいつは別に……どうなりと、しようと思えばできたし」

「ふぅん?」


 煮え切らない調子の思戯に、燎は少し首を傾げた後、ハッと、何かに気づいたような顔をした。あと、いつものように、ニヤニヤと薄笑いを浮かべた。少ない松明の灯火のもとでも、思戯にはその表情の機敏がわかったらしい。怪訝そうに眉を寄せた。


「なんだよ」


 不機嫌そうな思戯に向かい、燎はニヤニヤ笑いを深めながら、言った。


「わかった。珠香ちゃんのことだろ」


 燎のその言葉に、思戯は思いっきり不意を突かれたような顔をして、目を見開いた。そんな顔も珍しいので、燎は吹き出しそうになっていた。


「わかるぅ~~。心配だよねぇ、あのちょっと抜けた人の良いお嬢さん」


 燎のその言葉と表情に、また不機嫌そうに眉をしかめる思戯。ついに、プイっとそっぽを向いてしまった。さすがにやり過ぎたと思ったのか、燎は軽く溜息を吐いて、


「俺たちとはさ、生きてる世界が違う子だよ。心配するのは良いと思うけど、それであんまり思いつめるんも、良くないんじゃない? どうせ、もう交わる事も無いんだし」


 そう、まるで兄が弟を諭すように、少し柔らかく声をかけた。言われた思戯は、ちょっと燎を睨んだ後、こちらも溜息を吐いた。深く、長い、溜息を。


「……ああ。そうだな」


 そう、ポツリと呟くと、思戯はまた後ろの格子の嵌った窓から星空を見上げはじめた。

 そんな様子の思戯を見て、燎は茶化す事はしなかったが、苦笑した。


「こんな思戯、はじめて見た。初恋だったんだねぇ」


 苦笑交じりに呟かれた言葉に、バッと思戯は振り向き、格子をガッと掴んだ。

 その顔は、羞恥。

 何か言葉を発しようとしているが、それはハッキリとした言葉にならず、燎のニヤニヤ顔にかき消されていった。絞り出すように一言、


「そんなんじゃ、ねえ」


 そう言うと、思戯は大股で牢の一番奥まで行って、ゴロンとふて寝した。燎に背中を向け、もう話したくないと態度に出すその幼稚さに、燎は今度こそ大笑いしたのだった。


 もちろん、騒がしいと怒られた。









 数日後。


 思戯は、瑞の貴族の娘をおめおめと謎の集団に攫われ、なおかつその娘を環に逃がそうとした罪で入れられていた牢を、ようやく出る事が出来た。

 環との内通や、その謎の集団との内通、その他いろいろな疑惑や問題、これまでの素行の悪さなどをここぞとばかりに軍法会議で審議されたが、そのいずれも証拠不十分や確証が無く、連れ去られたという事実とあの時の発言だけで、反省の意味を込めて牢に入れられていた思戯。

 いっぽう理智はというと、同じく連れ去られてしまったが、いろいろ上手くやり、むしろ逆に評判を上げていた。いわく、そもそも助けに向かったその機転が素晴らしい。いわく、謎の集団を追い詰め数人拿捕したが、その人物たちは自死したので理智の責任ではない。いわく、いわく、いわく。

 思戯にとって、牢に入る事など何ともない事だったが、理智のその小賢しさは腹立たしかった。

 連れ去られたのは、同じなのに。

 むしろ馬に乗っていたのだから、追いついてしかるべきなのは、あいつだった。俺が、俺さえ馬に乗っていればあるいは……いや、止めよう。

 ここ最近、思戯はずっとそんな調子だった。

 なので上役たちは、今回ばかりは思戯もこたえた、ように見えてご満悦だった。その本心を知っているのは、ほんの少しの人間だけ。


「よー、思戯。久しぶりの外の空気はどうよ」


 牢から出て、自宅に戻ろうとしている思戯の前に現れたのは、幼馴染りょうだった。


「別に。かわんねー」

「おっ、牢屋慣れしてる人間は、言う事が違いますなぁー! ひゅー、あこがれるぅ~」

「うっせー。何しにきたんだよ」

「何しにって、お迎えにきてやったんじゃーん。ひどーい」


 思戯の言葉に、燎はわざとらしく頬を膨らませた。その様子を、はいはいとあしらいながらも、ちょっと嬉しそうに見て、思戯は歩きはじめた。燎も、頬の空気をプッと抜き、思戯の横を歩き始めた。


 しばらく、無言で一緒に歩いていた。

 馬車や小舟には乗らず、このまま歩いて帰るらしい。

 燎もそれに付き合うつもりのようだ。

 

「……なんか、動きあったか」


 人通りが落ち着き、少し閑静な場所に差し掛かった時、思戯がボソッと聞いた。燎は、何も聞こえなかったような様子のまま、口を開いた。


「ああ、あったよ。お前が牢から出たのが、その証だな」

「なんだと?」


 思戯が燎の方を向いたので、燎も前だけ見るのをやめ、思戯を見た。


「ついに、戴公が決断した。……尹に、攻め入る。日時とかはこれから占わせるらしいけど、ほぼ確定だ。反省したお前にも活躍して欲しい、ってさ」

「なっ」


 思わず大声を上げそうになった思戯は口を押え、信じられないという風に燎を見た。見られた燎は、真剣な顔をして、


「珠香ちゃんの事は、賊でなければ、ほぼ尹の仕業だろう、珠香ちゃんを使われて何かしらの先手を取られるより、こちらから先に叩いてしまうべきだ、ってなったらしい」


 そう、告げた。

 思戯は口を開け、悔しそうに、閉じた。そんな様子を痛ましそうに見ていた燎は、


「環から来た、ネーさんや関係者が、痕跡を探してんだろ。珠香ちゃんは大丈夫だって。なっ」


 そう、励ますように言った。その言葉に首を振り、思戯ばまた、歩き出した。


 今まで一緒に過ごしてきて、わりとわかりやすい男だと思っていた幼馴染が、はじめて何だかわからないなあ、と燎は思った。

 この男が、女に言い寄られ困る事の無かったこの男が、こんな風に一人の女性に心を寄せることは無かった。本人は否定するが。

 恋をする事で、この男にもなんらかの変化が起きてるんだなあ、と思うと、置いてけぼりのような寂しいようなで、燎も何だか微妙な顔をしてしまった。


「……なんだよ、その顔」

「え? 俺、なんか変な顔してる?」

「ああ、してる」

「えー、うっそー。俺のこの端麗な顔立ちが崩れることがあったら、世の中の損失だあ」

「言ってろ」


 ようやく、思戯が笑った。敵や他人に見せる笑顔ではなく、友に向ける、いつもの笑顔だ。ちょっとホッとして、燎も笑った。


「ひっでー」


 笑いながら燎が肩を組むと、嫌そうな顔をするが、振りほどきはしない、思戯。

 そうして、ようやくいつも通りの二人に戻り、おもしろおかしく、往来を歩いた。


 その恋は、始まる前に、終わった。

 ならば、恋する前の日常に戻れるようにするのが、俺の役割だ。

 笑い会いながら、燎は、そう決めた。



 おわり。

補足:思戯は武将として戴の国ではめっちゃつおい。けど貴族とは違う考え方なので貴族が嫌い。貴族にも嫌われてる相思相嫌。思戯を使える、のは戴侯だけと言われてるとかいないとか。

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