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「そ、綜が難しいならっ。舜、王都へ行く事も、考えてます。舜の今上帝は、お優しいと評判です。なんとか、掛け合えないかと」
正直、今言いながら考えた部分はある。でもこれ、良い案かもしれない。
ちょっと自分の考えに光明が見えた気がした次の瞬間、はあー、と大きく深いため息が聞こえた。黄さんだった。
黄さんは額を右手で押さえながら、思いっきり眉を寄せていた。穏やかな顔をしてた人の、この表情。怖い。なんだこの夫婦、怖い。
「……お嬢さんは、そこに至るまでの道程や関所、貴族や帝などの有力者への取次、賄賂、その他さまざまな障害は、どうするつもりなんですか。ちゃんとした考えがあるなら、言ってもらえますか、今」
そこまで不機嫌そうに、こと細かく、荒を探されてしまうと、もう、口を開けない。
私の、悪い癖だ。自分に対して、怒っていたり不機嫌だったりする人の前に立つと、萎縮して、何も言えなくなってしまう。
前世は、これが原因で更に怒られたり呆れられたりした。今世では、優しい人が多く、まだ子供の範囲だったというのもあり、あんまり経験しなかった、失態。私、やっぱり、前世から、何も、変えられ……。
「そ、そこまで言わなくても良いんじゃないか、黄殿。なぁ珠香、一時の気の迷いだよな? 私達と一緒に、環に帰ろう。そしたら安全だから」
思ってもなかった方向から、フォローがきた。びっくりして春陽を見ると、慌てていた、が、私と目が合うと、微笑んでくれた。
ああ、違う。私、前世とは、違うんだ。春陽は、家族は、意見が違っていても、私の味方で、いてくれるんだ。
その事実が、はじめて、胸にストンと落ちた。
今まで、どこか、自分の中で遠慮がちだったのかもしれない。肉体的には血が継っているけど、前世の記憶があるせいで、どこか、兄姉と言いながら、そう想いきれない自分がいた。普通、兄姉って年上だし、自分はそれ以上に、生きていたから。
でも、違うんだ。私は、本当に、この人達と、家族だったんだ。
黄さんの不機嫌さよりなにより、その事実に、自然と涙が出た。ぎょっとする春陽。
「どうした、珠香。お腹痛いのか。それとも、そんなに黄殿が怖かったのか? 大丈夫だぞ、私がついているからな」
春陽のその優しさに、よけいに涙が止まらない。首を振り、手を振るが、言葉が嗚咽に負けて、出てこない。
嬉しいだけなんだって。あなた達と家族であれて、本当に幸せだって。伝えたいのに、声にならない。出て来るのは、涙だけ。あったかい涙。
「あら~、今度はアナタがいじめ過ぎてしもたみたいやねぇ。こないに若い娘泣かして、どないするん。それに、瑞司馬に告げ口でもされたら、大事ちゃう?」
ちっとも困ってなさそうに、むしろ面白そうに、珊瑚が黄さんに声をかけている。
「大丈夫か、珠香」
背中をさする、ごつごつした手。これはたぶん、春陽。剣の練習をいっぱい頑張って、強くなった春陽の、優しい、手。
「あ、りが、と、ねえ、さん」
一生懸命涙を拭い、春陽を振り返る。涙でにじんで良く見えないが、微笑んでくれているようだ。
「……はぁ。わかった、私が悪かった。お嬢さん、言い過ぎました。申し訳ありません。ですが、お嬢さんの希望が叶う可能性は、ほぼ有りません。諦めて下さい」
黄さんの謝罪に、応えねば。
落ち着いてきたので、何回か大きく深呼吸をして、嗚咽を止める。涙を裾で拭い、春陽に、もう一度礼を言った。そして、黄さんに向き直った。まだちょっと視界が歪んでいるけど、ちゃんと、目を見ているハズだ。
「黄さん達の、言う事も、わかります。私には、何もできない。さっさと、環に、帰った方が良いことも、わかってます。だけど、可能性が、零じゃないなら。私は、それに賭けたい。私の、この存在に利用価値があるというなら、使いたい」
ちょっと嗚咽が混じりながらも、言い切った。もう一度、流れる涙をぬぐう。目が真っ赤に腫れてるのがわかる。
「ほらな。やから、恋する女の子は無敵なんやってぇ。昔を思いだすなぁ〜。ええなあ、応援したくなるわ、瑞姉妹」
珊瑚が、何故か嬉しそうにそう声を上げ、一人でキャッキャしてる。この人も良くわかならない人だけど、たぶん、味方してくれている、気がする。
「お前とは違うだろ」
「一緒やってぇ。恋の為に一生懸命、頑張ってるんよ。アタシは応援しとるからな。この唐変木が帰っても、ついて行ってあげる」
「は? 珊瑚お前、赤や真朱の世話は」
「あの子らなら、もう一人で何でも出来るで。心配いらへん。それより、アタシ、こんなに胸が高鳴ったん久しぶりやねん。どうなるか見届けたいし、それにこのお姉さんの方はな、環公じきじきに見ててやってくれって言われてん。アタシ、実はアンタより上やねん」
なんか、夫婦で言い合いだしたけど、大丈夫なんだろうか。
春陽は、心配そうというか、何か信じきれてないような顔で、私に話しかけてくる。
「なあ、珠香。あの、珊瑚殿が言っている、恋してるってのは、本当なのか?」
ひそひそと話しかけてくる春陽に、一応気を使ってくれているのだと、わかる。が、恥ずかしい!
「ち、違う……とも、言い切れ、なくて」
「はあ?」
「わ、わからないの。恋なのかとか、好きなのか、とか。わからないけど、その人が死ぬのは、嫌で。だから……」
春陽の目を見れなくなって、両手でもじもじ手遊びをしてしまう。少し間があって、
「私も、恋だの好きだのはわからん。わからんが、死んでほしくないとは、大層だな。どっちかの国の兵なのか」
少し、呆れたように春陽が言った。それに、少し頷く。
「うん。戴の、兵」
「将兵か。ならば、国の為に死ぬ覚悟はできているだろう。私もそうだ。戦って死ぬのは名誉だし、勝てばもちろん名誉だ。だが、まあ、確かに戦にならなければ、死ぬ事もないんだろう。その他大勢の人間も」
どこか納得したように呟く、春陽。そして、お茶をすする音が聞こえた。
環では、少なくとも春陽悠陽が軍に入って、大きな戦は起こって無い。でも、ひとたび起これば、きっと双子も、父も、戦場に駆り出される。こういう思いをする家族を、無為に出すことも無い、とも思う。
「だから、死なせたくないの。その人も、みんなも。環だって、いつその戦に巻き込まれるかわからない。なら、最初から、止めたい。いろんな口実を、なんとかして、防ぎたい」
こちらを見る春陽の顔をちょっとだけ見て、また決意を口に出した。
今上帝 = 今の帝。つまりこの王朝で(飾りだけど)一番上の人間。名前では無い。優しいかどうかは、実はしゅかも知らない




