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「あの、この市の入り口ってわかりますか。連れとはぐれてしまって」

「あら~、そら大変やったねぇ。アタシわかるし、案内したげるわ。こっち」


 女性はそう言うと、ニコッと笑って私の手を取って歩き始めた。あ、有難い。またはぐれるかと思った。

 女性の手は、こんな雰囲気のある人だからさそがし細くて柔らかいんだろうと思ったが、ちょっと違った。なんというか、家事をしている手、だった。手荒れもしてるし、豆ができた跡もある。貴族の奥さん、というわけではなさそうだ。こんなに雰囲気のある人が普通に家事をしているなんて、想像つかないなあ。

 世の中、不思議がいっぱいだ。


 でも、あれ?


 入口って、こっちだったかな?

 私が、方向音痴すぎて、わからなくなってるだけかな?

 遠ざかっているような気が……?


 親切な人に悪いなという気持ちと、不安が、せめぎあう。

 でも、やっぱりいてもたっていられなくなって、前を向くその人に、声をかけた。


「あ、あの……」

「ふふふ」


 女性は、楽しそうに笑っていた。私の腕を掴む手に、力がこもる。


「あ、あのっ、どこに行くんですか」

「どこって、市場の入り口やろ? 瑞 珠香 さん」


 思わず、反射的に腕を引き抜こうとしたが、それは腕を掴む力強い手によって、阻止された。 


「なっ、なんですかあなた!」


 往来のど真ん中というのも忘れて、大声を張り上げてしまった。

 こんな所で、私の名を知る、謎の女性。

 怪しい。怪しすぎるし、怖すぎる! 何がどうなってんの。

 女性は、なおも愉快そうに笑って、腕を離してくれない。じりじりと後ずさる。


「やっと見つけたんやもん。面倒起こさんといてや。良い子にしてたら、ええ所に連れってってあげるさかい」


 女性が、その赤い唇を、にんまり三日月形に歪める。

 え、え~〜〜っ。

 ナニこれ、ナニこの展開。

 私、また拉致られるの?

 今度は、側に慶珂もいないのに。うぅ、なんでこんな事に。

 私が黙り込んで一人脳内会議をしていると、女性は不思議そうに小首を傾げた。


「あら、案外余裕なんやね? 誘拐され慣れてるんやろか?」

「な、慣れてる、わけじゃない、ですけどっ」

「そぉ~、大変やったねえ」


 今まさに、あなたのせいで大変なんですけど! とはさすがに小心者すぎて言えなかった。

 目の前のにんまりしてる女性から、おとなしくしてろ、という圧を感じる。


「……はぁ。わかりました。あなたに従います。だからできたら、手荒な事はしないでください」


 諦めが、ついてしまった。

 少なくとも、目の前の女性は話がわかりそうだが、私を解放はしないだろう。

 慶珂か飛燕が居れば助けを求めたが、居ないのなら、仕方ない。そう、仕方ない。

 今度は、どこに攫われるのだろう。別の国かな。戴に連れ戻されるのかな。戴に戻れば、思戯がいるか。もう、なんだっていいや。

 私が諦めて抵抗しなくなったのを見て、おやっという顔をした後、女性は今度はその猫のような目をにんまりさせた。


「良い子、賢い子。したら、こっちやで。あと少しで着くわ」


 大人しく、女性が引く手について歩く。

 足もとの、小石を蹴る。中々難しいけど、続けられないわけじゃない。


 こつん。こつん。

 小石を蹴る。


 こつん。ころころころ。

 小石が、行方不明になる。

 私、なんでこんな事してるんだろう。なんで、こんなことになるのだろう。誰か教えてくれないかな。誰も、教えてくれない。


 こつん。こつん。

 あの魚、ちゃんと料理してくれるかな。他の料理法も、知りたかったし、共有したかったのにな。


 こつん。こつん。

 飛燕や、色は、責任を問われるだろうか。酷いことに、ならないと良いけど。


 こつん。ころころころ。

 飛燕と、あの子は仲直りできただろうか。私のせいで、引っ掻き回したようで、申し訳ないな。


 こつん。こつん。

 慶珂。心配してるだろうな。


 こつん。こつん。

 こつん。こつん。


 こん。


 無為に小石を蹴っていたら、誰かの靴に当たってしまった。謝ろうと思って顔を上げた、次の瞬間。

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