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「さて。今日も魚市場に来たけど、何か当てはあるの?」
昨日と同じ、市場の入り口に、飛燕に連れてきてもらった。
先ほどの事はあったが、機嫌を直した彼女が、先頭切って歩いているのを微笑ましく見ていると、怪訝な顔をされた。うう、小さい子の扱いってよくわからない。
飛燕からかけられた言葉に、私は少し考えこむ。
「そうね……。今日は、炊き込みご飯でも作ろうかなぁ。魚の出汁が美味しい種類ってわかる?」
「たきこみごはん」
飛燕が、全く抑揚をつけずに、私の言った言葉を繰り返す。
これも、馴染みないのか。はて、瑞の家では出した事あったっけ? ツナ缶とかあれば、さらに楽に美味しくできるんだけど、何とかカンで頑張るしかない。早速、失敗例を食卓に出してしまいそうな雲行きだ。
「たきこみごはん……。何それ。本当に、あなたって変ね」
ストレートな悪意ゼロの言葉が、胸にグサリと突き刺さる。悪意が無く純粋に思った事を言っている彼女に、ははは、と力なく返すしかできなかった。
「倭都様っ」
「何よ、変だから変って言っただけじゃない。素晴らしい事よ。で、そのなんとかってのは、どんな料理なの」
眉を下げて、申し訳なさそうにこちらを見る飛燕に、苦笑を返す。そして、倭都に向き直った。
「ええと、簡単に言うと、お米を炊く時に、一緒に具材を入れて味をつけます。その具材も食べられるので、いっせき……お得ですっ」
興味津々にこちらを見上げる彼女に、なるべく簡単に告げたが、伝わっただろうか。目を、キラキラさせているような…?
「なにそれ! 凄いわ、思いつかなかった。ウチの料理野郎どもも、思いつかないと思う! 食べさせて!」
「はいはい、お家に帰ったら作りますね。さて、食材を探しに行きましょう。飛燕、昨日、白身魚を買ったお店、わかる?」
「わかるよ、こっち」
そうして、私達、完全に子供のおつかいご一行さまは市場の中に足を踏み入れた。
「ねえ飛燕! あれ、あれ買ってきて!」
「駄目ですよ。珠香さんのお買い物中なんですから」
「ケチっ、ケチケチ飛燕! じゃあ、あっちで良いわ。あの包丁、良く切れそうでしょ」
「この間、買ったばかりじゃないですか。駄目です。あ、珠香さん、何か気になるのあった?」
私の前には、頬を膨らませ大変に遺憾の意を示している幼女と、慣れたようにあしらうまるで兄のような、飛燕。なんだ、この珍道中。
しかしまあ、飛燕がこの間口を滑らせたのは、彼女で間違いなさそうだ。ちぇ、つまらない。
「そうねえ。良い出汁が取れそうな魚は買ったけど、身が余りそうだから、つみれ汁にしようかしら。昆布は残ってるから、あとは野菜がいるわね」
飛燕の話題逸らしに乗っかり、思いつくまま言葉を紡ぐ。うん、それでいける気がする。あ、でも、野菜市場は別の場所にあるんだったっけ。
「野菜かあ。隣の市場だね。ここでも、ある程度なら有るから、そっちに行ってみようか」
「ええ、お願い」
「珠香ばっかりズルい!!」
うぉっ、ビックリした。
いきなり、というわけでもないけど、少女の我儘が爆発した。
ど、どうするの? なんだか、涙目なんだけど。どうしよう、年下の子のわがままとか涙とか、あんまり経験なくて、どうしていいかわからない。だって、玉雲はよく眠り良く言う事を聞く良い子、いえ、大天使だったのよ、わからないわ!
「倭都様、あたなが言い出したんですよ、ついてくるって。僕は止めたのに。そんなわがままを聞くために、連れて来たのでは無いですよ」
おお、意外とまともに叱れる飛燕、凄い。私は、おろおろするばかり、慶珂は成り行きを見守るばかり。
飛燕の正論は、幼女のカンに障ったようだ。
「うっさい! 飛燕のばーーーーか!」
そう言うと、倭都は涙目のまま、凄い勢いで踵を返して、そのまま脱兎のごとく走り出してしまった。人が周りに多いうえに、小回りのきく幼女が相手だ。姿が見えなくなるのは、一瞬だった。私達がハッとした次の瞬間には、もう、どこにも見えなくなった。サーっと血の気がひくのがわかった。
飛燕が人をかき分けそちらに行こうとして、ハッと、立ち止まった。あっ……。
「ひ、飛燕、いいの?」
「……良いんです。今日ぐらい、別に」
そう突き放す飛燕の言葉とは裏腹に、視線が、キョロキョロ動いていた。心配だろう。わかる。でも、飛燕は私のお守としてここに居る。という事は、私が動かないと飛燕も動けない、という事。
それならば、やる事は、一つ。
「倭都ちゃーん。どこ行ったのー!」
「お嬢さん!」
私が、動く。
それしかないと思い、倭都の走り去った方向へ、私も走り出してみた。ら、
「……あれ? 慶珂? 飛燕??」
はい迷子ー! 私が迷子ー!!
どうすんのコレ!?
迷子になった時は動かない方が良い、って言うけどさ。ここは市場。人の往来が激しく、この国一番の賑わい。立ち止まり続けられるハズが無く……。
「おう、嬢ちゃん邪魔だぞ!」
「あんた買う気が無いなら他所行ってくれん、邪魔やで」
「そこどいて」
めっちゃ人にぶつかられるし、隅に避けようとしたら店の人に怒られるし、その度にすいませんすいませんと謝りながら、人の流れに乗るしかできない。
ここ、どこ?
どっち行ったら、二人がいるの??
私、市がはけるまで、彷徨うしか無いのかな。おうち帰れるのかな。
子供みたいに不安が押し寄せ、泣いてしまいそうになるのを、ぐっと耐える。市の、入り口に行けば、帰り道はわかるはず。
まずは、入り口の場所を誰かに聞かないと。目にたまった涙をグイっとぬぐい、目線を前に向けた。途端。
「もうし」
妖艶そう、としか表現できない女性の声が、耳元で聞こえた。ひゃぁ、と情けない声を上げて、聞こえた方へ振り向くと、
「お嬢さん、お困りなん? 大丈夫?」
大きな帽子を被った、若い頃はさぞ美人だったのだろうといういくらか年を取った、女性がいた。おばさん、と呼んでも差し支えない年だろうが、なんとなくそう呼ぶのは憚られる、雰囲気のある女性だった。前世だと多分、美魔女とか言われるタイプだと思う。
と、とりあえず、なんだか妖しい女性だけど、助かった。




