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飛燕の突然の申し出と、ここで? という戸惑いで、固まってしまった。が、困ったような飛燕の顔を見てしまったので、軽く頷いた。
私が頷いたのを見て、ちょっとホッとしたような顔になった飛燕が、うやうやしく後ろ、私達の更に後ろに手を差し伸べた。
思わず、手の先を追って後ろを振り返ると、そこには、
「あなたたちが、環からの客人ね。はじめまして、私は、倭都。よろしくね」
想像もしなかった、高く幼い、少女の声。
目線を少し下げると、そこには、幼いながらも既にパッチリして吊りあがった目をもつ、日焼けした少女がいた。美少女、と言っても過言ではない。環公と同じかそれより少し上ぐらいの、少女。
サバサバした性格の少女が出てくるとは思ってなくて、思考回路がショートした。要約すると、固まった。
「あら、環の客人は、口がきけないのかしら。残念ね」
「倭都様。さすがにそれは、失礼ですよ。二人は、珠香さんと、慶珂。とっても博識な人達ですよ」
それに、飛燕の喋り方と、この少女への対応。
この子はもしかしたら、偉い貴族の子供なのだろうか。色より、上の。しかもこの国の、尹公の娘という線もありえる。と、すると、お忍びで街に来ているのだろうか。親近感がわく。本当かどうかわからないけど。
少女は、つまらなさそうに、鼻を鳴らした。
ここで、ようやく私の声帯が、喋る事を思い出した。
「あ、の。珠香、です。よろしく?」
「おれは慶珂。飛燕、この人は、どんな立場の人間なんだ? お前が、敬語を使うなら、俺も使った方が良いか」
慶珂が、聞きたい事を聞いてくれた。
慶珂の言葉に、飛燕はちょっと困ったように、少女を見た。少女、倭都と言ったか、は、にやりと笑った後、頷いた。それは、私と慶珂が、主人と使用人がするような、許可の取り方。
「敬語は、僕が好きでしているだけだから、気にしないで。この子は、親戚の、子供」
下手な、ごまかし方だ。でも、飛燕を問い詰めても、答えは教えてくれないだろう。それは、私も慶珂もわかる。今度は私達が二人してアイコンタクトでそれを共有し、頷いた。
「ふーん。じゃあ、俺もお嬢さんも、このまま飛燕に対するように、対応させてもらうぜ。宜しくな」
「ええ、それで良いわよ。飛燕にも、敬語は良いって言ってるのに」
倭都の言葉に、飛燕は微笑むだけだった。止める気は無いらしい。
「それで? 急に俺たちに紹介したいって言い出した理由は?」
「興味があったから! 魚料理が上手なんでしょう、そっちの珠香って人。私も食べてみたくて」
すっごい明るく子供らしく言われたけど、呼び捨てにされた……。呼び捨てって、慣れない。こんな小さい子だから、訂正するのも度量が狭いよね……。というか、飛燕。昨日の今日で、この子にそんな話したんだ。……ん?
「そんな、大したものは、作れてないけど」
「そんな事ないよ! すっごい美味しかったよ」
飛燕が即否定してくる。有難いけど、そんな勢いで言われると思ってなかったから、ちょっとびっくりしちゃった。
「飛燕がそこまで言うなら、食べてみたいじゃない。ね、ね、私にも作ってくれない?」
「倭都様。我儘は言わないって約束でしょう」
「飛燕ばっかりズルい!」
微笑ましいやり取りをしている二人。
……やっぱり、引っかかる。昨日今日の事を知ってるといい、二人の仲良さそうな感じといい。もしかして、たびたび出てくる、飛燕の彼女(仮)って……。
「付き合ってるの…?」
思わず、口をついて出てしまった、言葉。二人は、バッと私を振り返った。こ、怖い。
「誤解だよ! 恐れ多い。それに、まだ子供だよ?」
「あんたも子供でしょ。いったい、何を見てそう思ったか知らないけど、ありえないわ。私には、大きな目標があるの。その前に、恋だのなんだのにうつつを抜かすつもりはないわ!」
二人とも、否定が真顔過ぎて、怖い……。ごめんなさい、と素直に謝ると、二人とも許してくれた。
不思議な関係の二人、それぐらいにしておいた方が良いみたい。
「……で、これからどうするんだ? ついてくるのか? 屋敷で待ってるのか?」
今まで黙っていた慶珂が、呆れたように問いかけた。本当に、できる子だよ。
「ついていく! 良いわよね」
「良いのかなあ……」
元気よく言う少女と、困る保護者。なかなか珍しい光景のような気がする。
困ってる飛燕がなかなか面白くて、私は同行を快く受け入れたのだった。
「そういえば」
市場に向かう途中。ふと、気になった事があった。
「なに?」
前を歩く飛燕と、倭都という少女が、同時に振り返る。
「あの、倭都、ちゃんって、どういう字を書くの?」
不思議な語感だなあ、と思った。あんまり、女の子につけるような、柔らかい名前じゃない気がする。
倭都は、ふふんと鼻を鳴らすと、立ち止まり、そこらにあった木の棒で、地面に何やら書き始めた。
『倭都』
反対から書かれて、一瞬わからなかったが、気付いて倭都の後ろに行く。あら、これって、
「これで、わ、と。へえ、壮大な名前ね。やまと、とも読めるよね」
前世で見た事ある字だ。そのまま、思った通りの事を言うと、倭都と飛燕が、バッと後ろを、私を振り向いた。その眼は、驚愕、そして、少しの敵意。
「な、なに?」
「あなた、どこでその読み方を習ったの。教えなさい! 返答しだいでは」
「返答次第で、どうするって?」
倭都の敵意ある言葉に、慶珂が反応する。ああもう、ややこしくなる。
飛燕を見ると、どうしようか決めかねて固まっていた。どうも、やまとことば、はこの世界では異端のようだ。少女がなんでこんなに驚き怒っているのかわからないけど、ここは、私が場をおさめなくては。
「あの、前読んだ書物に、似たような字があったの。たまたま、その字を見たのを思い出しただけ。ごめんなさい、何か、気を悪くさせてしまったみたい」
私の言葉に、飛燕があからさまにホッとした顔をした。
「ほら、倭都様。博識って言ったでしょう。珠香さんは、たくさん本を読んでるんだよ。だから、魚の料理も思いつくんだって。大丈夫」
飛燕の言葉に、まだ眉を寄せていた少女だが、飛燕がもう一度頷くと、敵意を解いた。良かった。
「こちらこそ、ごめんなさい。とりみだしちゃって。さ、行きましょう」
素直に謝ってくれたので、こちらも、それ以上の追及はしない。
そうして、また、四人で歩き出した。
少女は性癖に刺さりやすい




