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「そしたら、作ってくれるんは昼でも夕でもええけど、俺が居る時にしてな。俺だけ仲間外れとか、悲しいやん」
冗談めかして言う色だったが、目は真剣だった。そんなに、珍しかったのかな? あっ。もしかして、自分が居ない時に、飛燕に変な物食べさせないか心配してるとか? 確かに、自分でも何が変かわからないから、保護者に居てもらうのは必要かも。
「わかりました。でも、いつ居られるのですか?」
色の屋敷に居るのに、色にバッタリ会った、という事が無い。屋敷の中は、ある程度の区画を自由に歩き回れているが、出会わない。という事は、本人が屋敷に居ない時が多いのだと思う。
色は、私のもっともな疑問に、顎を撫で、考えながら口を開いた。
「ん~、だいたい夜は居るかなぁ。居らん時もあるけど。ま、都合はそん時にならんとわからんし、丁香にでも言うとくわ」
「わかりました」
忙しいのだろう、色んな意味で。
とりあえず、丁香に聞けば予定がわかる、というだけ良しとしよう。
ハッと色が、私と飛燕を見る。
「あと、わかってると思うけど、外出する時は、飛燕を連れて行ってな。危ないし。飛燕も、わかっとるな」
「うん」
飛燕の素直な反応を見て、色は、にんまりと笑った。
「会えない時間が、長ぉなるな」
そんな色の表情に嫌そうな顔をしながらも、飛燕は何も言わなかった。
その会話の後、色はまだ仕事があるとかで、早々にこの部屋を出て行った。
食事の後片付けは、メイドさんが全部してくれたので、やる事がない。あとやる事といえば、
「飛燕。ごめんなさいね、巻き込んでしまったみたいで」
やっぱり気になる、飛燕の彼女(仮)。
申し訳無さそうに飛燕に話しかけると、飛燕はいつもの茫洋とした顔で、首を振った。
「ううん。気にしないで。珠香さんは何も悪くないよ。悪いのはあのオッサンだよ」
おじさん、とすら表現しなくなった。これは、表情は変わらないけど、結構怒ってるのかしら?
「もし、会いたい人が居たり用事があったら、言ってね。その時は、外出しないようにするわ。それか、変わりの人をお願いしてみるね」
私の、心からの申し訳無さそうな提案に、飛燕は困ったような顔をして、右腕の二の腕を左手で掴んだ。おっと、意外な反応。恋人の事を、色にからかわれて不機嫌なのかと思っていたけど。
「……珠香さんがここに居る間は、僕の役目は、珠香さんの護衛が第一。だから、気にしないで。それに、思ってるような関係じゃ、ないよ」
私も、もしかしてニヤニヤしていたのだろうか。それは、悪い事をした。そうよね、デリケートな話題だし、イジられるのは気分良くないよね。
一人で脳内プチ反省会をしていると、
「そういえば、魚市場はあったが、野菜関係はあんまり見なかったな。他に市場があるのか?」
少し、唐突ともいえるような質問を、慶珂がした。空気が変わり、飛燕も、ちょっとホッとしたようにその話題に乗る。
「うん。今日の所は、一番大きな市でもある、魚市場。野菜は、また別の場所に市がたってる。だけど、魚ほど種類は豊富じゃないよ」
「ふーん。環とは真逆だな。環は、野菜市場の方が、規模が大きい。魚は、川魚ぐらしか並ばないからな。お嬢さんは、よく海の魚を料理できたと思うよ。本当」
「まぁね」
ふふん、とドヤ顔をすると、慶珂は苦笑し、飛燕は感心したような顔をした。
そこから、少しだけ談笑して、その日は別れた。
次の日。
また、お昼ぐらいにお出かけする事にした。
丁香に聞くと、色は今日、夕方には戻ってくるらしい。それならば、お昼を過ぎても時間的には余裕がある。
飛燕は、色の屋敷に住んでいるわけではなく、通ってきてくれるらしい。申し訳ない。飛燕には、朝のうちに、出かける予定を伝えてもらってある。
予定通り、飛燕はお昼少し過ぎに来てくれた。
来てくれた時から、ちょっと歯切れの悪いというか、言い辛そうというか、そんな感じだった。
思わず、準備が終わりいざ色の屋敷を出よう、とする時に聞いてみた。(今日も、丁香に着付けられた。早く自分で着れるようになりたい)
「どうしたの、飛燕。調子悪い? 今日は、止める?」
心配しながら聞くと、飛燕はハッとしたような顔をした後、微妙な顔で、微笑んだ。
「僕は、大丈夫、なんだけど……。うーん、良いのかなあ」
最後の方は、完全に独り言のようだった。困っているような、独り言。
一体、どうしたというのだろう。そう思いながらも、飛燕が屋敷を出るように促してきたので、素直に、出る。もちろん、慶珂も一緒だ。
馬車で行くのなら、今日も歩いていきたいと申し出るつもりだったが、色の屋敷の門を出た所で、飛燕が止まった。
「……珠香さん。ちょっと、歩いてもいい?」
「え、ええ。もちろん。私も、今日は馬車を断ろうと思ってたところなの」
「そう、それは、良かった」
飛燕は、歯切れ悪くそう言うと、歩き出した。なんだろうと思いながらも、先ほどからの様子を見ていると、答えてくれるとは思えなくて、黙ってついていく。
昨日歩いた道とは、ちょっと違う道を行くようだ。大通りから、少し路地の方に入る。
慶珂が、思わず声をあげた。
「おい、飛燕。昨日と道が違わねーか? あっちに行かなくて良いのか」
慶珂の声に飛燕は立ち止まり、くるっと私達を振り返った。
「うん。……あのね、二人に紹介したい人がいるんだ」




