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「あっ、そういえば。ごめんなさい。貸していただいた服で料理したから、ちょっと汚れちゃいました。どこかで洗えますか?」
部屋に行く途中、ふと気になって丁香に聞いてみると、素っ気なく返された。
「ご心配いりません。お気になさらず」
なんだか、冷たい……。せっかくちょっと仲良くなれた……気もしないか。いつも通りだった。
それ以上は何もしゃべらず、目的の部屋に着いた。丁香は軽くおじぎをすると、スッと離れて行った。
「こちらになります。それでは失礼いたします」
色の部屋とも、私の部屋とも違う。どうやら、客間の一つのようだ。
中に入ると、私の部屋に感じた違和感と、同じ違和感を感じた。違うのは、食事の為に卓子が置いてあること。一枚の大きな板で作られた卓子の上に、先ほど作った料理が並べられていた。
「お嬢さん。お疲れ様」
入った瞬間、慶珂は立ち上がりで迎えてくれたが、ほかの二人、色と飛燕は無言で箸を動かし、咀嚼を続けていた。
「う、うん。慶珂も、食べてね」
私が二人の異様さに少し気後れしながら、慶珂にも促すと、私が空いている椅子に座ったのを見て、箸をつけた。本当に、律儀な性格だなあ。
二人は、なおも食べ続けている。まあ、食べ続けているという事は、少なくとも食べれないような物は作っていないという事。ならば、当初の目的は達成されたようなものと考えても良いだろう。
静かな食卓は、私が入ってきてもしばらく続いた。
私、実は味見で結構お腹膨れちゃったのよね。だからみんなの食べる所を見てたんだけど(人が食べる所見るの好きなの)、反応は悪くない、と思う。
そういえば、慶珂が食べる所って、なかなか貴重かも。一緒に食べてくれないし。ウチの、使用人の人に対する教育ってわりとしっかりしてる方だったのね、慶珂も、結構綺麗に食べてる。
二人は、貴族というのもあって、マナーがしっかりしてる。美味しそうに食べる、というより、不思議そう?
私が観察し終える頃には、大皿の中身は、綺麗に空になった。
ややあって。
「……ふー。ごちそうさん」
「ごちそうさまでした」
色と飛燕が、同時にため息と言葉を発した。それは、どこか満足気で。私もつい、いつも通り、
「はい、お粗末さまでした」
そう相槌を打った。
途端。
「いやあ! 凄いわ、お嬢さん。いや、珠香ちゃんって言ったっけ。自分、めっちゃできるやん。見直したわ」
「見直したって、失礼だよ、おじさん。でも、僕もここまで凄いとは思ってなかった。ありがとう、美味しかったです」
怒涛のように、褒められた。食事を作って、褒められた事は確かにあるけど、こんなに感激したように褒められると、さすがに、ちょっと、照れる。嬉しい。
「あ、あの、ここの料理人の人達に、手伝ってもらったんです。だから、あの人達も、褒めてあげて、ほしい、です」
私一人だと、つまづいていた事が沢山ある。他人の家の厨房だし、知らない調味料もあった。それでも、食べれるものが作れたのは、あの人達のおかげだ。だから、私だけでなく、あの料理人たちも称賛されるべきだと思っている。
二人は、驚いたような顔をしたあと、顔を見合わせた。
色が、少しの間の後、ふぅん、と微笑んだ。それは、いつもの、誰かに見せるような表情とは違って見えた。
「まあ、確かにうちの料理人達は、腕が良いのを集めたからなあ。それにしても、こんなん作れるとはなあ。後で褒めたろ」
「見た事ない料理だったけど、珠香さんが考えたの?」
色が呼んだメイドさん達が、次々と皿を下げていく。そんな時にわざわざ言うのだから、あとでちゃんと褒めてあげるんだろうな、と思えた。飛燕が言うように、根は悪い人じゃないのかもしれない。
とりあえず、飛燕の質問には、答えを濁す事にした。前世から知ってますキリッとかしたら、間違いなく頭おかしいって思われるもんね。
「まあ、そんな感じ。いろんな料理本とか見てたら、ふとね」
「へぇ~、勉強熱心なんだねえ。ねえ、まだ他にも珍しい料理があったりするの?」
「う~ん。何がここで珍しいのか、私にはわからないから、有るとも無いとも言えない、かな」
興味深々の飛燕には悪いが、私は家から出てない世間知らずなので、本当に何が珍しいのかわからないのだ。煮付けは、たまたま父に出したら珍しいと言われたから、わかっただけで。
「じゃあさ、これから何か一つで良いし、作ってくれん? ただの興味やけど、材料費や人手は出したるし。何が出てくるんか、知りたいわ」
色が、面白い事を思い付いた、みたな顔で言った。
「そんなの、悪いよ、おじさん。珠香さんが大変じゃん」
「だから、珠香ちゃんが作りたい時でええし。どお?」
とうしよう。そんなの、ちょっと、ワクワクしちゃう。
家でも、私が無理言って作らせてもらってただけだし、こんな、望まれ、期待されて、何かを人に出すなんて、はじめての事だ。どうしよう、嬉しい。私を無理やり攫った人でなし野郎だけど。まあ、この人個人がしたくてしたわけじゃなくて、国の命令っぽいし、そこは考えないでおこう。
慶珂を見る。
慶珂は澄ました顔で、食後のお茶を飲んでいた。否定も肯定もしていないという事は、好きにしろという事かな。
私はちょっと下を向いたあと、パッと二人を見た。
「やりたい、です。いろいろ、珍しい食材とか、見てて楽しいし、どんな風な味になるのか、私も楽しみ、だから。失敗するかもしれないし、迷惑じゃなければ、ぜひ」
「いいの?珠香さん」
私の言葉に、すかさず飛燕が、心配そうな声をかけてくれる。本当に、優しい子だ。でも、これは、私がやりたい、と思った数少ない事の一つ。やってみたい。自分の知識が、どこまでこの人達の反応を引き出せるのか、試してみたい。
色は、飛燕の言葉などおかまいなく、
「よっしゃ、じゃあ決まりやな」
そう、ちょっと愉しそうに笑って、言った。




