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飛燕は、私の希望通り、ちゃんと歩いて帰るルートを選択してくれたようだ。
騒々しい市場を、右に行き左に行き、抜けた時には、最初に入った入口に来ていた。
凄い。私だったら迷ってる。というか、たぶん入った瞬間にテンションが上がって、帰るとか道を覚えるとか、吹っ飛んでる。地元民はさすがだなあ。
「ここはわかる?」
「ええ。入口ね。凄いわね、飛燕。私、どこに行こうとしているか、全然わからなかった」
「僕は、何回も来てるからね。じゃあ、おじさんの家に戻ろうか。こっち」
私の感動の言葉をさらりと謙遜し、飛燕が歩き出した。私達もその後ろについて歩き出す。
ここに来るときは、馬車に乗ってきたから(その時はまだ余裕があった)、歩いて町を見るのも、新鮮だった。
石壁?と、木でできた家が多い。住んでいる人達は、みなこの日差しの下、日焼けした肌をあられもなく晒してる。主に男性だが、女性も服が薄い。
でも、確かに暑いから、それぐらいじゃないとやってられないのかもしれない。私も、丁香が着せてくれた服が、本当に涼しい素材だったので助かったが、環から持ってきた服を着ていたら、熱中症にやられていそうだ。
巍は、ここよりさらに暑いそうだ。行く機会が無くて、本当に良かった。
「そういえば、尹はあんまり治安が良くないって聞いたんだけど、尹都はそんな事無いんだな」
私と同じように、あたりを見回しながら歩いていた慶珂が、ふとそんな事を聞いた。前を歩く飛燕が振り返り、
「確かに、そういう所はあるよ。でも、どこでもそうでしょ? 綺麗にしておきたい所と、そこに入れなかった人達。そういうものじゃない?」
そう、素っ気なく言った。この子にはこの子なりの思想があり、しっかりとした、自分の軸があるみたい。それは、中央に居たという時期も関係しているのかな。
この年で、こんなにしっかりした考えを持っている子なんだ。茫洋とした顔や表情にごまかされそうになるけど、凄いなぁ。
「まあ、確かにな。そう言われれば、どこでもそうなんだろうな」
慶珂が、納得したようにそう相槌を打つと、飛燕はちょっとニヤッと笑って、
「それに、僕、それなりに強いから、安心して良いよ」
そう言った。
その言い方に、一瞬、冗談かと思ったけど、どこか自信ありげに見える表情に、多分本当なんだろうと思った。
仮にも、客人である私達の護衛として選ばれたのだから、それなりに腕は立つのだろう。……ここに、春陽が居なくてよかった。ぜったい、手合わせしてくれとか言い出すから。
慶珂は、マジかよー、と笑いながら聞くが、飛燕はニヤリとしたまま、はいともいいえとも言わなかった。
自分が強いとわかってる人間は、そうそう武をひけらかさないものだ。父の口癖だけど、本当にそうなのかもしれない。
そんなこんなしながらも、私達は色の邸宅に着いた。
道中は、案外楽しく、飛燕に何か礼をしたいと思った。思いつきだけど。
でも、私ができる事といったら、家事ぐらいしか……あ。
飛燕の下げている籠を見て、急に思い付いた。味を知らない食材だけど、私の食材チートがこの国でも効いているなら、そこそこのものが作れるはずだ。
「飛燕。この後、ちょっと時間ある? もしよかったら、今日のお礼に、何か食事でも作れればと思うのだけど」
飛燕は、私の申し出にビックリしたような顔をした。
今日二回目だね、その顔。
「珠香さんが? 貴族のお嬢さんは、料理なんてしないと思ってた……」
「私は、環でも変わってる方みたいなのよね。はじめて見る食材だし、口に合うかわからないけど、もしよかったら」
「お嬢さんは、すっげー料理上手なんだぜ」
慶珂が、久しぶりに純粋なフォローをいれてくれる。
飛燕は迷っているようだったが、とりあえずここの主人にお伺いを立てることにしたようだ。
確かに。私も、勝手に作るとか言っちゃったけど、許しがないとさすがにまずいよね。
そういうわけで、三人してぞろぞろ色の部屋に向かった。
色の部屋は、やっぱり私があの夜に見た部屋で合ってるらしい。
飛燕が戸を叩くと、中から、どうぞー、と色の声が聞こえた。居るのか。珍しい。
「おじさん。ちょっと相談があるんだけど」
飛燕はずかずかと中へ入って行く。
私は、ここまで来たのは良いものの、入って良いのかどうかもよくわからなくなって、とりあえず戸の前に立っていた。
「お、飛燕やん。どしたん?」
「あそこの、珠香さんがお礼に料理をごちそうしたいそうなんだけど、厨房借りても良い?」
「厨房を借りる? お嬢さん、料理人に調理させるんじゃないん?」
ビックリした。いきなり色が、奥の座っていた場所から、開いた戸の外に居た私に、話しかけてきた。
「こっちおいでや、二人とも。話が見えんのやけど」
色から声がかかったので、慶珂と顔を見合わせ、二人とも中に入った。
既に、中に居た飛燕の隣に、並んでみた。




