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ニヤニヤしながら飛燕の後ろについて、店の人から羹を受け取る。
ずしっとした陶器に入っているから、器は返すタイプかな。
飛燕は器を受け取ると、店の横から奥に入っていった。
いいのかなと思いながら続いて入ると、店の奥の方に食べるスペースがあった。屋根と風を通す窓が付いてる。卓子や椅子、立ち食いのスペースまである。こういうの、正月の露店とかで見た気がする。
凄い、はじめてこいう所入った。
キョロキョロしていると、飛燕はさっさと三人座れる場所を確保し、座った。続いて座る、私と慶珂。
周りにちらほら居るお客さんたちも、めいめいにおしゃべりしたり、熱い料理を冷ましながら食べていた。
「どうしたの? 暑かった? 外で食べる?」
店の中をキョロキョロしすぎたせいか、飛燕が気遣うように声をかけてくれた。急いで首を振り、否定する。
「ううん、違うの。こういう所はじめて来たから、なんだか楽しくなっちゃって」
「そうなの?」
飛燕は慶珂の方を振り向いた。慶珂はゆっくり頷いた。
「環に居る頃、お嬢さんは過保護に育てられてたんだ。それでなくても、貴族は庶民の生活する場に行くものじゃない、という考えが一般的だ」
「なるほどねえ。いかにも中央らしいね」
慶珂の言葉に納得したように頷き、飛燕は羹を食べだした。
私のも、少し冷めたかな。食べられるかな。おそるおそる口をつけると、まだちょっと熱かった。でも、美味しい。蟹の出汁が出て、薄味だけど、美味しい。蟹もちゃんと食べられる身がある。
また、甲殻類を食べられるなんて、幸せだなあ。
それからしばらくは、三人とも無言でそれを食べていた。蟹を食べる時って、無言になるよね。あんな感じだった。
少し後、私が、最後のスープを飲み干す。満足の溜息が漏れた。
「はぁ〜」
「美味かったなぁ」
慶珂も、満足そうにつぶやく。
「良かった。中央じゃ珍しいでしょう。珠香さんは、良く知ってたね」
飛燕の顔は、どこか自慢げだ。
「たまたまね、読んでた本に書いてあったのよ」
まさか、前世から知ってます、とは言えず適当にごまかしておいた。
「ふぅん。珠香さんって、珍しいね。本を読むんだね」
「ええ。少しだけね」
「中央でも、女性ってあんまり学を修めたりしないよね」
「そうね」
食後のまったりした雰囲気。飛燕が、それとなく私の事を、物珍しげに聞いてくる。ここでなら、聞けるだろうか。ずっと、彼に感じていた、違和感を。
「ねえ。飛燕は、中央に居た事があるの?」
そう。彼は、この国の人間にしては、訛りが無さすぎるのだ。
そういう喋り方、と言えばそうなんだろうけど、それでも。あまりにも、不自然な程、ナチュラルに中央の言葉を使っているのが、気になっていた。
でも、プライベートな事だったら、聞いたら悪いかな、と思って好奇心のままに聞くことはできなかった。今聞いてしまったけど。
「あるよ。幼少期からしばらく、中央にいたから」
私の杞憂なんてどこ吹く風で、本人はあっけらかんと言い放った。何とも思ってないように、素っ気なく。
そう、と聞いた私本人が、次の言葉を探してしまったくらいだ。
「へー、中央のどの辺に居たんだ? もしかして、環?」
「環じゃないけど……内緒」
慶珂も、友達に聞くようにあっさりと聞いたが、それははぐらかされてしまった。
「ふーん。ああ、でも、だから訛りが少ないんだな。中央の人間と話してるような気になる」
「そう? どっちも、使おうと思ったら使えるんよ。別に、どっちでもかわらんし」
急に出て来た飛燕の訛りに、違和感が凄くてビックリしてしまった。でも、変に気負ったり無理して使おうとしていないあたり、本当にどっちも使えるのだろう。そう、まるでバイリンガルのように。言い過ぎかな?
「へぇ、すげえな」
「別に……」
素っ気なく対応しているが、どことなく自慢げに見えるのが、ちょっと可愛い。年下の男の子、って感じで話してて気楽というのもあるんだろうか。かわいいなんて言ったら気を悪くするのがわかってるから、言わないけど。
「どうかした?」
「ううん。凄いなあって思って。あ、これ、ご馳走様でした」
「どういたしまして。次はどこに行く? 一応、このまままっすぐ行ったら、市場を抜けるし、もっと見て回りたいなら、寄り道するけど」
飛燕が、私達の空の器をさっさと回収し、慣れたように店の人に渡す。貴族っぽい所があったり、庶民っぽい所があったり、本当つかみどころのない子だ。
私は、飛燕の言葉に少し考えて、
「そうね。ちょっと疲れたから、そろそろ戻りたいわ。また、明日連れて行ってくれる?」
そう、提案した。
正直、日が暮れるまでここに居たいし、日が落ちた後も、見てみたい。きっと、提灯とか吊るされて、また違った雰囲気になるハズだ。
だけど、飛燕に荷物を持たせたままだし、この日差しだ、食材が悪くならないとも限らない。だから、早めに帰る事を提案してみた。
飛燕は、特に変に思った風もなく、頷いた。
「わかった。じゃあ、このまま市場を抜けて、馬車で帰ろうか」
「えっ、っと、この街をもう少し見て回りたいし、歩いて、帰れないかな?」
「疲れてるんでしょう?」
ダメ。
今は、馬車に乗るのは、絶対ダメ。
なぜなら、消化しきれていない、内容物が逆流するから。しかし、好意で言ってくれてるのに、断るのも、悪い気がする。うう、どうしよう。
「……最近、お嬢さんずっと家の中でお茶会してたからな。そろそろ体重が気になってるんだよ。察してやれ」
「……? ああ、なるほど。わかった。ちょっと歩くけど、頑張って」
慶珂の、結果的にはフォローだが、けなされてる感満載の言葉に、口の端をひくつかせながら、
「そ、そうなの。ごめんなさいね、我儘言って。宜しくね」
おほほほ、とごまかすように笑う。慶珂のドヤっという顔を見て、脇腹に一発たたき込みたかったが、飛燕が見ていたので足を踏むだけにしておいた。
本当、失礼ね! この若い身体は、体重を維持できるように作られているのよ! その辺に変化が出てくるのは、二十過ぎてからなのよ!
慶珂の足を踏んで痛がっている顔を見て留飲を下げた私を、飛燕がマジマジと見てくる。な、なんだろう。嘘がバレたのかな。
「な、なに?」
「珠香さんは、そのままで良いと思うよ。じゅうぶん、魅力的だよ」
そう、なんの気なしに、微笑みながら言ってきた。私、顔真っ赤になってない?!
……この子本当にもうなんなの? 本当に、タラシの一族というかそういう血が流れてる! 女性の欲しい言葉をさらっと言ってくるのが、もうむしろ小憎らしいぐらいある。だめだ、この子、尊い。そうとしか言い表せない。
「ありがとう……横の無神経男に良く言い聞かせてやって」
「んっ? 俺の事か?!」
泣き真似をしながらそう言うと、慶珂が声を上げた。その様子を見て、おかしそうに笑う飛燕。
私達は、そうして騒々しく、その店を後にした。




