40
想像していた尹都、とはだいぶかけ離れていた。良い意味で、予想を裏切られた。
色があんな言い方をするものだから、ちょっと寂れた、家と城しか無いような田舎を想像していたのだが、全く違った。
「へい、らっしゃい!」
「こっちの魚も安いよ! 揚げたてや!」
「これ、奥さんにおまけな! また買うてやー」
活気。
そう。この街を一言で言い表すなら、漁師町の活気。
確か尹は、綜と同じく、外海に国の大部分が面していて、豊富な魚介類が売りだそうだ。
尹の中心都市だけあって、国中の魚や産物が集まっている。どこの国でもそうだけど、その国の首都では、大きな市ができる。それが尹では、魚介類に特化しているようだ。
凄い。
純粋に、そう思った。
陽に焼けた肌色の人達が、薄い布をまとい、元気よく行きかっている。周りは声と音に溢れている。私にしてみれば、異国情緒あふれる街だった。
「どうしたの?」
飛燕が、不思議そうに私を見て、首を傾げた。
今、私達は、尹都の中心的な大市の入り口に来ていた。
飛燕には見慣れた風景だろうが、私にはすべてが物珍しく映る。環にも鮮魚を扱う店はあったが、こんな大規模な魚市場見た事無い。環は海に面してないから仕方ないんだけど。
道の両脇にある店々が、これでもかとカラフルな魚を並べ立てている。客寄せする女性、男性、子供、老人。そんなお店と通路が、見渡す限りいっぱいあった。まるで、縁日の屋台がどこまでも続いているかのような、ワクワク感。
「凄いわ! 飛燕、連れてきてくれてありがとう!」
「楽しい?」
「とっても!」
「なら、良かった」
どこか安堵するようにつぶやく飛燕に、興奮冷めやらぬまま、私は、好奇心のままに質問を投げかけていた。
「あれは、何ていう魚? 赤身? 白身?」
「白身。脂がのってて、美味しいよ」
「あれは?」
「あの貝は、美味しいけど高いんだ。だから、みんな祝い事のごちそうに使うよ」
「へえ! ねえ、あっちのは、出汁を取るのかしら?」
「だし? ううん、あれは、蒸してそのまま食べるよ」
「たぶん、あれで出汁を取ったら、美味しいわ。見てわかる」
「お嬢さん」
「あ! あの、羹良い匂い。具材は何かしら?」
「あれは、蟹だね」
「蟹がいるの!」
「お嬢さん」
「今度食べたいわ。美味しいのの見分け方とか、教えてくれるかしら。あと」
「お嬢さん!!」
いきなり、耳元で慶珂の大声が聞こえた。周りの雑踏の中でも十分聞こえるぐらい、大きく。
「な、なに? 慶珂」
慶珂はこれ見よがしに溜息を吐き、ビシッと飛燕を指さした。正しくは、飛燕の下げてる籠の中を、だ。
「お嬢さんが、心弾むのはわかる。だが! 飛燕は、お嬢さんが興味持ったもの全部買ってるんだぞっ。気づいてるか? どうすんだよ、この食材の山」
ハッとして籠の中を見ると、確かに、私が指さし、近寄り、飛燕に尋ねたものばかりが入っていた。い、いつの間に買ってたの??
「ひ、飛燕、これ」
「え? これ、気になったんでしょう?」
私が恐る恐る聞くと、何でも無い事のように言ってのけ、首を傾げる飛燕。
「そ、そうだけど。悪いわ」
「いいよ、気にしないで。おじさんからも、たんまり案内料貰ったし。次は何が気になる?」
き、貴族ー! 生粋の貴族ー!!
「飛燕、お嬢さんは気が赴くままに喋ってるだけだから、全部相手にしなくて良いんだぜ。買ったものはしょうがないけど、今度からはお嬢さんの確認を取ってから、買ってもらっても良いか?」
いつの間にか仲良くなっていた慶珂がそう言うと、飛燕は少し考えこんでいたようだが、小さく頷いた。その後に、不思議そうに小首を傾げた。
「不思議。買ってと言われた事はあるけど、買うなって言われたのは、はじめて」
「そりゃ、付き合った女が悪かったな」
「そんな事無いよ……あっと。そういえば、さっきの蟹の羹の所で、三つ頼んだんだった。どこかで食べようよ」
飛燕は自分の言った言葉を誤魔化すように、私達をさっきの良い匂いのする店の前まで誘導した。
どうしよう、ちょっとニヤニヤが止まらないんだけど。ほんやりした雰囲気だが、彼、結構モテるのだろうか? いったい、彼女は、どんな女の子なんだろう。興味が尽きない。




