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「紹介するな。こいつは、宋 飛燕。お嬢さんは、前に少し見たんやったっけ。君らとは年も近いし、腕も確かや。仲良うしたってな。まあ、護衛というよりは、案内人として使ってくれてかまへんし。なあ」
「うん。行きたい所があったら、言ってくれたら行くから。宜しく、です」
ペコリ、と頭を下げる飛燕は、何か独特の空気と可愛らしさがあった。
例えば、おばちゃんとかに可愛がられる、そんな雰囲気だ。顔も、男の子にしては可愛らしい顔をしている。常に眠そうな目を除けば。薄茶色で、おかっぱのようなボブのような髪もさらさらでにくらしい。でも、慶珂の方が、綺麗な黒い髪で素敵だと思う。
「瑞 珠香です。滞在中は、よろしくお願いします。こっちは、慶珂」
「よろしく」
私達も名乗り頭を下げると、飛燕と呼ばれた男の子はちょっとびっくりしたような顔をした後、またペコリと頭を下げた。
そして、少し首を傾げて、
「誰も、君の名前を、教えてくれなかった。可愛らしい名前だね」
そう、ちょっと微笑みながら言われた私の脳は、ショートしてしまったようだ。顔が真っ赤になってる気がする。
「あ、あ、ありがとう」
「お嬢さん、褒められ慣れてないんだ、すまないな。ちょっとしたら戻ってくるから」
横で、慶珂がそうフォローなのかけなしているのか、そんな事を苦笑しながら言っていた。
飛燕は、そうなの? と言ってまた首を傾げた。
な、名前を、褒められたのが、こんなに恥ずかしくて嬉しいなんて、知らなかった。みんな、容姿の事ばっかりだったから。
この名前は、この世界にきた時に、お母様が名付けてくれたと聞いた。私の、大事な物。それを褒められて、うれしくないわけがない。しかもこんな可愛らしく(当社比)
「ごめんなぁ。こいつも、うちの一族だからか、天然のタラシやねん。気ぃつけてな」
色が、面白そうに言う。飛燕は、ちょっと口をとがらせながら、否定していた。
ちょっと、脳が、動き始めた。
「宋さんは、色さんの親戚なんですか」
私の再起動がもう少しかかると踏んだ慶珂が、彼らに質問した。二人は顔を見合わせ、色だけちょっと笑った。
「そうやで。あんま似てないやろ、姉貴の子なんやけど」
「似てなくて、うれしい」
「それは酷いやろ、こないな色男捕まえて」
「それが、嫌だ。おじさん、悪評めっちゃ聞く」
「おじさんやのうて、お、に、い、さ、ん、やろ!」
「おじさんじゃん」
二人が仲良く喧嘩しているのを見て、思わずふふっと笑いがもれた。そういえば、思戯と燎も、こんな風に仲良さげに言い合いしてたなあ。その記憶が、最早懐かしくすらある。
「とにかく、このクソガキ、おっと、飛燕をつけるから、こいつがいる限り、尹都の中を好きに歩いてかまへんよ」
「ありがとうございます」
飛燕は、色に見えない所で、舌を出していた。案外、子供っぽい所があるみたい。色が振り返ると、舌を引っ込め何もしていません、という顔で立っていた。あんがい役者だな、この子。
「そしたら、また来るわ。今度は、帰る日を伝えられると思うし。まあ、暇つぶしにしかならんやろうけど、街でも散歩して待っててな」
「はい」
「そしたら。飛燕、頼んだで」
「うん」
色は、椅子から立ち上がると、もう一回ウインクをして、出て行った。私がその行動にビクッとすると、はぁーと横以外の場所から深い溜息が聞こえた。思わずそちらの方を見ると、よくわからない顔で飛燕が立っていた。
私が見ているのに気づくと、
「ごめんね、おじさんああいう人で。悪い人じゃないんだけど、気分悪くさせたんじゃない?」
そう言って、ちょっと眉を下げていた。
ちょっとだけ、驚いた。
こちらの普通の女性は、ああいう色男が好きで、ああいう事をされると嬉しいのだろう、と自分も思っていたから、こういう風に気を使ってもらえるとは思ってもなかった。
「いえ。驚いたけど、大丈夫です」
「そう、ならいいけど。……君は大丈夫みたいだけど、おじさんと付き合って幸せになった女性っていないから、気を付けてね」
どういう、意味だろう。怖い。それをまた無表情に言う飛燕も、怖い。
「それって、あいつが女タラシという事と関係があるのか?」
「そうだね。その延長線上、だね」
ふんっと軽蔑したように言う飛燕に、この子もまだまだ子供っぽい所があるんだなあ、とちょっとだけ思った。
やっぱりあの色という人は、モテる上に女性を不幸にするタイプの人間なんだ。そういう人種と関わり合いになった事ないから……いや、無いわけじゃない。前世。あの生活の中で、女だけではなく老若男女問わずモテるような人間に関わった事がある。思い、出したくない。ああいう人は、意図意識関係なく、こちらを傷つけてくる。しかも、傷つけてるのがわからない。……やっぱり、関わらないでおこうと、強く決意した。
「どうした、お嬢さん。顔色悪いぜ」
「本当。大丈夫? 今日の外出は、取りやめにする?」
私が少し物思いにふけってしまったせいで、若い男の子二人を心配させてしまったようだ。おっと、おばさんみたいな言葉になってしまったが、精神的にそっちに近くなるのは仕方ないと思う。
とりあえず、安心させるように微笑んで、
「大丈夫。ちょっと、考え事してただけ。外に出れるの、楽しみにしてたから、行きたいわ」
そう言うと、二人ともちょっと安心したようだった。
飛燕は、仕切り直すように私に向き直った。
「じゃあ、出かけようか……ああ。出かける準備があるよね。こっちの国の服を用意させるっておじさんが言ってたから、ちょっと聞いてくる」
そう、独りで言って独りで納得し、飛燕は出て行った。私に謙遜させる間も与えずに。我が道を行く子なんだろうか。色々凄い子だ。
おそるおそる慶珂を見る。
「ねえ、慶珂。私、そんなに寝間着みたいな恰好してる?」
「こっちの服の事情を知らないから、何とも言えないけど、まあ、余所行きじゃなさそうだな」
肩を竦めて、私を見返す慶珂。
うぅ……。今までずっと、寝間着でウロウロしてたのかと思うと、急に恥ずかしさでいっぱいになった。




