37
「そう、なんやあ。お嬢さん、博識なんやねえ。ちなみに、なんでここが尹やと思ったん?」
にこやかな表情に戻っているが、目元が冷たい。うう、怖いけど、頑張れ私。
「ま、まず、あなた達の、南方訛りです。環でも、たまに商人が来るので、知ってました。次に、南方と考えた時に、国としては、巍と戴と尹が思い浮かびます。小国もいくつかあった気がしますが、戴に行ける、戴からにげ、戻ってこれるという地理を考えた時、自然に、戴と同等ぐらいの尹が思い浮かびました。……これでは、弱いですか?」
もう一度、下からすくい上げるように、色を見る。すると、ちょっと驚いたような表情をして、固まっていた。今、即興で言った事もあるけど、一応、納得してもらえたのかな?
「いや……うん、まあ、そうやな。お嬢さんの言っとる事は、だいたい合っとるわ。正直、それだけでわかるとは思わんかったから、これからの待遇は俺だけじゃ決めきれん。ちょっと、上と協議して、また結果を伝える形でええかな」
「わかりました。待っています」
「素直なんは良い事やね。まあ、護衛をつれての外出、なら許可される可能性はあると思う。俺も言うてみるし。しかし、お嬢さんのが見て楽しいようなものもそんなに無いと思うから、あんまり期待せんといてな」
その言葉には曖昧に微笑んだ。
色はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「そしたら、また顔見に来るわ。結果はわかったら教えたるから、しばらくええ子にしといてな」
「わかりました」
私の返事に頷き、色は出て行ってしまった。
完全に戸が閉まったのを見て、自然と深い溜息が出た。
会話の間、全く喋らず存在感を消していた、慶珂の方を見る。慶珂は、苦笑していた。協力しない、という意思は固いらしい。
「しばらく、暇になるね。慶珂の方は、何かわかった事ある?」
慶珂は、自分の座っていた椅子を化粧台に戻しながら、私を振り返った。
「いいや、何にも。今朝だって、いきなり呼び出されて、お嬢さんの所に行くって、それだけしか聞かされてない」
「ふぅん。慶珂には、使用人の人、ついてる?」
「ああ、四六時中、部屋の外に居るみたいだ。正直、こういう待遇に慣れてないから、なんていうか、困るな」
「どうですか、使用人から客人になった気分は」
「んー、微妙。俺は、二姐お嬢さんの使用人している方が、気が楽だ」
私の、冗談めかした問いに、慶珂は苦笑しながら、こちらに戻ってきた。
その日は、午後いっぱい慶珂とどうでも良いようなおしゃべりで、過ぎていった。慶珂って案外おしゃべりなのよね。
楽しいから、ありがたい。
次にあの色男が訪れたのは、数日後だった。
いつも通り慶珂とおしゃべりしていたら、急に現れたから、ちょっとだけビックリした。
「やあ、邪魔するで。相変わらず仲ええなあ自分ら、付き合おうとるん?」
「まさかあ! 弟みたいなものです」
「はあ?! 俺が兄だろ」
「同い年でしょ!」
世間話風に話しかけられた色の言葉に、思わず光の速さで否定していた。
ちょっとだけ、プロポーズみたいな言葉をかけられた事を、意識してしまった。仕方ないでしょ! そんな言葉かけてもらった事ないんだから。喪女は自意識過剰になりやすいのよ!
慶珂を見ると苦笑していた。いつも通りすぎるほど、いつも通りだった。良かった。
色は一通り笑った後、私の方を見て、パチッと私にウインクした。それは、流れるように自然な動作で、ビクッと一瞬固まってしまった。
「良かったなあ、お嬢さん。上からのお達しで、こちらの護衛をつけてなら、この尹都の中を自由に見物して良いそうや」
「本当ですか、ありがとうございます」
許可されるかどうか、半々だったので、素直に嬉しかった。
色は、チラッと戸の外を確認して、また私に向き直った。
「一応、君らの護衛を連れてきたけど、どうする?」
「今日からもう、お出かけしても良いんですかっ」
「ええよ。上からは、君達に対して最大限に配慮するよう言われとるから、まあ、叶えられる範囲なら努力するし、言うてな」
「ありがとうございます。そこまで言っていただいて、感謝の念に堪えません」
人が良さそうに笑う色に、最大限、感謝の気持ちを伝える。その言葉に、ええよええよ、と謙遜するが、まんざらでもないような顔をしていた。
ここで、普通なら環に戻った後、また感謝の気持ちを送ったりするんだろうけど、今は、それは約束出来なかった。だって、それは尹に味方する事になる気がするから。
戴にも、尹にも、肩入れはできない。二つを止めようと思うなら、なおさら。
曖昧に、目を見ずに微笑んでみる。色は、そこを一応落としどころにしてくれたようだ。
「そしたら、君らの護衛を紹介するな。入ってええで」
色が外に声をかけると、失礼します、という茫洋とした声が聞こえたあと、静かに戸が開いた。そこには、
「あっ、この間の」
「こんにちは、環からきたお嬢さん」
はじめて此処に来た日の夜、出会ったあの男の子が、居た。
夜だから、少し呆としていたのかとも思っていたのだが、どうやら、明るい日の下で見ても同じようだ。彼の性格なのだろう。
音もなく私達に近寄り、色の横に立った。
少年と青年の間、もしかしたら慶珂と同い年ぐらいかもしれない。
彼は、私達の顔を見て、少しニコッとしてくれた。




