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「そう、なんやあ。お嬢さん、博識なんやねえ。ちなみに、なんでここが尹やと思ったん?」


 にこやかな表情に戻っているが、目元が冷たい。うう、怖いけど、頑張れ私。


「ま、まず、あなた達の、南方訛りです。環でも、たまに商人が来るので、知ってました。次に、南方と考えた時に、国としては、巍と戴と尹が思い浮かびます。小国もいくつかあった気がしますが、戴に行ける、戴からにげ、戻ってこれるという地理を考えた時、自然に、戴と同等ぐらいの尹が思い浮かびました。……これでは、弱いですか?」


 もう一度、下からすくい上げるように、色を見る。すると、ちょっと驚いたような表情をして、固まっていた。今、即興で言った事もあるけど、一応、納得してもらえたのかな?


「いや……うん、まあ、そうやな。お嬢さんの言っとる事は、だいたい合っとるわ。正直、それだけでわかるとは思わんかったから、これからの待遇は俺だけじゃ決めきれん。ちょっと、上と協議して、また結果を伝える形でええかな」

「わかりました。待っています」

「素直なんは良い事やね。まあ、護衛をつれての外出、なら許可される可能性はあると思う。俺も言うてみるし。しかし、お嬢さんのが見て楽しいようなものもそんなに無いと思うから、あんまり期待せんといてな」


 その言葉には曖昧に微笑んだ。

 色はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。


「そしたら、また顔見に来るわ。結果はわかったら教えたるから、しばらくええ子にしといてな」

「わかりました」


 私の返事に頷き、色は出て行ってしまった。


 完全に戸が閉まったのを見て、自然と深い溜息が出た。

 会話の間、全く喋らず存在感を消していた、慶珂の方を見る。慶珂は、苦笑していた。協力しない、という意思は固いらしい。


「しばらく、暇になるね。慶珂の方は、何かわかった事ある?」


 慶珂は、自分の座っていた椅子を化粧台に戻しながら、私を振り返った。


「いいや、何にも。今朝だって、いきなり呼び出されて、お嬢さんの所に行くって、それだけしか聞かされてない」

「ふぅん。慶珂には、使用人の人、ついてる?」

「ああ、四六時中、部屋の外に居るみたいだ。正直、こういう待遇に慣れてないから、なんていうか、困るな」

「どうですか、使用人から客人になった気分は」

「んー、微妙。俺は、二姐にしお嬢さんの使用人している方が、気が楽だ」


 私の、冗談めかした問いに、慶珂は苦笑しながら、こちらに戻ってきた。


 その日は、午後いっぱい慶珂とどうでも良いようなおしゃべりで、過ぎていった。慶珂って案外おしゃべりなのよね。

 楽しいから、ありがたい。








 次にあの色男が訪れたのは、数日後だった。

 いつも通り慶珂とおしゃべりしていたら、急に現れたから、ちょっとだけビックリした。


「やあ、邪魔するで。相変わらず仲ええなあ自分ら、付き合おうとるん?」

「まさかあ! 弟みたいなものです」

「はあ?! 俺が兄だろ」

「同い年でしょ!」


 世間話風に話しかけられた色の言葉に、思わず光の速さで否定していた。

 ちょっとだけ、プロポーズみたいな言葉をかけられた事を、意識してしまった。仕方ないでしょ! そんな言葉かけてもらった事ないんだから。喪女は自意識過剰になりやすいのよ!

 慶珂を見ると苦笑していた。いつも通りすぎるほど、いつも通りだった。良かった。

 色は一通り笑った後、私の方を見て、パチッと私にウインクした。それは、流れるように自然な動作で、ビクッと一瞬固まってしまった。


「良かったなあ、お嬢さん。上からのお達しで、こちらの護衛をつけてなら、この尹都いんとの中を自由に見物して良いそうや」

「本当ですか、ありがとうございます」


 許可されるかどうか、半々だったので、素直に嬉しかった。

 色は、チラッと戸の外を確認して、また私に向き直った。


「一応、君らの護衛を連れてきたけど、どうする?」

「今日からもう、お出かけしても良いんですかっ」

「ええよ。上からは、君達に対して最大限に配慮するよう言われとるから、まあ、叶えられる範囲なら努力するし、言うてな」

「ありがとうございます。そこまで言っていただいて、感謝の念に堪えません」


 人が良さそうに笑う色に、最大限、感謝の気持ちを伝える。その言葉に、ええよええよ、と謙遜するが、まんざらでもないような顔をしていた。

 ここで、普通なら環に戻った後、また感謝の気持ちを送ったりするんだろうけど、今は、それは約束出来なかった。だって、それは尹に味方する事になる気がするから。

 戴にも、尹にも、肩入れはできない。二つを止めようと思うなら、なおさら。

 曖昧に、目を見ずに微笑んでみる。色は、そこを一応落としどころにしてくれたようだ。


「そしたら、君らの護衛を紹介するな。入ってええで」


 色が外に声をかけると、失礼します、という茫洋とした声が聞こえたあと、静かに戸が開いた。そこには、


「あっ、この間の」

「こんにちは、環からきたお嬢さん」


 はじめて此処に来た日の夜、出会ったあの男の子が、居た。

 夜だから、少し呆としていたのかとも思っていたのだが、どうやら、明るい日の下で見ても同じようだ。彼の性格なのだろう。

 音もなく私達に近寄り、色の横に立った。

 少年と青年の間、もしかしたら慶珂と同い年ぐらいかもしれない。

 彼は、私達の顔を見て、少しニコッとしてくれた。

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