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夢を見た。
夢の中で、夢だと思った。
そこは、真っ白な空間だった。
そこには、誰も居なかった。いや、誰か居た。
でも、見えない。でも、気配は感じる。
不思議と、悪い感じはしなかった。
「あといっかい」
知ってるような少年の声が聞こえた気がした。いや、やっぱり知らなかも。
「わかってる」
それに応える少年の声も、知ってるようで、知らない人のようだった。
それだけだった。
気づいたら、朝だった。
あたりが、柔らかくまばゆい光にあふれている。
倒れ込んだ姿勢のまま寝ていたようで、身体がばっきばきだった。今までの疲れも出たのかもしれない。
もそりと上体を起こし、欠伸をする。ついでに両手を上に伸ばし、起きる準備をする。
さっきの夢、なんだったんだろう。
夢、という曖昧なものだから、悩む必要もないんだけど。なんだか、少しだけ気になった。でも、きっとすぐ忘れてしまうだろう。そんな些細な夢。
完全に身体を被褥から引き離し、地面に立つ。うん、若い身体だから、回復はしてる。大丈夫そう。
しばらく、椅子に座ってぼんやりしていると、戸が叩かれた。どうぞ、と返事をする。
戸を開けて入ってきたのは、
「おはようございます。朝餉を持ってまいりました」
丁香という、あの女性だった。手には、幅広の盆。その上には、戴で出たのと同じような、木の実や果物をちりばめた、粥。
私の前にある卓子に、手際良く準備していく丁香。
「それでは、お食事が終わりましたらお呼びください」
準備を終え、それだけ言うと、丁香はさっさと出て行ってしまった。
うん、職務に忠実で無駄口をたたかないメイドさん。ちょっと、寂しい。ここに、慶珂が居てくれたら良かったのになあ。
私は、匙を持ち、粥をすくい口に運んだ。うん、美味しい。身体に優しい味がする。でも、何か物足りない。
半分くらい食べ終わったときに、ようやく、あの人に頼んで慶珂を呼んでもらったら良かったのだと、思い至った。まだ、覚醒しきっていないようだ。もう、食べ終わるし、食べ終わったら呼んでもらおう。そう思うと、ちょっと元気になって、お粥を完食した。
食べ終わった器を盆にのせ、戸に向かう。あれ? これって両手がふさがって、戸が開けられなくない?
あの人は、どうやって開けてたっけ……片腕に盆を乗せて、片手で開けてた。うわ、それは無理。そんな、プロのウエイターさんみたいな事できない。足か? 足しか無いのか?!
一人で、戸の前で絶望していたが、とりあえず、外に向かって声をかけてみる事にした。
「あ、あの」
ちょっと頑張って声を出したら、すぐに戸がガラッと開かれた。
目の前に、人が立っているとは思ってなかっただろう向こうは、ビックリした顔をしていた。この女性も、こんな顔するんだ、と変に冷静に顔を見てしまった。
丁香はハッと我に返り、私の持っていた盆を受け取った。
「お食事が終わられた事、気付くのが遅れてしまい、申し訳ございませんでした。片付けは、私共に申し付けください。それと、後ほど、主人が参りますので、よろしくお願いいたします」
丁香はそれだけ言うと、また片腕に盆を乗せ戸を閉めようとした。ので、今度は急いで、
「あの、その時に、慶珂、私と一緒に来た男の子も、呼べますか」
そう、言えた。丁香は少し考えていたようだが、
「かしこまりました。主人に伝えておきます。それでは、失礼いたします」
そう答えて、スッと戸を閉めて出て行ってしまった。
また、暇になってしまった。
暇なので、頭の中で思考だけが、ぐるぐるめぐる。
環に帰るべきだったのかな、とか。尹からどうやって、舜に行くのか、とか。本当に、止められるのだろうか、とか。やるだけやろうと決意したはずなのになあ。
そんな風にダラダラ過ごしていると、ようやく戸がノックされた。
どうぞ、と声をかけると、ガラッと勢いよく戸が開いた。
勢いにちょっとびっくりしながら見ていたら、あの色という人と慶珂が、一緒に戸の向こうに立っていた。なんだか、よく二人一緒にやってくる気がする。
「やあ、環のお嬢さん。ご機嫌いかがかな」
「おはよう。よく眠れたか?」
それぞれ、思い思いに声をかけてくるので、とりあえず、頷いておいた。
男性二人は、私と同じ卓子についた。慶珂は椅子が足りなかったので、私の横に立っているようだった。
そんな事しなくていいのに。椅子、無いのかな。あの色男も、それに気づいたようで、化粧台にある椅子というかスツールみたいなものを持ってきてくれた。案外、気さくで良い人なのかも。
「それで、お嬢さん。環に帰る日取りなんやけどな、ちょっと手続きに手間取ってて。結構かかりそうなんや。ごめんな」
慶珂が座ったところで、さっさと本題をきりだす色。
申し訳なさそうな顔をしている所申し訳ないが、私にとっては好都合だ。
正直、舜か綜に行く事をこの人に言って、味方になってもらえるかどうか、未知数すぎる。環に帰らない、とハッキリ言うのも、まだ時期尚早の感がある。それなら、様子見というのも悪い選択肢ではないように思える。それに、ちょっとしたい事があるし。
「いえ、大丈夫です。……あの、私、環以外に、行った事なくて。良ければ、この国を、見物させて、欲しいな、とか」
また、視線を斜めにずらしながら、そう、お願いしてみる。
少しの沈黙。ちらりと表情を伺うと、否定の色が強かった。がんばって、もう一回口を開く。
「あのっ、ここって、尹ですよね」
そう言った次の瞬間、強く眉間に眉を寄せ、自分たちが入って来た戸、さらにその奥を睨みつけた。その、あまりの変わりようと、激しい感情に一瞬恐怖したが、
「ち、違います! あの人に聞いたわけじゃありません。あなた達との会話、状況、今までの知識と、色々考えた結果、尹が一番近いと思ったんです。でも、あなたのその反応で、確信にかわりました」
そう、言い切った。
私の視線はキョロキョロ動いていたと思うけど、頑張った! コレが限界。
少しでも、彼女への疑惑は少しは晴れただろうか。後で、ひどい扱いを受けないだろうか。
下の方から、びくびくしながら色を見ると、不機嫌そうに眉を寄せていたが、私に見られているとわかた瞬間、眉間の皺を解いた。怖っ、何この人。表情の魔術師?




