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 夜。


 慶珂と話した後、安心したのか、私はいつの間にか眠っていた。

 辺りが薄暗い。真夜中ではないけど、晩には違いない。

 ちゃんと、ベッドの上で眠っていたのだけれど、全く記憶にない。慶珂が移動させてくれたのだろうか。

 上体を起こし、慶珂を探すが、見当たらない。

 そういえば、凄く幼い時から、私達が寝る時に同じ部屋に慶珂が居た事、無いな。使用人としての分をわきまえるとは常々、家宰けいかのちちや慶珂が言ってる事だけど、こんな所まで貫くとは。凄い子だ。

 欠伸が出る。

 でも、眠気は覚めてきた。


 どうしよう?


 お腹は、減ってる感じはしないというか、食欲が無い。食事以外だと、夜になってしまったので、やる事が無い。

 情報収集は、明日しよう。

 また寝ても良いのかな。眠たくないんだけど。

 とりあえず、お手洗いに行っておこう。


 ベッドを完全に抜け出し、立ち上がる。ちょっとフラッとしたけど、すぐ治まったから問題無さそう。

 しかし、お手洗いはどこだろう?

 とりあえず入口の戸まで行き、引き戸を引く。

 簡単に開いた。

 一瞬、鍵が掛かってるかも、と思ったけど、そんな事なかった。一応、国に着いたし人間扱いしてくれるみたい。

 部屋の外に出ると、長い廊下があった。左右に伸びてる。お手洗いは、だいたい外に建っているけど、外、どうやって出るんだろう?


 誰か居ないかな。

 戸から顔だけ出して、左右を見る。夜という事もあり、誰もいない。

 外に、使用人の人が居るのではなかったのか。と、ちょっと拗ねながら耳を澄ませると、少し離れた所から声が聞こえてきた。良かった、お手洗いの場所を聞こう。あと、慶珂がちゃんと扱われてるか、確認したい。

 右手の廊下の先から、光が漏れている。あそこから声がしているみたい。

 靴を履きなおし、そっと戸の外に一歩踏み出す。

 ぼんやりとした夜の薄暗さに、少しは目が慣れてきたと思っていたけど、異国の地で、敵か味方かも良くわからない人の家というのもあり、少し、怖い。

 本当に、慶珂はどこ行っちゃったんだろう。いや、でも、この年でお手洗いについてきてとは、異性の少年には言いにくい。一人で頑張るしかない試練が、こんな早く訪れるなんて……うぅ。

 ちょっとドキドキしながら、灯りの方へ向かう。

 

 灯りに近づくにつれて、話し声がだんだん聞こえてくる。だが、それは断片的にしか聞き取れない。大事な話の最中とかだったら、邪魔するのは悪いよね。でも、私もお手洗いには行っておきたい。どうしよう。重要そうかどうかだけ、ちょっと聴いてみようか。

 コソコソと足音を立てないようにし、その部屋に近づく。戸は閉められているが、近づけば少しは聞き取れそう。

 暗闇に多少慣れた目で、廊下をキョロキョロ見回し、誰もいない事を確認して、戸に耳を当てた。


「……から、や…た……って」

「い……だよ。あの、かんの……えせば」

「でも……」


 一人は、あの色とかいう男性みたいだ。もう一人も、男女は不明だが声は若いというか高い。何やら、少し揉めているようだ。もっと良く聞こうと、意識を部屋の中の会話に集中させたその時、


 ポン


 と、肩を叩かれた。


「き…っ!」


 思わず悲鳴を上げそうになった口を、何か柔らかいものがサッと塞いだ。あの時の事が脳裏によぎり、思いっきり後ろを振り向いた。そこには、


「しー」


 静かに、というジェスチャーをしている、あの、お茶を持ってきてくれた使用人の女性がいた。

 とりあえず、静かにしろというなら、静かにしている。という明確な意思を持って見返すと、女性は部屋の中の方を気にしているようだった。また、不発に終わった私の目力。

 中から、特にリアクションが無いのを見計らい、女性は私の口に当てた手を外した。なるほど、やっぱり女性の手は柔らかいんだな、とかどうでも良い事を考えていると、女性が私に向かい深くお辞儀をした。

 そして、無言で、こちらに行きましょう、と手で合図された。特に反対する必要もないし、むしろこの人が見つかったのは願ったり叶ったりだったので、大人しくついて行く事にした。

 話しかけて良いのだろうか。ちょっと躊躇しながらも、声をかけてみる。


「あの」

「はい」


 女性が返事をした所で、唐突に、ガラッと戸が開いた。あの、明かりが灯っていた部屋だ。

 ビックリして思わず振り返ると、ちょうど出て行こうとしてる人物と目が合った。辺りは暗闇だったので、目が合ったと思ったのは、私だけかもしれない。

 向こうも、人が居るとは思っていなかったようで、ちょっと固まっていた。その人が動かないのを不審に思ったのか、後ろからさらに誰か出て来た。たぶん、あの色とかいう人だと思う。


「どうした? 飛燕ひえん

「ん、なんでもない。ちょっと、ぼんやり考え事してただけ」


 なんというか、茫洋ぼうよう、としか表現できないしゃべり方をする、男の子。声の高さと喋り方で、そんな風に思った。


「またか、しっかりしてや。あれ? そこに居るんは、丁香ていこうと……環のお嬢さん? どうしたん、こんな夜中に」


 色は呆れた風に、飛燕と呼ばれた男の子に話しかけていたが、ふと、こちらに気づいたようだ。またもやビクッとしたが、女性は落ち着き払った声で、


「お客様が、手洗所トイレの場所を知りたいそうなので、案内しております」


 そう言った。

 エスパーかしら、私の望みをわかってくれるなんて。とにかく、助かった。


「そうか。足元は暗いから、気ぃ付けて行きや。そうや、明かりを持っていき」

「かしこまりました」


 色はそういうと、部屋に戻り、すぐ出て来た。手には、燭台。

 それもそうか。明かりが無いと、暗いものね。女性は色からその燭台を受け取ると、ゆっくりお辞儀をし、私の前に立った。


「行きましょう」

「ええ、お願いします」


 女性が歩き出したので、その後ろについて歩く。ふと話し声が聞こえて振り返ると、色がまたあの飛燕という男の子に、何か言っている風だった。が、何も聞こえず、彼女が廊下の角を曲がったので、慌ててついていった。

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