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「まず、ここはどこの国なのかな」
お茶を一口飲んで、考えながら喋りだす。
「さあ? あいつらも教えてくれないしなぁ。ただ、南国訛りがあるな」
「私もそう思う。南の方の国、というので思いつくのは、巍、戴、そして尹。他にも確か小国があったけど、とりあえずその三国が有名なのよね」
「そうなのか。ただ、巍じゃないと思うぜ。巍の人の訛りはきつくて、何を言ってるかわけわからんからな」
「やっぱり、そうだよね。中央の言葉を使おうと思えば使えるという事は、中央寄りの戴か、綜寄りの尹だと思う。戴の人たちはそんなに訛りがきつくなかった。だからここは、尹、である可能性が高いと思う」
慶珂は、私の考えを、否定も肯定もせず聞いていてくれる。
「尹であるとするなら、何故、戴にいた私を攫う必要があったんだろう」
「さあ? しかし、そもそもなんで、お嬢さんが戴に居たのを知ってたんだろうな?」
慶珂の疑問に、私は頷いた。これには一つ、思っていた事があったから。
「私、思戯と攫われたじゃない? それで慶珂達が助けにきてくれたよね。その時に私達を攫った男達が、あの色って人と、同じような訛りだったのよ」
「え?!」
慶珂が驚いたような声をあげる。ビックリして、口に指を当て静かにというジェスチャーをした。慶珂はハッとして、内緒話をするように、コソコソ話しかけてきた。
「ってことは、尹が、あの時お嬢さんを攫ったって事か?」
私も、つられてコソコソ話す。
「あの人達、しきりに環から来た貴族の娘、を探してたの。私って気付かなかったけど。やり方が荒っぽかったから黙ってたんだけど、思戯は、何か知ってる風だった。今回も、強引に私を攫った。彼らが言うように親切にする為だなんて、とても信じられない。私の意見を、これっぽちも尊重するそぶりがない。死ななければいいぐらいの扱いだった。慶珂も、そんな感じじゃなかった?」
「俺は、まあ、おまけみたいなものだから。そんなものかと思ってたが、お嬢さんの扱いは荒っぽかったな。聞いててひやひやしたぜ」
苦笑する慶珂。慶珂は、口布すら外してもらえなかった。あいつらのこちらに対する扱いは、まるで捕虜のようだ。
「戴にしろ、この国にしろ、私を道具としてしか見てないよね? 環の貴族の娘。つまり、私に何かあったら環が動くと思ってる、という事よね」
「環が動いたら、綜も何かしらは動くだろうしな」
私の言葉に、慶珂がお茶をすすり、頷く。その言葉にビシッと慶珂を指さすと、慶珂はビクッとした。
「そこなのよ! 恐らく、最終的には環じゃなくて、綜が動くという事を、二国とも考えているのよ。でも、なんでこの二国が、綜の動きを気にしているかがわからないの」
こちらへの牽制。あの色という人は、そう言った。戴が行う、尹への牽制。つまり、尹にこちらには手を出すな、と言ってるという事。なんで?
そこで私が悩んでいると、慶珂も何かを思い出そうとしているようだった。首をひねっていたが、ふと、思い出したようにこちらを見た。
「お嬢さん。黄さんが言ってたんだけど、戴と尹が、戦争になるかもしれないって。なぜか聞いたら、虞っていう国を戴が攻めたから、尹が怒ったって。だから、そうなる前に、お嬢さんを環に帰さないといけないって、言ってたぜ」
「それ本当?! 完全に巻き込まれただけじゃない、私。でも、環なんて戴より弱いのに。私が巻き込まれても、環がその戦争に加担するかわからないのにね?」
「さあなぁ。お貴族様が考えてることは、俺にはわからん」
「私もわからないわよ」
二人して、首をひねるが、開戦を先延ばしにしようとしている事しかわからなかった。
「考えても、確信には至らないね」
「ああ。でも、そもそも、戴と尹が戦争しようが、お嬢さんはもう環に帰れるんだから、関係ないんじゃないのか? お嬢さんが帰れば、環は、まあ同盟があるとはいえ無視できる範囲だと思うけど」
「でも、そうしたら、戴と尹は戦争を始めるでしょう?」
「そうだろうな」
「……」
それは嫌だ、と思った。
なんで、嫌なのかな。
確かに、戦争になれば関係有る人無い人、たくさん死んでしまうだろう。私がその開戦の一端にいるようだし、色々夢見が悪そうだ。
でも、それより、何故かわからないけど、
「思戯は、前線に行くよね」
「ん? ああ、あの戴の若将軍か。そりゃあ、行くんじゃないのか?」
「そう、だよね」
思戯の顔が、浮かんだ。
正直、最初は嫌いだった。初対面から印象は悪かったし。
でも、偶然にも話す機会があって、相手の事も私の事も話して、なんだかちょっとわかった気がした、人。その人が死ぬのも、傷つくのも、嫌だった。
死なないで、って言ったのは、本当の気持ちだ。
私は、あの人に、死んで欲しくない。その想いだけは、何故か胸にストンと素直に落ちた。
「……私、私が環に帰る事で開戦するなら、私、帰らない。その戦争を、止めたいっ」
「はあ?! 何言ってんだよ、お嬢さん! さっきも言ったが、お嬢さんには関係ないだろ。あの男は死ぬかもしれないが、強そうだったし死なないかもしれない。そんな奴のために家に帰らないなんて、おかしいだろ!」
「おかしくない!……たぶん」
売り言葉に買い言葉で否定したが、最後の方は尻つぼみになってしまった。
慶珂は呆れたように、私を見ている。が、ハッとしたような顔をして、恐る恐るという風に口を開いた。
「お嬢さんまさか、あの男に……恩義を感じてるのか? もとはと言えば、あの男のせいなんだ。恩なんて感じる必要ないと思うぜ」
慶珂が喋りだしたとき、ドキィ! としたが、恩とは何か違う気がした。
慶珂が言うように、結果的に一度は命を助けてもらったようなものだし、確かに恩は感じているかもしれない。
でも、それだけじゃない。それだけで、死んでほしくない、死んでしまうかもしれない事をやめさせたい、なんて思うだろうか、私が。……自分の、胸の奥底にある感情を、怖くて確かめられない。
「と、とにかく。何とかできないかな。一応、私は価値があると思われているんでしょう?」
慶珂は、呆れて物が言えない、という風な顔をしていた。うう、現在唯一で、絶対的な味方だと思っていた慶珂にそんな対応をされるのは、きつい。でも、止めたい気持ちは、それを上回る。
「慶珂が協力してくれなくても、私一人でも、何か出来ないか探してみる。きっと、何か出来る事がある、はず」
決意を声にして出してみる。うん、頑張る。慶珂が呆れて一人で帰っちゃっても、本当にそんな事になったら泣いちゃうと思うけど、頑張る。
慶珂は、大きな溜息を吐いて、がしがしがしと頭をかいた。短いポニーテールみたいにしている髪が、乱れる。何かを葛藤している風だったけど、私が懇願するように見つめ続けていたのに根負けしたのか、がっくりうなだれた。
「わかった、降参だ。参った。お嬢さんには驚かされるよ、本当に。俺が、お嬢さんを置いて帰るわけ無いだろ」
「慶珂!」
「ただ! 俺が帰らないのは、お嬢さんの身の安全を守る為だ。止めたいわけじゃない。正直、さっさと諦めて帰るって言ってくれないかなって思ってる。だから、協力はしない」
ビシッと厳しめに慶珂に言われた。環に居た時は、聞いた事がない口調だ。
正直、慶珂の手助けを得られないのは残念だが、残ってくれる事、こいう風に正直に言ってくれるのが、嬉しい。
「な、何笑ってるんだよ」
「ううん、なんでもない」
不思議そうな顔をするが、問いただすような事はしない、聡い慶珂。本当に、側に居てくれたのが、慶珂で良かった。
「ありがと、慶珂」
本心を口にした所、そっぽを向かれた。
「よせよ、俺は俺のやりたいようにしてるだけだ。別に…」
口調は素っ気なく言ってるけど、耳が赤い。照れてる照れてる。
ついつい笑ってしまう。
慶珂は、口をとがらせて、そっぽを向いたまま。
こんな、他所の土地で、不安も強いけど、何かしてみよう。
そう、思えた。




