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「は?」
「やから、君を環に帰してあげるって言ってるんやけど」
頭の中に、はてなマークが三つぐらい一気に出て来た。
今、私の目の前には、例の若い男の声をした、色男が座っている。
一方の私も、風呂に入り服を着替えさっぱりした気分で、広い部屋の中の意匠を凝らした椅子に座っている。
で、私達は今向かい合って座っているのだが、目の前のイケメンがどうのこうの言ってる場合じゃない状況だった。
「あの、とりあえず、お風呂と服、ありがとうございます」
「ええよ、気にせんで」
目の前で、ニコニコしているイケメンというか、色気があるたれ目の、30ぐらいの男性。思ったより若く無いけど、その分色気がある。
この人が、私達を攫った張本人、で間違いないらしい。達というのは、全っ然わからなかったんだけど、慶珂も一緒に攫われていたらしい。私にとって、唯一、幸運があったとすれば、慶珂も一緒にここに居るという事だろう。
だけど、慶珂の方は、ずっと口布をされていて、声を出せなかったようだ。私は喋っていたので、慶珂の方は私の存在を知っていたみたい。ここに着いて初めて聞いた。目が見えないって、本当不便。
話がそれたけど、あの後、本当に最悪の気分のまま、なんと一日かけて、あそこからこの国へ入ったらしい。あの時の事は、思い出したくない。
ここがどこかは教えてくれなかったけど、とりあえずこの人の家に連れてこられた。監禁でもされるのかと思っていたら、目隠しと拘束を解かれ、風呂に入れられて、用意されていた服を着せられた。
ちょっと気分がマシになった所に、さっきの言葉を言われたのだ。意味がわかるという人がいたら、教えて欲しい。マジでここどこよ。あと、女性の使用人二人がかりで風呂で洗われた事は、マジで許さん。使用人の人は悪くないので、指示したこいつを許さん。
で、今目の前に、私を誘拐した張本人がいるのだが、親切にしてもらった上に、環に帰してくれるという。
普通なら、まあ、とりあえあずお願いする所だろう。だが、私は今、あの戴の使者のせいでちょっと人間不信になっている。攫い方も、強引すぎるし。
「それで、環に帰してくれるという事ですが」
「うん。すぐに手続きするから」
「何故ですか?」
「何故って……ああ。君はほんとに何も知らされとらんかったんやね。可哀想に」
目の前の色男が眉を下げ、こちらを憐憫の顔で見てくる。うう、イケメンは見慣れたと思っていたけど、変に色気がある人ってまた違って苦手だ。
「あの、理由とか、教えて、もらったり……?」
苦手、と思った次の瞬間に、コミュ障が再発するのは、仕方がないことだと思うの。目を逸らし、言葉尻がしぼむ。向こうがどう思ったかわからないけど、少しの間、沈黙が流れた。
「別に構わんけど、知ってどうするん? 知らんまま環に帰った方が良いと思うけど」
その声は、どこか冷ややかだった。
表情を見てないから、どんな顔をして言ってるかわからないけど、これは多分、女、しかも子供に言ってもわからないだろう、という軽視からの言葉じゃないだろうか。
そういう態度をとるなら、こっちにも考えがある。精神年齢26歳(享年)なめんな。
「……現在の状況を知らないと、判断を間違える可能性があります。もう私個人の問題では無いんでしょう? 戴と、この国が動いている。いくら私でも、何か起こっている事はわかります。教えていただけるというのなら、是非教えてください」
ここまで、一気に言い切った。やるときはやるんだ、私だって! 顔を見なければ!
また、少しの沈黙。この人いちいち、ちょっと間を空けるけど、そう人なのかな、そういう作戦なのかな。
「君は、俺達が思ってるより、よっぽどしっかりしたお嬢さんのようだ。いいよ、教えてあげよう」
男性は、その長い指を組み、いわゆるゲンドウポーズをした。伝われ、この、なに恰好つけてるんだろう、感。
「君は、戴に利用されていたんだ。君が戴に居る、というだけで、こちらへの牽制になるから、ずいぶん強引に引き留められていたんじゃないかい?」
男が、声にまで色気を乗せてきたんだけど。甘やかすような、こちらを心配しているような、声音。うう、慣れてない、怖い。
「私が、ですか。つまり、環の貴族の娘が、という事ですか?」
「良くわかってるね。誰かにそう言われた?」
「はあ、まあ」
「そう。じゃあ、話は早いね。環の貴族である君を、環に帰す。戴が不当に君を拘束していたのだから、これは正しいことだ。あいつらは、環の怒りを買っても仕方ない事をしでかしたんだ」
この人の声音は、とても耳に心地が良い。私の為を想って言っています、という風に喋る。しかも、この顔と色気だ。
何も思う事がなければ、その親切に飛びついただろう。この人の事を、良い人だとすら思ったかもしれない。
でも、今は、そんな気分になれない。
だってこの人、説明しはじめて明らかに口調が変わった。さっきまで、少し特徴的な訛り、この国特有の訛りだと思うけど、それを気にする事なく話していたのに、今は、いわゆる標準語、中央の言葉でしゃべっている。
そう思うと、何か意図があって、こんな喋り方をしているんじゃないかと疑ってしまう。
裏がある。私にはそう思えて仕方ない。
「では、何故、あそこであんな強引な方法で、私を攫ったのですか」
「ああ。それは本当に悪い事をしたね。君を、また戴に連れていかれるわけにはいかないと思ってね。多少強引だけど、引き離させてもらったんだ」
その言葉には、心配そうな声音が使われていた。だけど、私は覚えている。攫われ、目隠しをされ、拘束された時の事を。
拘束を解かず、この国に強引に連れてくる必要があった、もしくは戴を離れる必要があった。それは、戴が、この国への牽制として私を使っていたから。
では、この国とはどこだろう? 私の頭は一生懸命回転しようとしているのだが、なかなか難しい。
「……ここは、どこですか?」
「俺の家だよ」
「そうではなくて。ここは、どこの国ですか?」
「それは教えてあげられないな」
ちらりと男を見る。
色男は、自分が女性にどういう顔をすれば、どう受け取ってくれるのかわかっているようだ。申し訳なさそうな顔、をしていた。
そういう顔をするなら、教えてくれたらいいのに。でも、正直、あたりはついた。
「そうですか。では慶珂に、一緒にいた男の子に会わせてくれますか?」
「ああ、ええよ。ちょっと待っててくれる? この部屋に連れてくるわ。あと、この部屋は君の自由に使ってええよ。環に帰るまで、少しの間だけど、くつろいでな」
そう言うと、男性は人の好さそうな笑顔を向けて、出て行った。
あっさり、会わせてくれるのと、口調の戻りを見るに、彼が隠さないといけない事は終わったみたい。
急に、暇になった。




