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番外編 一方その頃、瑞の人々は 中編

 伯景が働く、史官しかんという部署に向かって歩いている途中、伊芝が思い出したように、口を開いた。

 

「そういえば、師匠も確か、今日は事務作業があるとかで、史官に居るって言ってたな。春陽の場所がわかるかもしれんな」


 伊芝が、良い事を思いついたとばかりに言う言葉を聞き、悠陽はあきれた顔で見上げた。


「先生をそんな便利な占いみたいに……」

「良いんだよ。ほら行くぞ」


 そう言うと、伊芝はさっさと先頭を歩き出した。悠陽は眉を寄せたが、何も言わずついて行った。





 史官、という国の歴史を書き残す部署は、その性質上、書物が部屋を覆いつくしている。みな、一心に調べものをしたり、何かを書き写している為、静かな部署だ。

 そんな、静かな図書館のような場所で誰かに声をかけるというのは、気を使うものだ。だというのに、


「師匠、居られますか! あと伯景も」


 スパーン! といっそ気持ち良いぐらいに勢い良く引き戸を開け、大声で目的の人物を呼ばう、伊芝。驚いたのは、中に居た人だけではない。悠陽も心底驚いた。


「な、何してるんですかっ」


 ビックリして、思わず問いかけた。伊芝は悪びれもせず、キョロキョロと二人を探していた。

 部署内のほとんど全ての人が、驚いたように二人を見ている。中には、批難がましい目を向ける者もいたが、伊芝は何ら動じていなかった。

 伊芝の呼びかけのおかげか、すぐに部屋の端の方と、うず高く積まれた書籍の奥から、人がこちらに近づいてきた。

 一人は、眉を寄せものすごく不機嫌そうな顔をした、伯景。

 一人は、困ったように笑いながら、こちらに足音もなく近づいてくる、風伯だった。


「全く。用があるなら、もうちょっと静かに訪ねてきなさい、伊芝」

「だって師匠、これぐらい声上げないと、気付かないじゃないですか。伯景にも用事があったから、丁度いいかと思って」


 苦笑し、風伯は溜息を吐いた。そして、仕事の邪魔にならないよう、その部屋から離れるように歩き出した。その後ろを、三人はゾロゾロついて歩きだした。伯景の不機嫌そうな顔を、あえて悠陽は見ないようにした。


 少し歩くと、外の庭に面して建てられた回廊に出た。そこで、風伯は歩みを止め、後ろを振り返る。振り返られた瑞の兄弟はビクッと身体をすくませた。反射だった。


「さて。伊芝、何か重大な用事があって、あのような呼び出し方をしたのでしょうね?」


 しごく穏やかに、丁寧に話しかけているが、その言葉の端々から少しの怒りが漏れ出ていて、瑞の兄弟はヒヤッとした。が、伊芝はどこ吹く風で平然と答えた。


「重大かどうかは、これからわかります。伯景、お前春陽の居場所を知らないか?」


 いきなり話かけられた伯景は、意味がわからず固まってしまった。ぎこちなく、悠陽を見る。悠陽は慌てて、


「今日、春陽が右軍に行ってないんです。それで見つからなくて、兄上と玉に聞いてこいと父上が」


 そう、多少わかりやすく補足した。その言葉を聞いて、伯景も不機嫌な顔のまま、首を傾げた。


「そうか。残念だが、俺も知らない。で、それが重大な事なのですか、伊芝殿」


 伯景も、伊芝の事は知っている。そんなに交流は無かったのだが、こんな乱暴な呼び出され方をしたので、評価はあまり良くない方に傾いた。

 伯景の言葉を聞き、伊芝は何か確信めいた表情で、風伯を振り向いた。


「師匠。以上の事を踏まえたうえで、春陽の居場所が、わかりませんか?」


 風伯はその細い目を少し開けて伊芝を見ていたが、やがて溜息を吐いて首を振った。


「やれやれ、あなたという子は。いつまで経っても、私を利用して楽をしようとして」

「いやいや、そんな事はありませんよ。で、どうです師匠。春陽は、今、環に居ますか?」


 伊芝の問いかけに、瑞の兄弟が驚いたようにお互いの顔を見合わせた。

 風伯は呆れたように伊芝を見ながらも、ゆっくり口を開いた。


「そうですね。確かに春陽は、今、ここには居ないようです」

「どういう事ですか、先生」

「春陽、城に居ないって事ですか? じゃあ、僕家を見てきま……」

「無駄だぞ、悠陽。俺の考えが正しければ、これは面白い事態になっているぞ」


 衝撃的な風伯の言葉に、悠陽が思わずその場を駆けだそうとするのを、伊芝が楽しそうに口の端を歪めながら止めた。


「伊芝。もったいぶらずに、あなたの考えを教えてあげなさい」


 わけがわからない顔で途方にくれている瑞の兄弟を見かねて、風伯が口を出した。愉快そうな表情のまま、伊芝は二人を見た。


「お前たちの妹というのを、よっぽど春陽は心配しているようだな。おそらくだが、春陽は、妹の後を追って行ったんだろう」

「は?」

「はあああああ?!」


 伊芝の言葉に、一人は思考停止し、一人は盛大に声を上げた。それをさらに愉しそうに見ている、伊芝。


「ちょっと待ってください。戴に行ったという事ですか?」

「ああ、そうなるな」

「春陽一人で行けるわけないじゃないですか!」

「俺もそう思う」

「第一、関所だって越えられない筈ですよね。手形なんて、数日でできるものじゃないのに」

「俺もそれは不思議なんだが、仮説ならあるぞ。あいつ、環公と仲良いよな」

「そりゃあ……え?」


 瑞の兄弟は、またしてもお互い顔を見合わせて、いま自分が思っている事を、相手も思っているのか確認しあった。答えは、同じだった。


「環公を説得したか何かして、堂々と出て行ったと……?」

「そうとしか考えられんな」

「嘘でしょ?! 先生、先生も何とか言ってくださいよ。そんな事無いですよねっ」


 愉しそうな伊芝では埒が明かないと、悠陽は先ほどから事態を静観している風伯に一縷の望みを託して、話しかけた。だが、風伯は首を横に振った。


「残念ですが、悠陽。春陽は今、遠く離れた所に居るようですよ」

「っ!」


 悠陽はあふれ出そうになる、春陽に向けた罵声を何とか飲み込み、落ち着こうと努力した。が、怒りが勝って、それをなんとか抑え込むのに必死なようだった。

 それを、少し憐れむような目で見ていた伯景だが、風伯の方に振り向いた。


「師匠。春陽が、珠香の後を追って行ったのは、良かったのでしょうか。春陽まで何かに巻き込まれたら、きっと珠香も心配します」


 妹たちを心配する長兄に、風伯はふっと微笑んでみせた。


「不思議とですね、未来が悪くなるとは思えないんですよね。春陽の行動力は、きっと珠香の助けになる事でしょう」

「そうですか……」


 長兄はホッとした顔をしたが、悠陽は拗ねた顔をしていた。


「そんな事できるなら、僕も行きたかったのにっ」

「お前たち二人が動いたら、もう私事じゃなくなるだろう」

「でもっ」

「まあまあ、悠陽。あなたにも、きっと出番がきますよ」

「へ?」


 拗ねてふてくされる悠陽に、優しく声をかけて、風伯は来た道を戻りはじめた。慌ててついていく三人。


「どういう事ですか、先生」

「私にも、まだ良くはわからないのですよ。ただ、そういう予感がします」

「え! じゃあ、僕も戴に行けるんですかね!」

「さあ、それはわかりませんよ」


 ふふふ、と楽しそうに悠陽を見る風伯と、降ってわいた希望に声を弾ませる悠陽。

 後ろにいる青年二人はそれを見て、それぞれ肩を竦めたり、考え込んだりしていた。

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