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番外編 一方その頃、瑞の人々は 前編

まさかの全3部作。いつも通り読まくても問題ないですw


 珠香が旅立って、三日目。




「珠香は大丈夫だろうか……」


 野太い男性の、ため息交じりの声が漏れる。すでに、今日で四回目になる溜息に、反応する人間はこの部屋にはすでにいない。

 まだ、昼時にすらなってないので、周りの人間は忙しそうに仕事をしている。


「はあ……」

瑞司馬ずいしば、重症ですな」


 そこへ、愉快そうに声をかけてきたのは、伯景よりは年上だがまだ年若く、ニヤニヤと笑っている男。切れ長で目元の涼しい男だが、楽しそうに、その切れ長の目をゆがませニヤニヤ顔で笑っているので、色々台無しである。


「おお、伊芝いし殿。どうした?」

右軍うぐんの報告書を持って参りました。そのついでに、落ち込んでおられる瑞司馬の顔でも拝見しようかと」

「俺はそんなに酷い顔をしているか?」

「ええ、師匠が見たら心配するぐらいには」


 心配するような事を言っている割には、声と顔に楽しそうな成分が多く含まれている。

 周りの人間が、司馬という軍の最高位にいる男性に、親し気に話しかける若い男を気にしている様子は無い。いつもの事だという風に流している。


「風の兄貴は元気にしているか?」

「今の司馬より、落ち込んでいる人間はそう居られませんよ。秘蔵のご令嬢は、ちゃんと最強の護衛をつけたのでしょう?」

「ああ……。それは頼りにしているのだが、風の兄貴が、できるだけ行かせない方が良いと言ったのがなあ」

「師匠も、酷な事を言いますね。私でお力になれる事があれば、いつでもお申し出ください」

「おお、そう言ってくれるか。ありがたい。伊芝殿の知略は、音に聞こえているからな。頼りにしている」

「有難うございます。師匠の教育の賜物ですよ」


 風の兄貴、とは珠香の先生の、よう 風伯ふはくの事だ。その人を師匠と呼んでいる、この伊芝と呼ばれた青年を、珠香の父である劉勇りゅうゆうは知っていた。


 この青年は、 伊芝いしという。環の武将の一人だ。直属ではないが、広い意味で部下である。伊芝がわりと小さな頃から知っており、自分が敬愛している風伯の養子でもある為、可愛がっていた。伊芝も、自分に目をかけて可愛がってくれる劉勇を、程度はあるが親戚のおじさんぐらいの気安さで接していた。

 なので、伊芝の方も劉勇の娘である珠香の事をある程度知っており、彼女が戴に連れて行かれ、劉勇が落ち込んでいる事も知っていた。


「失礼します。父上、報告書を……げ」


 二人が和やかに会話をしている所に、双子の片割れ、悠陽が入ってきた。そして、伊芝の姿を見つけた瞬間、嫌そうに眉を寄せた。


「よお、双子そうし

「いらしてたのですか、伊芝殿」


 嫌そうにはしたが、とりあえず挨拶をする。そして、そそくさと報告書を父に渡し、出て行こうとした。そんな悠陽に、割と真剣な声で伊芝が話しかけた。


「なあ、お前悠陽だろ? 春陽を知らないか?」

「伊芝殿が僕らを見分けるなんて、珍しい事もあるものですね。春陽なら、今日は見てませんけど」


 はぁあああ、と、伊芝は大きく溜息をついた。


「春陽が居ないんだよ。双子なら居場所がわかるかと思ってたんだが、わからないのか」


 落胆したような伊芝の言葉に、悠陽はちょっとムッとしたような顔になった。

 悠陽と、春陽もだが、双子いじりをしてくるこの伊芝という青年が、実は苦手だった。父親の手前、邪険にもできず困っている、というのを楽しんでいるのがわかるから余計に。


「いちいちわかりませんよ。春陽なら、後宮にいるのでは? 妹妹めいめいに聞いた方が早いと思いますが」

「あのめちゃくちゃ美少女と話したいのはやまやまなんだがな、後宮に居ないから探してるんだ」

「え?」


 ここで初めて、悠陽は伊芝の方を見た。

 伊芝の顔は、自分達をからかって遊んでいる時の顔より、ちょっと真剣だった。そこで、あれ?と悠陽は思った。何か、どこかで見た事があるような気がする、と。

 だが、今はそんな場合ではないと思い出し、父親の方へ向き直った。


「父上は、何か聞いていますか?」

「いや、今初めてその話を聞いて、驚いている所だ。そういえば、最近は研修で右軍に行っている筈だったな」

「ええ。来るはずの場所に来ないので、何かあったのかと思いまして」

「ふむ……。悠陽、とりあえずはくぎょくに行方を聞いてきなさい。どこかでさぼってるなら、大きな雷を落とさねばならん」


 父親のその言葉に、悠陽はビクッと身体をすくめたあと、すぐ返事した。


「はいっ、行ってきます」

「まて、双子。俺も行く」

「えっ?」

「待ち合わせ場所まで引きずって行かねばならんからな、俺が」

「悠陽、一緒に行ってきなさい」

「……はぃ」


 父親の言葉に、悠陽は明らかに落胆した表情をした後、諦めた顔で出て行った。伊芝は、愉しそうにその後ろについて行く。

 二人が出て行った後、劉勇は一人首を傾げていた。








 父の執務室を出た後、悠陽は迷う事なく城の中を歩いていた。


「まずは、どこに行くんだ? 双子」

「だから、その双子と呼ぶのはやめてくださいと、前も言いましたよね。特に今は、春陽を探してるんだから、僕が悠陽というの、わかってますよね?」

「ああ、すまんすまん。で、どこに行くんだ?」


 何度言っても聞かないこの愉快犯に何度目かの溜息を吐き、悠陽は答えた。


「まずは、玉雲の所に行きます」


 玉雲は、この環の国ではかなり有名な美少女だ。だが、後宮に居る環公かんこうの側を離れず付き添っているので、男どもがマジマジと見る機会はほぼ無い。

 そんな美少女を見れるとあって、伊芝の瞳が輝いた。だがすぐ正気に戻った。


「あの美少女の所か。しかし、後宮に俺らは入れないだろ」


 そんな伊芝の言葉に、悠陽はふんっと鼻で笑った。


「僕は家族ですよ? 呼び出してもらいます」

「なるほどな」


 純粋に、その手があったか、という顔をする伊芝に、悠陽は眉をしかめたのだった。



 その会話から少しもせずに、城と後宮を結ぶ唯一の廊下の、扉の前まで来た。今の環公は女性なので、後宮から逃げ出す女を監視するというよりは、後宮に入る男を監視しているため、扉の前には二人の兵がいた。

 その二人は、悠陽を知っているようで、気さくに話しかけて来た。


「おや、瑞殿。妹さんですか?」

「うん。呼び出してもらえる? 急ぎなんだ」

「わかりました。少々お待ちください」


 とんとん拍子に話が進み、二人は扉から少し離れた場所にある待合室で座って待っていた。


「めちゃくちゃ話早かったな」

「当たり前でしょう。玉だけじゃなくて、たまに春も呼び出すから、取次をお願いしてる僕まで顔を覚えられちゃって」

「ふぅん。でもお前、髪を春陽と同じにしたら、簡単に入れそうだけどな」

「止めてくださいよ。そんな、誰もが思い付きそうな悪事。すぐバレるんですから」

「それもそうか」


 伊芝だけが楽しそうに笑っていると、取次に行っていた兵が戻ってきた。その後ろには、華憐に咲く花のような、美少女、玉雲がいた。


あにさま、何やら急用があるとか。あら」


 兵の後ろからひょこっと顔を出した玉雲が、伊芝を認識したようで、不思議そうな顔をしていた。伊芝は愛想よく笑いながら玉雲を見ていた。戻って行く兵に礼を言い、玉雲も座る。

 悠陽が、不思議そうな玉に伊芝を紹介する。


「玉、伊芝殿だよ。ほら、先生の所の」

「あら、確前に一度お会いしましたね。ごきげんよう、伊芝さま」


 玉雲に愛想よく微笑まれると、顔を知っていた伊芝ですら、瞬間心が揺らぐ程だった。が、一瞬でその動揺を落ち着け、伊芝も笑顔で挨拶を返す。


「また会えて光栄だよ、玉雲殿。まさに花咲くような紅顔だな」

「まあ、お上手ですね」


 そんなやりとりを面倒くさそうに見ていた悠陽が、さっさと本題を切り出す。


「玉、春の居場所知らない?」

「春姉さまですか? さあ、見てませんわ。最近は軍の方に行っておられたのでしょう?」


 悠陽の質問に、玉雲は小首を傾げた。


「そうなんだけど、今日の約束をすっぽかして、どっか行ったみたいなんだよね」

「まあ」


 悠陽の言葉に、玉雲は可愛らしく唇に手を当てて、軽く驚いた表情をした。


「先ほど、後宮の方に聞いてみたが、居ないと言われてな。玉雲殿は何か知らないか?」


 肩を竦めながら困ったように言う伊芝を見て、何やら思い出すように考えこんでいた玉雲だが、


「そういえば、姉さまは昨日、環姫さまの所においででしたわ。なにやらお二人でお話してましたが」


 ふと、思い出したようにそう言った。その言葉に悠陽も首を傾げる。


「昨日? 春陽は、昨日も右軍に居たはずだろ」

「ええ。ですので、何してるんだろうと私も思ったのですが、秘密だと教えてくださらなくて」

「昨日は普通に右軍で研修してたぞ」


 三人とも首を傾げたが、答えが見つかるはずもなく、玉雲も環公が政務に出るというので、戻らなければいけなくなった。


「私も、環姫さまに何かご存じないか、聞いてみますわね」

「ああ、頼むよ」

「……こうに、そのように気安く声をかけられるのは、お前たち兄妹ぐらいのものだろうよ」

「そうですか?」


 きょとんとする瑞の兄妹に、伊芝は苦笑した。それを見て、ますますわからない顔の、少年と美少女。


「これ以上、玉雲殿の邪魔をするわけにはいかないな。次は、伯景の所に行くのだろう?」


 伊芝に苦笑されながらも促されたので、悠陽は玉雲に別れを告げて、歩き出した。

 伊芝も、名残惜しそうに玉雲を振り返り、手を振って悠陽の後ろを歩き出した。

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