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そう、あの戴の使者、夏 理智だった。
まさか、ここで見る事になるとは思わなかった人物ばかりだ。今日は、大安なの? 厄日なの?
「そちらの瑞のお嬢さんには、戴に戻っていただきますよ。双子殿は、何故こちらに居られるのですか? 正式な手続きを踏んで、こちらに居られますか」
あの人が、馬の上から語り掛けてくる声は、どこか高圧的だ。威圧的とも言っていい。そして、彼が喋っている間にも、後ろから何人か武装した男たちが出て来た。
春陽を見ると、プイっと目を背けて黙秘をしていた。同じく顔を背けている慶珂の表情で、だいたい察した。春陽、不法入国、したわね。
「そちらの双子殿は、後ほど事情をお聞きしましょう。とりあえず、戴都に戻ります。良いですね」
あの理智という使者の人は、いつも通り腹の底で何を考えてるかわからない敬語だったけど、なんだか、苛立っているように見えた。環に来た時の余裕、みたいなものが無い、ような気がする。
理智は、自分の馬の顔をもと来た方に向けた。ついてこいと言ってるのだろう。
春陽は、とりあえずこの場はお咎めなしのようなので、肩をすくめていた。慶珂は胃が痛そうにお腹を押さえていた。苦労かけるわね、慶珂。そして、思戯は。
「思戯、帰るって。どうしたの?」
みんなが動き出そうとしているのに、その場で俯き、固まってしまったように動かない思戯。理智も異変を感じたのだろう。今度は苛立たしさを隠さない口調で、
「帰りますよ、思戯。何してるんですか、早くなさい」
そう、大きな声で思戯に言った。だが、思戯は動かない。苛立ち、馬に乗ったまま思戯の所まで来て、思戯を見下ろす理智。その顔は、怒りというか、焦りのような?
「思戯?」
私が思わず声をかけると、思戯は私の方を見、そしてグイっと顔を上げて、理知を見上げた。
「こいつは、瑞 珠香は、環に帰す」
そう、力強く、言い放った。え? 何? 私?
理智は、忌々しそうに、思戯を見下ろしていた。
「その話は、終わったハズですよ。そんなんだから、王氏の後継になったとは言え、いまだ准将なんですよ。行きますよ」
「駄目だ」
「あなたも頑固ですね。こんな娘に、心を奪われたのですか? その為に、故国戴を危機にさらしても良いと? 馬鹿じゃないですか。その娘の価値は、瑞の貴族であるただそれだけです。それ以上の情は移すなと、きつく言い聞かせたハズですけど。本当、嫌になりますね。これだから雑草は雑草のままだとあれほど戴公に申し上げたのに」
理智の、苛立ちにまかせたままの独り言というか、愚痴が、あふれ出て来た。私、何気に酷い事言われてるよね? っていうか、なんか、もっと重要な事言ったよね??
思戯は、チッと苛立ったように舌打ちをしたが、それ以上言い返せないようで、無言で理智を睨み上げていた。
「なんだ、何を勝手な事を抜かしている。戴の使者ごときが、私の可愛い妹の価値を騙るな」
春陽も、怒ったように理智を睨み上げている。うん、春陽。その家族愛はすごく、すごく嬉しいけど、今の問題点は、そこじゃないね?
「私を、環に帰さないつもりですか?」
昨日や一昨日の体験で、もしかしたら私にも度胸、というものがついたのだろうか。やっぱり目は見れなかったけど、ふんわりその辺を見て、抗議の声をあげる事ができた。
私の言葉に、今日一番深い溜息を吐いて、使者殿が応えた。
「帰します。ええ、帰しますとも。ただ、その時期はこちらで判断させていただきます」
「おい、話が違うぞ。これは、そちらの無礼を詫びるための旅行なんだろ。なんで、お前たちに指図されなければならない」
春陽が、今度はまともな反論をした。うん、馬鹿じゃないんだよね。ただ、ちょっと思考回路が単純なだけだよね。
「不法入国者である双子殿はお黙りください。今、あなたの言葉の価値はそこらへんに落ちている石ころより下だ。環にいる時と同じような感覚でいてもらっては困るんですよね」
うっわ、辛辣。この双子の片割れに、こんな辛辣な言葉投げかけた人、初めて見たかも。
案の定、そういった言葉に慣れてない春陽は、固まってしまった。環で、瑞兆である双子の片割れとしてずっと祝福の中生きてきたのだ。悪意の言葉には弱いだろう。
「今こんな所で、こんな無駄な時間を過ごしている暇はありません。帰りますよ、思戯。あなたもわかっているでしょう、こうしている時にも、尹が」
理智が、イライラしたままの勢いで嫌味を言い切ろうとしたその時。




