26
目覚めは快適、といはいかなかった。
ハッと目が覚めた瞬間、腰やわき腹や腕が痛かった。一瞬で、今までの状況を思い出す。相変わらず私の身体は固い石の上にあり、万全の状態とはいえない。
もぞもぞと動き、伸びをした。
眠気は朝の光と、下の固い石のせいで急速に遠のいたので、ゆっくり上半身を起こす。
欠伸をし、周りを見回す。
思戯の姿が無い。
不安になってキョロキョロしながら、耳を澄ます。
足音がする。思戯だとは思うが、一応、用心のために帯に挟んだ短刀を握りしめる。
後、少し。足音はすぐそこまできている。胸が、ドキドキする。
「よぉ、起きたか。早かったな」
声をかけながらこちらに入ってくるのは、間違いなく思戯で。ホッと肩と拳の力を抜いた。そんな私の様子を見て、思戯は苦笑していた。
「……おはよ」
「おはよう。良く眠れたか?」
「そうね、思ったよりは」
そりゃ良かった、と言いながら思戯は手に持っていた革袋の口を開け、残っていた焚火の跡に水をかけた。ジュウという音がしたので、まだちょっと火が残っていたようだ。
「飯を食ったら、ここを出よう」
「わかった。……夜までに、どこか集落に着くかな」
「さあ、どうだろ。運が良けりゃ、どこかしらにはつくだろ」
私の、不安そうな瞳に気づいたのだろう。思戯は取り繕ったように笑い、
「何とかなるさ。ほら、とりあえず食えよ」
そう言って、私にあの兵糧丸を、今度は三つ渡した。
不安は拭いきれないが、私は今、思戯に頼るしかない状況だ。せいぜい、足を引っ張らないようにする事しかできない。
とりあえず、それ以上追及する事はせず、また兵糧丸をモソモソと食べた。やっぱり味はしなかったけど、お腹はいっぱいになった。ああ、味のするものを食べたい。
革袋から水を飲む時に、不慣れで零したり上手く飲めなかったりしたが、とりあえず、朝食は終わった。
思戯が立ち上がる。
私も、ゆっくり立ち上がる。体調は万全ではないけど、最悪でもない。なんとかなりそう。ただ、ちょっと、いやだいぶ、半生乾き臭いのが気になるけど。そんな事言ってる場合じゃないよね。
「よし。じゃあ、行くか。そうだ、目を閉じてるなら、手を引いてやるけど」
一瞬、何の事を言われてるのか、理解できなかった。なんで、目を閉じるのだろう、と。が、次の瞬間ハッと気付いた。そうか、思戯が制圧した痕跡が、あるのか。
ちょっと、逡巡したが、
「いい。大丈夫。がんばる」
「別に、頑張らなくてもいいんだぜ」
勇気を出して、断った。私の言葉に思戯は苦笑していたが、私の覚悟を尊重してくれるようだ。
思戯は剣を持ち、柵の入り口を出る。私も、後に続く。慎重に、赤い線を踏まないように。
牢を出ると、そこもまだ洞窟だった。ただ、細長い通路のようになっていて、あの牢の中だけが広かったみたい。薄暗い中を、思戯の後ろについて歩く。
先に光が見える。出口だろうか。ふと、右側に空間が見えた。
思わず見ようと首を振り向きかけた瞬間、グイっと、手を掴まれた。そっちに気を持っていかれた。思戯が、私を見て首を振った。
察した。
思戯を見つめる。頷く思戯。
そのまま、そっと下を向いた。手が、引かれる。やっぱり、駄目だった。手を引く思戯に、なすがまま、ついていく。心の中で、そっと黙祷した。
手を引かれて数歩も歩いたら、いきなり草が生えた。ように見えた。
明るい。
外に出たようだ。パッと上を向くと、木々と背の高い草で覆われた、なんていうか、森の真っただ中だった。森の中で少し開けた場所にあったようだ。
「出たね!」
「ああ」
「どっちに行こう?」
「まずは、河を探そう。大河なら流域に人の痕跡がある。無数にある小さい川なら、運が無かったな」
あんまりにも平然と言われたので、あやうく聞き逃す所だったけど、今すごい事言ったよね?
「え、小さい川だとまずいの?」
「ああ、割とな。まあ、食料は獲れるだろうから、地道に探すしかないな」
「……思戯は、凄いね」
ポロっと、本音がこぼれた。思戯は、おやっという顔をしたが、何も言わなかった。
とりあえず行こうぜ、という思戯の言葉で、私達は洞窟を離れて歩き出した。
しばらく、木々の間を歩いていく。
太陽が昇り、辺りが明るくなってきた。穏やかな新緑が、目に優しい。何もなければ、良いピクニックになりそうだと思った。何もなければ。
「ねえ、思戯。川は見つかりそう?」
「あー? 音はまだ遠いな」
先ほど思戯が、水の音がする、と言って歩き出して、日が少し昇った。あてもなく歩き続けるのは、少ししんどい。
まあ、でも、足を動かすしかないので、また黙って歩く。
「……すまんな」
「え、何が? あ、思戯、水の音がするよ!」
「本当か」
しばらく歩いた後、前を歩く思戯がぼそりと呟いた言葉は、川を見つけた喜びに流されてしまった。
「おー、結構でかい川だな。これは、期待できるぜ」
「本当、良かった!」
私でも聞こえるぐらい、水の音がごうごうとしたので慌てて向かうと、木々の間からキラキラと光を反射した水面が見え、じきに川の全貌が見えた。
確かに、大きな川だ。
泳げる人間にとっても、泳いで渡るのは大変だろう。私はもちろん無理だ。
川を見渡すと、ずっと下流の方に、細い橋が見えた。人工物を見て、思わずホッとした。
「思戯、橋だよ!」
「ああ。人の気配があるな」
「うんっ」
今までの苦労も吹っ飛んだ気になって、思わず川岸まで小走りで近づいた。
遠くで見るより、流れが速い。うん、泳いで向こうに行くのは、舟でも無い限り、橋を渡らないと無理だよね。
はるか下流にある橋に、少し溜息がでた。
「とりあず、橋まで行こうぜ。道もあるだろうし」
「……うん」
そして私達は、川沿いを歩き出した。




