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「まあ、とりあえず、ほら。これ食えよ。朝からなにも食べてないだろ」
思戯は私の態度を特に気にする事もなく、袖から袋を出してきた。袋の口を開け注ぐように、私に差し出す。もしかして、と思って両手で受け止めるように差し出すと、その袋の口から、お団子のような物が出て来た。ただ、お団子というより、泥団子みたいな硬さだったけど。三、四個貰ったけど、どうやって食べるんだろう。
思戯を見る。思戯は、袋から直接それを取り出し、そのまま齧った。良く咀嚼し、飲み込む。そうか、そういう食べ物なんだ。
私も、恐る恐るその団子を齧った。
「……味、しないね」
「兵糧丸なんて、そんなものだ。良く噛んでゆっくり食べないと、後で腹が膨れすぎてキツクなるぞ」
思戯は少しおかしそうに、そう注意した。その注意通り、少しずつ良く噛んで、嚥下する。
保存食として、いろいろ栄養価の高い物を混ぜて干したものを、兵糧丸、というらしい。美味しいにこしたことはないが、不味いよりましだろう。味がしないぐらい。
三個、小さな団子を食べただけだが、食べ終わるくらいには、もう、いらないという気分になった。お腹がいっぱい、というか、いらない、というか。美味しいご飯食べてお腹いっぱいというわけではないが、まあ、とりあえずしのげそうだ。
一個余ったので、思戯に返そうと思い、一つ摘み上げて思戯に差し出した。
「返すね」
「ん? もう良いのか。もっと食え、成長期だろ」
「成長期……は、そうかもしれないけど、そんなにいらないよ」
思戯は、そうか? と首を傾げながらも、私から団子を受け取り、もとあった袋の中に戻した。……あれ? もしかして、私、子供扱いされてる?? さっきの頭撫でるのだって、泣かせたくないという発言だって、今の言動だって、全部、全部私の事子供だと思ってるから?? わお、新鮮。
「ねえ、思戯……私のこと、いくつに見えてる?」
思わず、思戯に聞いてみた。思戯はちょっと驚いたような顔をしたあと、怪訝そうに口を開いた。
「いくつって……十三、四ぐらいだろ?」
「いや、もう十六だけど」
誕生日きてないから逆に鯖を読んだけど、思戯はふんっと鼻で笑った。
「まだまだ子供だろ。燎のとこの三番目の妹と大差ないし」
こ、子供扱いされてた! マジかー。しかも、燎の兄妹と同じ扱い……。精神年齢が肉体年齢と離れ過ぎていて、どう反応して良いかわからない。今までもそういった扱いはあったが、所詮身内だけのコミュニティ。全くの他人のこの人からのこの扱いは、どう対応したら良いかわからない。
「そ、そうなの」
「ああ。チビだが、マセた妹でさ。良く後ろを着いて来てたよ」
懐かしそうに笑いながら、思戯は焚火の火をいじっていた。パチパチッと音がした。
なんだか、一人で被害妄想を抱くのが、馬鹿らしくなってきた。
相手は、私を友達の妹(思春期)と同じようにしか見ていない。子供扱いもしてくる。この人がロリコンという可能性も考えたが、まあ、一般常識的に手を出さない年齢だと思っているみたいだ。じゃあ、さっきの目はなんだったんだろうと思いはしたが、とりあえず思考の蓋を閉じた。
一つ、大きなため息を吐いて、思戯に言った。
「服、乾かしたいから、あっち向いてて。私もむこうを向いてるけど、こっち向かないで」
「わかってるよ。髪もちゃんと乾かせよ」
そう言って、思戯は乾いた布を私によこした。渡すタイミングを逃していたのだろう。私はそれを受け取り、髪を拭き始めた。それを見て、思戯はむこうを向いた。
なんだか、伯景と一緒にいるような雰囲気に似てる。ちょっとだけ、信用しても良いかもしれないと思った。
ちょっとだけまだ覚悟がいったが、チラッと見た思戯がむこうを向いたまま全く動かないので、女は度胸とばかりに上着を脱いだ。ついで、下も脱ぐ。下着一枚になる。
とりあえず、上着と下のスカートそして帯を、ちょっと離れた所で絞った。ダバダバと水が出て来たので、思いっきり絞る。これ、高い服だから本当は良くないんだろうけど、今は仕方ない。心を鬼にして、絞る。握力の限り絞る。雑巾みたいに絞り、何とか水気が薄くなった。
火の側に戻り、上着を火に掲げてみる。自分が火の影に入って、寒くなったのでこの方法は無しだ。次に、広げて床の上に置く。なるべく火の側で、焼けないぐらいの位置。おお、あったかい。これがよさそう。本当は、物干しざおとかロープが欲しいけど、そんなもの無いし、仕方ない。上下の服をなるべく広げ、床に体育座りしながら、待った。
しばらく、無言で時間が過ぎる。
ちらりと思戯を見ると、何か作業をしているようだ。何をしているかわからなかったけど、呼びかけるのは迂闊過ぎるので、黙っている。
火の傍とは言え、やっぱり下着一枚は、肌寒い。
また、くしゃみが出たので、広げておいた服を触る。最初よりはマシだが、まだ生乾き感がすごい。だが、下着一枚だと寒いし、下着は乾いてきているので、思い切ってまた服を着た。下を穿き、上を来て帯を結ぶ。取り出して置いた小刀もまた帯に挟む。
「思戯。もうこっち向いてもいいよ」
「ああ」
思戯は私の言葉に、ゆっくりこちらを振り返った。私を見て、服を着ていることに気づいたようだが、何も言わなかった。
「火が弱くなってきてるな。薪を取り合えず持ってくる」
「わかった」
思戯はそういうと、ゆっくり立ち上がり、またあの扉から出て行った。
大人しく、戻ってくるのを待つ。
火が、暖かいからだろうか。外の闇が深くなってきたからだろうか。
「ふぁ~あ」
欠伸が出た。眠気、というものはどうして、認識した途端に強くなっていくのだろう。体育座りしているのも、ちょっと辛くなってきた。だが、横になったらすぐ寝てしまいそうだ。それぐらい、今日は疲れた(何もしてないけど)
「戻ったぜ」
それから少しもしないうちに、思戯がまた腕一杯の木を持って、戻ってきた。思戯にばかり労働をさせて申し訳ない、という気持ちは多分にあるのだが、私はおそらくその辺に近づけない。思戯の配慮をありがたく受け取るしかない。
「おかえり」
「眠そうだな、寝てていいぜ。朝には起こす。日が昇ったら、ここから出て、集落を探そう」
「うん……でも」
「いいから。ほら、これ使えよ」
眠気に微睡む私に、思戯は自分に巻いていた、マントのようなスカーフのような布を渡した。枕にしようか毛布のように上にかけるか迷ったが、先ほど使った髪を乾かした布を枕に、貰った布を毛布にする事にした。今までの人生で一番粗末な寝具だったが、あるだけ有難かった。
薄っぺらい布を丸めて枕にし、横になる。上に思戯からもらった布をかける。
火が、暖かい。
眠気は、だんだん強くなる。
思戯と、二言三言話した気がしたが、眠りという暖かい泥に埋もれていく私には、もはや意味のある音には聞き取れなかった。




