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二人で喋ってるだけ(長め)
思戯を見る。
思戯は、何かを待っているように、静かに私を見ていた。
水面に出た魚のように、口をパクパクと動かす事しか、できない。口にしようと願う言葉が、酸素を欲している。
視線を逡巡させ、少し迷いながらも、息を吸い、吐く。そして、
「……で」
「なんだ?」
「し、死なないで。無茶しないで。置いていかないで。……頑張って」
「っつ」
思戯の目を見て、肺の空気ありったけ出して、言った。言い切った。
思戯は口を手で押さえ、私から視線を外したが、すぐに目線を戻した。
「ああ。約束する。あんたを置いて死なないよ。言ったろ、俺が助けてやるって」
顔が、ちょっと赤いのは、見間違いだろうか。外から差し込んでくる夕日のせいだろうか。わからないけど、私の顔に熱が集まっているのは、夕日のせいだ。そういう事にしておいてほしい。
「約束」
「ああ、約束だ」
前世なら、ここで指切りげんまんでもしたいものだが、あいにくこちらにはそういう習慣は無い。変わりに、
「これ」
「ん。じゃあ、これを」
お互いに身に着けていたものを、相手に送りあい約束の証とする。
私は、身に着けていた玉の首飾りを。服に隠れるからあの男たちにも見つからず、盗られなかった地味に高いやつだ。思戯からは、短刀。飾り気の無い、真っ直ぐの短い刃。
「え、重い」
物理的にも、精神的にも、二重の意味で重いんですが。
思戯は少しむっとした顔をしたが、変わらず私にそれを差し出すので、渋々受け取った。
「なんかあったら、少しでもそれで身を守れるだろ」
「お父様が言ってたけど、懐に入る前に勝負は決まってるって」
「まあ、試合、ならな。実践なら何が起こるかわかったもんじゃないし、持ってて損は無いと思うぜ。……この国に来るとき、持ち込むなって言われたんだろ」
「ええ、良く知ってるわね」
確かに、あのコワい使者殿から、くれぐれも危険物は持ち込むな、と言われている。もちろん、護衛という態で連れて来た慶珂には許可されたが、私には到底扱えない両手の直刃の剣のみだった。まあ、持った事はあるんですよ、持った事は。持ち上げられなかっただけで。
と、昔の記憶に意識を飛ばしながらも、受け取った剣は仕方ないので、胸下の帯の間に仕舞った。ここが、一番納まりが良いのだ。
「っくしゅん!」
くしゃみが出た。それも、三回ぐらい連続して。
くしゃみをしたからか、気が抜けたからかわからないけど、とたんに寒さが身に染みてきた。
濡れた服は、少し体温で乾いたが、それでもまだまだずぶ濡れのままだ。
夕日もじき沈む。沈めば、さらに冷えるだろう。このままでは、外に出なくても風邪をひいて動けなくなる。
「待ってろ。今、火を熾せそうな物を持ってくる」
思戯はそう言って、立ち上がった。思わず、思戯を目で追いかける。思戯は何かを言いかけたが、一旦口を閉じて、頭の後ろをかいた。そして、少し溜息を吐いて、
「あんたには、ここで待っていて欲しい。……どうしてもって言うなら、それ相応の覚悟をしてもらう事になる。血とかな」
そう、誠実に言った。うん、誠実に言われたなら、私も誠実に返すしかないよね。
「うん。待ってる」
「そうしてくれ」
あからさまにホッとした顔をして、思戯は牢を出て行った。今度は、前と全く違う気持ちで思戯を待っている。
説明されたからだろうか。
約束してくれたからだろうか。
思戯を、だんだん信じるようになってきているからだろうか。わからなかったけど、急激に寒くなる体温に気を取られて、それ以上考えるのをやめた。
思戯は、わりとすぐに戻ってきた。腕いっぱいに、薪やら木材やらを抱えて。
抱えたそれらを、部屋の中央に置き、手際よく焚火の形にしていく。この辺は、さすがに慣れている。
その後も何往復かして、後は火をつけるだけという所まで来た。ここまできたら、竈に火を入れるのと同じようなものみたいだ。手際よく火打石で火花を起こし、用意していた火口に移し、焚火にうつしていった。鮮やか。
悠陽はこれできるのだろうか。まあ、あの子は器用な方だからできるだろうけど、春陽は無理だろうなあ。
双子の事を考えて、思わずふふっと笑っていたようだ。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。とっても手際良いなあ、って思って」
ちょっと誤魔化すようにそういうと、思戯は途端にふふんとドヤ顔になった。
「ガキの頃から、これだけは得意でさ。どこ行っても重宝されるから、覚えておいて損は無いぜ」
「火を熾せるっていうのは、大事な事だもんね」
「ああ。旅する時なんかは特にな。護符はたけーだろ」
「そうだね」
ここで、ふと風伯先生の事を思い出した。
先生は一人で旅をして、生き抜いてきた過去を持つ人だ。獣に遭う機会だってたくさんあっただろう。それでもああして、のほほんと生活されてるのを、今更ながらに凄いなあ、と思った。
「知り合いの人がね、旅をして生活してた頃があるそうなの。やっぱり、火って大事よねえ」
「そうだな。まあ、護符をたんまり買える貴族とか、強い護衛や慣れた案内人を雇えるなら、火を熾すのが下手でもやってけるだろうけど」
「そんなにお金があるようには見えなかったけど」
言っては失礼だが、先生も一応貴族だ。でも、弱小と言っても過言ではないぐらいの地位だ。そんなにお金を持ってるとは、今も昔もあんまり想像つかない。思戯も、私の言葉にちょっと笑っていた。
「そうか。だったら、自分で火を熾せるよう訓練したんだろ。ああ、それか……ほぼ無いだろうけど、自分で護符を作れる、とかな」
「ははは、まっさかあ……」
思戯は、だよな、と言って火を大きくする作業に戻った。
正直私は、さっきの思戯が言った言葉を、否定しきれずにいた。
護符、というのは、門外不出でどうやって作っているのか、材料やどういった術や呪いが使われているのか、そして、誰が作っていいるのか、それすら秘密にされている。
そんな怪しいモノでも、効果があるので、みんな使うのだ。
風伯先生は、勘が鋭い、というか予知みたいな事をする時がある。そんな不思議な力がある先生なら、ワンチャンありそう、と思ってしまった。だが、そんな話は欠片も出た事ないし、やっぱり凄い人が凄い術で作っているんだと思う。
私がぼんやり考えている間にも、火は、ゆっくり薪に燃え移り、だんだん大きくなっていた。
時折、思戯が息を吹き、炎を大きくしていく。薪に燃え移りはじめると、あっという間に暖をとれるぐらいの炎になった。
あったかい。
手を翳すと、そのありがたみが増す。
助かった。本当に、そう思った。
火で暖かくなってくると、今度は、身体にまとわりつく服が、邪魔に思えてきた。
うう、脱ぎたい。脱いで、焚火で乾かしたい。でも、思戯がいるのに、下着になりたくない。下着は、まあ、身に着けていても乾くだろう。
チラッと思戯をみる。自分だけ、ちゃっかり着替えてるし。
私が、恨めしそうに見ていたのに気づいたのだろう、苦笑していた。
「女性用の服は見つからなかったんだ、すまんな。あいつらの服はぎ取ってきても良いんだが、嫌だろう?」
「うん、嫌だ」
私の即答に、また苦笑した。
「俺、あっち向いてるから、服、乾かしたら」
「……」
思戯のせっかくの提案だが、私は躊躇して目を逸らしてしまった。
今日の朝、といってももうすごく前の話に思えるけど、思戯に見られた事を、まだ恨みに思っている自分に、ちょっとびっくりした。そんな場合じゃないのに。本当に私、面倒くさい女。




