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「よお、もう大丈夫……って、オイオイどうしたんだよ。大丈夫か」


 思戯の声に、ハッと顔を上げた。

 パッと見た感じ、怪我はしてないようだ。血もついてない、っていうか、服が違う。着替えたんだろうか。

 なんにせよ、無事に戻ってきたようだ。

 ホッとしたのが顔に出たのだろうか、思戯が苦笑していた。


「本当にどうしたんだよ。心配すんなって言っただろ」

「……」


 私の言った言葉が、聞こえなかったようだ。思戯は首をかしげて、私に近寄ってきた。


「なあ」

「心配するに決まってるでしょ! どれだけ人がいるかもわからないのに、一人で行くし」


 私はいまだ立ち上がる事もせず。喚くだけ喚いて、また体育座りの膝に顔を埋めた。

 戸惑っている気配がする。

 当然だろう。

 最善と思われる事をやって戻ってきたのに、役に立たない女が一人でわけがわからない事を喚いているのだから。


「あー……その、なんていうか、すまん。また、あんたを泣かせちまったな」


 自虐混じりに呟くその言葉に、私は顔を俯かせたまま、首を振った。


「泣いてない」

「泣いてるだろ」

「泣いてない!」


 はぁ~、と深い溜息が聞こえた。ビクッとなるが、顔はあげない。

 いつまでもそうしていると、ふいに、頭を恐る恐るといった感じで撫でる手があった。伯景あにではない。伯景よりごつごつして、ぶ厚い手をしているそれは、最初は恐る恐るだったが、次第に優しい手つきで頭を撫でだした。


「本当に、いつもいつも、あんたを泣かせたいわけじゃないんだ。すまん」


 それは、本当に悔いているような声で。 

 私は、閉じていた目を開け、ゆっくりと俯いていた顔を、思戯の喉元まで上げた。


「……これは、勝手に、私が泣いた事だから。謝らないで。あなたは、何も、悪くない」

「じゃあ、なんで目を合わせないんだよ」

「あんまりいつも合わせてないでしょ」

「そんなこ……」


 私の言葉を否定しようとして、途中で詰まる思戯。そう、この時のために、私は思戯の目ではなく喉元を見て話しをしていたのよ!嘘だけど。


「ま、まあ。それは置いとくとしてだ。俺が原因じゃないなら、なんで泣いてるんだよ」

「……私の勝手でしょ」


 目線をまた逸らすと、いまだ頭の上にあった手が動く気配がして、次の瞬間には、私の目元にあった涙をぬぐっていた。思ってもみなかった行動と、優しい手つき、何より他人の手が目のすぐそばにある事実に固まった。だが、嫌じゃなかった。


「じゃあ、これも俺の勝手だけど。あんたが泣いた原因を喋るまで、頭を撫で続ける」

「は?」


 そういうと、本当に頭を撫でだした。それは、さっきまでの優しく壊れ物を触る手つきではなく、どちらかというと、春陽や悠陽がわたしに対してするような、どこか遠慮のない撫で方。わしゃわしゃという擬音がよく似合う撫で方だった。まさか身内以外にそんな撫で方されるとは思ってなかった。


「ちょ、ちょっと、やめ」

「なんだよ、言う気になったか」

「いやいやいや!」

「じゃあ、まだ続ける」

「なんで?!」


 思戯の撫で方がだんだん乱暴になってきて、頭が揺さぶられる感じだ。な、なんでここまでされるのだろう。だが、頭が揺さぶられすぎて、気持ち悪い。うう。



「わ、わかった! わかったから、言うから! やめて」


 私が根負けしてそう叫ぶと、ぴたっと手が止まった。そして、離れていく手。まだ、頭がぐわんぐわんする。

 少し落ち着いて、溜息を吐く。思戯は、あくまで私が話し出すのを待っているようで、座ったままジッと私を見ていた。

 また目線を外して、床を見る。自分の腕を、ぎゅっと強く握りしめる。


「……私は、いつでも、出来損ないの子、だったの」


 ここは、寒い。服が濡れて、日も落ちて来たからだろうか。


「なにをやらせても、ミス、失敗ばっかり。勉強もそんなにできる方じゃなくて、理解も遅い方だった。それでも、何とか、必死に一人の人間として、立って、生きていこうと、頑張ってた。でも、やっぱり、できないものは出来ない。

この世界にきて、少しはマシになったと思ったら、今度は剣が持てない。顔も家族に似て無くて、すごく地味。やっぱり、出来損ないは、何もできないんだなあって。

私が今生き残る確率の上下は、あなたが握っている。あなたが死ねば、無力な私もここで死ぬ。あなたが生き残れば、私も生き残る可能性が高まる。でも、私は、あなたの手助けになるような事は、何一つとしてできない。私には、私が生きるか死ぬかの決定権すら、握らされていない。それは、私が出来損ないだから、って、思って」


 最後の方は、また涙が出て来たし、もう、何を言っているかハッキリ聞き取る事すら難しかっただろう。私はまた体育座りの膝に顔を埋め、ちょっと泣いた。こんなに人前で泣く事なんて、なかったのに。みっともない。


「俺は、あんたを慰める言葉を持っていない。正直、今だって、あたたかい食事と、家族と、寝床に恵まれて、何を言ってんだって思ってるところがある」


 思戯の言葉は、もっともだ。せっかくチート級の生家に生まれ、恵まれて生きているのに。慶珂の言うように、贅沢なのだ。辛く死と隣合わせでいきてきた思戯には、さらにそう見えるだろう。


「だが、あんたが辛いのだけは、わかるよ。ガキの頃は、わからなかったが、今ならなんとなくわかる。心、って思ったより俺の中を支配してるんだな。あんたに優しい言葉の一つもかけてやれない自分を殴りたいぐらいだよ」


 ハッとして思戯を見ると、自嘲するようなあの笑みを浮かべていた。

 なにを、言われているのか、理解が追いついていなかった。

 あんまりにもポカンと口を開けていたのだろう、思戯は苦笑するような顔で、


「あんたは、自分を過小評価しすぎじゃないか。俺が死ぬのが困るなら、ただ一言、頑張って、って言えば良いんだよ」


 そうしたら、死ぬ気で生き残るかもよ、と言って、今度は笑った。

 ビックリしすぎて、涙が引っ込んだまま、目が乾いた。


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