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「俺には、あいつの血は、一滴たりとも流れていない」
「は?」
ビックリして私がマジマジと見返すと、悪戯っぽい顔をして、唇の前に一本指を立てた。
「俺と、あんただけの、秘密だぜ。ばれたら地位は剥奪、あいつは俺らを消しにかかるだろう。そうなったらあんたも道連れだから、そのつもりでいろよ」
「はあ?!」
衝撃の告白を聞かされた、と思ったら途端になんだか物騒な話の流れになったんだけど?!
「そっちが勝手に言ったんじゃない!」
「ま、言わなきゃいいんだよ、言わなきゃ」
「なにそれ、だいたい……」
「おっと、まずい。おい、寝てるふりしてろ。目を瞑って横になるだけでいい」
抗議を口にしようとしたら、いきなりそんな事を言われた。
思戯は出入り口の柵の、さらに向こう側を見ているようだった。暗闇しか見えないけど。
私が、意味がわからず固まっていると、後で説明するから、と急かされたので、しぶしぶ目を閉じて、横になった。
濡れたままの衣服で、冷たい地面に横になるのは、結構な苦痛だった。
とりあえず、何が起こるかわからないので、目を閉じたまま耳をそばだてていると、次第にいくつかの足音が近づいてきた。迷わずこちらに向かってきているようだ。うう、怖いな。
「おい、王 思戯。素直に言う気になったか」
いきなり、高圧的な男の声がした。その声は苛立っているようで、その原因は思戯にあるようだった。
「だぁ~から〜、俺はその王ってやつじゃないって言ってるだろ。俺は、張だ」
「その戯言は聞き飽きた。いいから、環から連れて来た女の行方をはけと言ってるだろ! 殺されてえのか!」
怒鳴る男の言葉に、思戯は思いっきりこれ見よがしに、溜息を吐いた。私は、怒鳴る男の声に内心びくびくしているというのに、鋼の精神力だなあと、変な所で感心した。
しかし、それで状況が良くなることは無いと思うんだけど。むしろ、悪くなる一方じゃないだろうか。
「てめえ!」
「おい、落ち着けよ。こいつから何とか情報を引き出さないと、俺たちが……」
「わかっとるわ! てめえ、その女殺されとうなかったら、早めに言ったほうがええぞ。巻き込まれただけのその娘が、可哀想な事になる前になぁ!」
「あ"?」
一瞬遅れて、ああ、二重に私の事を言ってるのか、と理解した次の瞬間、思戯の地を這うような低音が、ただ一音、聞こえた。
正直、ギャンギャン喚く男たちの脅しより、その一音が、怖かった。背筋が、ビクッとなっていないだろうか。
今、私が目が覚めているというのがばれたら、不味い事になりそうなのは、私でもわかる。むしろ、気絶してる間に大変な事になって無くて良かった。本当に良かった。
「な、なんやその反抗的な目は!」
「だから。俺も、この娘も、その環から来た女ってのとは、関係無いって言ってんだろ。証明できんのかよ、その王思戯ってやつと、俺が、同一人物だってよ」
「てめぇ……っ!」
男たちは何故か、思戯がこの男だと断定できていないみたい。こういう人攫いって、そもそもちゃんと調べてから攫うんじゃないのかな? 貴族とかの身代金目当ての誘拐とか、そんな感じみたいなんだけど。
「あの時間帯に、あの舟に乗ってきてるのは、王思戯って情報が入ってんだよ!」
「俺たち、船頭が直前で変わったんだよ。だから時間がずれ込んで、あの舟に乗ってたんだけど」
「くそがっ」
男の一人が、苛立たしげに出入り口の柵を蹴った。重く響く音は、その柵が丈夫で壊れそうにない事を主張していた。
これ、割と絶望的な状況じゃない? この人どうするんだろ。
「いい加減、俺たちを解放してくれねーか? 今日、ようやく了承を得て、初めての逢瀬だったんだけど。台無しだ」
「うるせえ! てめえの逢瀬なんざどうでも良いんだよ! 環の女をどこにやった?! どこに匿ってるんや! それだけ言や解放してやるからよお!」
最後は、男たちの方が根負けした、みたいな口調だったけど、絶対ウソだ。解放するなんて言って、なんかひどい事になる気がする。
っていうか、なんでそんなに必死に、環から来た女、を探しているんだろう。
まだ、私だとバレてないみたいだけど、バレたら大変な事になる気がする。ばれてない今でも大変な事になりそうだというのに、なんだってこんな事になってしまったんだろう……。ワンチャン、私じゃない可能性も残ってるから、希望は持っておこうと思う。
「だから、知らねーって」
「なあ、お前、王思戯なんだろ。とりあえずそれだけ認めてくれや。そしたら、とりあえず環の女の事は聞かねえからよお」
男たちは、本当に根負けしてきたのか、作戦を変更したのか、懇願するような声音になってきた。
王 思戯である事。王 思戯なら、環の女の居場所を知っているという事。
その二点が、男たちにとって大事な事らしい。だから思戯は、自分が、王 思戯だとかたくなに認めないのだろうか。
「なあ、もうこいつやっちまおうぜ。環の女の事は、別の奴攫って聞きゃあいいんだろ。王はどうせ標的なんだ」
「駄目だ。本物の王 思戯なら良いが、結果的に違いましたなんてなったら、俺たちの首が飛ぶんやぞ」
「そうだ。恐ろしく腕が立つ奴が、戴にいるんだ。人数が減った今、同じように別の人間が攫えるかわからんのに、危険は冒せん」
「ちっ! くそ面倒くせえ! おい、鍵貸せ。あいつが吐きたくなるように、躾てくるわ」
「勝手な事は……」
「うるせえ! どれもこれもあの頭役が帰って来ねーからだろ! 多少の軌道修正したって、構うかよ」
「……まあ、ほどほどにな」
「殺すなよ」
「おう。まかせとけや」
カチャカチャという小さな金属音。
遠くに行く足音。錠が外れたような音。
ギィイと扉が開く音。
一人分の足音が、もったいぶって近づいてくる。
「さぁ~て、どう痛めつけてやろうか。まず、その反抗的な目を……ぎゃ」
何かが動く音。
小さな悲鳴。
どさりと、何か質量があるものが倒れた音。
無音。




