表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/152

17

 思戯が向かっている建物の向こうには、大きな河と、並んだいくつもの舟が見える。

 後ろを振り向くと、慶珂が心配そうな目でこっちを見ていたので、ゆっくり頷いて、前を見た。思戯は私を待って、その建物の扉を開けた。


 中は、活気あふれる待合室、のようになっていた。

 扉を開けると、まず豪華絢爛な大きな衝立が置かれていて、横にカウンターのような所があった。そこにお店の人がいて、料金を支払うようだ。

 思戯が、そのお店の人に近づくと、ベテランのようなお店の人は、ハッと気づいたような顔になった。


「お待ちしておりました。本日ご予約の舟をご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ。二階でお待ちになられますか?」

「いや、今日は良い。下で待つ」

「かしこまりました。あいにく、本日は込み合っておりまして、他のお客様とお待ちいただく事になりますが、よろしいでしょうか」

「ああ」


 流れるようなやり取りののち、思戯は私を振り返り、少しだけ申し訳なさそうに私を見た。


「少し、窮屈な思いをするかもしれない。すまないな」

「かまいません」


 他のお客さんと一緒に待つ方が、逆に良い。沈黙はやっぱり、ちょっとしんどいから。気がまぎれる方が良い。

 思戯が何か手続きを済ませ、店の人に案内されて、衝立の向こうへ歩き出した。慌てて後を追う。


 待合室、という印象は間違ってなかった。

 広い部屋に、いくつもの椅子、長椅子が置かれ、そこにめいめい人が座っている。庶民っぽい人から、金持ちのような人まで。たくさん。


 ……っていうか、女性多くない?!


 周りの女性はみんな着飾っており、薄めの服に、こまかい飾りがたくさんついた、かんざしやブレスレット、ネックレスで飾り立てている。

 貴賤は関係なく、女性はみんな、キラキラしていた。

 私、もしかして、地味? ちょっと良い服着てきたんだけど、地味?!

 そんな沢山の人の間をすり抜け、ちょっとした個室に入る。

 そこにも、着飾った女性と、金持ちそうな男性。

 いくら鈍くて、世間知らずな私でもなんとなく気づいた事があるんだけど、もしかして、ここってデートの定番みたいな所なのかな。映画館的な。


「それでは、準備できましたら、お呼びいたします」


 そういって、お店の人は、出て行った。

 個室には、八人程座れるのだが、すでに六人座っていて、思戯の隣に座るしかなくなった。立ってていいなら、立っていたい。そうとも言えず、促されるまま、座った。

 すると、思戯は横には座らず、横に立った。座らないのかと思って見上げると、良い、と言ってそっぽを向いた。正直ありがたいんだけど、気を使っているのか、思戯も私の横に座りたくないと思っているのか。その想像には、ちょっと、胸の中がもやっとした。


「あらぁ、ごめんなさいねぇ。ここ、どうぞぉ」


 私の左横に座っていたしゃなりとした若い女性が、甘ったるい声で、私達に声をかけてきた。化粧が濃く、服が薄い。

 連れである男性に腕を絡ませ、持たれかかっていたが、私達にそう声をかけると、連れの男性の方に更に詰めてくれた。連れの男性も微笑んで、女性の腰に手を回し、もっと女性を抱き寄せるような形になった。

 み、見慣れてないから、ちょっと恥ずかしいんだけど。

 ちょっと困りながら、助けを求めるように思戯を見てしまう。思戯も、どうしようかと悩んでいるようだった。

 女性がわざわざ詰めてくれたのだから、その好意を無駄にするわけにはいかない、よね。


「ありがとう、ございます」


 私は一旦思戯から視線を離すと、女性の方に詰めて、右側の空間を広くした。

 また思戯を見ると、思戯もちょっと困ったような顔をしていたが、耳の後ろをかいて、慎重に私の横に座った。

 なるべく端の方に寄せて座ったが、なにぶん、椅子の幅は限られているし、この人は武人であるからか、普通の男性より少しだけ幅がある。細マッチョ、というより、普通とマッチョの間みたいな幅だ。

 自分より質量のある物体が、横に座っている、という状況に慣れない。しかも、少し動けば触れてしまいそうな、距離。


 周りは、ざわざわと楽しそうにおしゃべりをしている。

 私達だけ、お互いの存在を感じながらも、沈黙している。

 触れそうで、触れない距離。

 二人だけの静寂。

 どちらも、何のアクションもしない。

 なのに、勝手に早まる鼓動。

 緊張しているのだろうか。

 わからないけど。

 周りの音だけが、滑っていく感覚。

 周りだけが、動いていく感覚。

 お店の人に呼ばれ、一組、また一組と席を立って行く。


 そうして、どれだけ沈黙していたかわからないけど、部屋の中には、私達二人だけになった。


「なあ」

「お待たせしました。お客様、こちらへどうぞ」


 思戯が何か話しかけてきた瞬間、扉が開いてお店の人が入ってきた。思わず思戯を見ると、バツが悪そうに頭の後ろをかき、立ち上がった。私も、つられるようにして立ち上がる。


「……今日はえらく手間取ったな」


 思戯が、お店の人に当たり前のように話しかける。話しかけられた方も、とくに驚くでもなく応える。


「申し訳ございません。予定していた船頭が急に……所用で来れなくなりまして。代わりの者を探しておりました」

「そうか」


 思戯は、それ以上は興味がないといった風に、外を見た。

 私といえば、お店の人が行った先、河の方へ通じる扉の、外を見たくてしょうがなかった。

 思戯が、扉を抜ける。続いて、私も。


「わぁ!」


 眼前には、広い河。太陽の光を浴びて、キラキラ輝いている。

 そして、水面には、いくつもの水の轍。それぞれの舟の後を追うように、線となって複雑な模様を水面に描いている。

 まさに、水の都。舟の街だ。見た事のない景色に、胸が弾む。


「下見て歩いた方がいいぜ、この辺危ないからな」


 思戯の声も、耳を素通りする。

 ゆったり行きかう、細い舟。屋台舟は、とどまるように揺蕩っている。向こう岸には、白壁の家や石造りの橋。

 色んなものに気をとられていたせいか、足元が確かにお留守になっていたようだ。

 どこからどうなっていたかわからないのだが、踏み出した右足が、地面を、踏まなかった。あろうことか、そのまま体勢を崩して、地面へーー、


「おい、大丈夫か」


 倒れなかった。

 がっしりとした腕が、私の上半身を、支えてくれたからだ。

 その腕は、まさかと思っていたが、思戯から、伸びていた。

 私が姿勢を立て直すと、さっと腕は離れて行った。

 え? な、何今の?! っていうか顔近かったんだけど!?

 心臓が、一拍遅れて、早鐘を打つ。


「だから、危ないって言ったろ。階段」


 思戯が、ふと笑いながら、下を指さす。確かに、そこから階段が始まっていた。

 恥ずかしさと、何やらわからない感情が、胸の奥からこみあげてきて、顔が熱くなる。


「あ、の、ありがとう」

「どういたしまして」


 思戯はそういうと、また少しだけ笑って、さっと顔を前に戻した。スマート…! ,慣れてる感じがすごくて、なんか逆に嫌だ。


 それからは、おとなしく足元に注意しながら階段を降りて、階段から続く桟橋を歩いた。

 桟橋には、色んな舟が泊められていて、ところどころ歯抜けになっていた。今いない舟は、使っているのだろう。だとしたら、結構な数の舟を所有しているようだ。

 このお店、大きなお店みたい。


 お店の人が先導してついたのは、一つの小舟の前だった。船頭さんらしき男性が、一人待機している。

 小舟といっても、丈夫そうな木でできているみたいで、座る所に布がかけられていたりと、ただの舟とは少し違うようだ。 


「それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

「本日はよろしくお願いいたします」


 お店の人と、船頭さんがそれぞれ挨拶し、お店の人は来た道を戻っていった。

 どうしよう、私、舟乗った事ないから、乗り方がわからないんだけど。

 ひとりであたふたしていると、思戯がさっさと、縦に長い棒を掴み、軽やかに舟に乗り込んだ。

 そうやって、乗るものなのか。私も、見よう見まねで乗るしかない。

 そう思って、長い棒の方に手を伸ばすと、すっと、別方向から手がのびてきた。

 ビックリしてその手の方を見ると、既に乗り込んでいた思戯の手だった。驚いた顔のまま固まっていると、思戯の方もえ? みたいな顔で止まった。

 しばしの沈黙。

 伸ばされ、差し出され続ける、手。

 私の方が、根負けしてしまった。船頭さんを待たせるのも、悪いよね?

 覚悟を決めて、棒の方に伸ばしていた手を、思戯の方へ、おそるおそる伸ばした。

 手を、重ねる。大きい。そして、ちょっと冷たい。固いのは、剣を持つからだろうか。

 私のほうが緊張して、変な汗出て来た。

 さっさと乗ろう。

 重ねた手に力を込めると、向こうもグッと踏ん張るように手がこわばった。そのまま、トンっと桟橋を蹴り、舟の上に降りる。私が下手くそに乗ったせいで、舟が揺れる。それを、思戯と船頭さんがうまい事して、治めてくれた。

 怖かった! でも、ちょっとドキドキして、楽しかったかも。

 と、手がすっと離れていった。離して、はじめて強い力で握ってしまっていた事に気づいた。冷たいと思った手も、離れてみれば、暖かったのだと、思う。

 その思考に恥ずかしくなって、うつむいた。


「それでは、危険ですので、お座りください。今日はどのようにいたしましょう」


 船頭さんの言葉で、ハッと我に返って、自分の後ろにある座れる所に座った。椅子ではなく、柱のような所だが、布というか、座布団が置いてあるから、ここが座る所で間違いなさそう。

 座ると、ちょうど思戯と向かい合う形になる。やっぱり、うつむいてしまう。顔を見たら、こっちの顔が真っ赤になりそうな気がしたから。


「任せる。適当に、有名所を回ってくれ」

「かしこまりました」


 思戯の言葉で、ゆっくり舟が動き出した。

 ゆらゆらと揺れながら、川面に水の轍の線を引く。

 せっかく舟遊びが始まったというのに、私はしばらくの間、顔も上げられずに、、足元の板ばかり見つめる事になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ