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 そして。


 朝食を済ませた後、彼らはすぐに移動を開始するとの事だった。色々状況が変わってきているらしい。

 そんな慌ただしい中、私はその彼らの移動の前に、戴に移送させられる事になった。これはもちろん詭弁うそで、もはや用済みの私が戴に送られたって何の役にも立ちはしない。素直に環に帰さず、判断を仰ぐ為に戴へ送る、というポーズを示して、その途中で抜け出して環に戻る手筈になっていた。護送の兵は思戯が信頼を置く人達らしく、間違いなく逃がしてもらえるだろうという事だった。

 ……これが、今生の別れとなるんだろう。

 なんとなくわかってしまった。


 もう一度、思戯と話したかったけど。

 いざ、見送りに出て来た思戯を見ると、いつもの平静さを崩さない彼を見ていると、私にはもう何も言えなくなって。


「死なないでね」


 必死に絞り出した言葉が、これだった。もっと気の利いた事を言えたら良かったんだけど、私にはできなかった。


「ああ。珠香も」


 思戯も、思ったよりは重たい口調で、私に言った。途端に。


「大将ー、もうちょっと言い方ってもんがあんだろー」

「そーだそーだ。せっかくこんな所でお嬢に会えたのに」

「接吻の一つでもしてもらったらあ」

「ひゅーひゅー」


 周りから、盛大に野次が飛んできた。ビックリした。そんなに周りに人が居ると思ってなかったし、なんなら私達の護衛(仮)の二人も言い出したからだ。


「うるせー! テメーらは持ち場に戻ってろ!」


 そんな彼らに怒鳴る思戯の顔は、心なしか赤くて。恥ずかしさのあまり、私の方が赤くなってるかも。


「とにかく。長永江の手前までは、こいつらで何とかするから。その後は頑張って辿り着けよ」

「うん。ありがとう、思戯」


 また、泣きそうになってしまったので、一生懸命笑顔を作る。


「また、ね」


 私のその言葉に思戯は、曖昧に微笑むだけだった。








 戴の野営地を離れて、私達四人は足早に移動していた。

 もちろん、私達が兵士の足についていけるわけないので、彼らにとっては普通の移動速度なのかもしれない。正直、若いとはいえ運動不足気味のこの身体では、彼らについていくのもやっと、どころか足手まといだった。彼らが、何と言い含められているのかわからないけど、なるべく早くあそこから遠ざかろうとしている事だけはわかった。ので、頑張ってついて行った。


 出発して一日目の夜は、何とか小さな集落にたどり着き、農作業用の小屋を貸してもらえる事になった。野宿よりよっぽどマシだ。獣怖い。お札ももうないし。

 彼らが火を熾してくれたので、泊めてくれた人がちょっとわけてくれた野菜を使って、簡単に野菜炒めを作った。ら、思戯の部下の二人は美味しそうに食べてくれた。ついてきてくれたのは、丁、と呼ばれたあの若い子と、年上の六だった。


「いやー、相変わらずお嬢の作るもんはうめーな」

「わかる」

「簡単なものだけど、口に合ったのなら良かったわ」


 ふふんと得意げな顔をすると、同じくもぐもぐ食べていた慶珂が、ぼそりと呟く。


「お嬢さんも、すっかり料理作るのが当たり前になったよなあ」


 それは、呆れているような、感心しているような、不思議な語感だった。丁が、口の中にあったものを飲み込んで、慶珂を見る。


「そうなん? お嬢、めっちゃ手慣れてるじゃん、ずっと作ってんじゃないの?」


 話しかけられた慶珂はちょっと驚いたような顔をしたあと、苦笑した。


「貴族のお嬢様は、料理なんてしないんだよ。普通はな」

「へー、やっぱりお嬢は変わってんだな」

「おい、丁」


 たしなめるように六が声を発すると、丁は肩を竦めた。


「ごめん」

「いいのよ。よく言われるから」


 素直に謝ってきたので、こっちも軽く許す。


「はー。なるほど、大将が惚れるだけあるわ」

「なっ」


 六がいきなり変な事を言いだすので、耳まで真っ赤になった。

 自覚、してしまったこのタイミングでそんな事言われると、自意識がどう反応していいのか困っている。否定したいのか嬉しいのか言葉が出てこない。


「あ、あああの、片付けてくる」

「お嬢さん俺が」

「いいの!」


 結局、逃げてきてしまった。

 外の井戸の側で、食器や使った鍋などをささっと洗う。下を向くと、涙がこぼれ落ちた。最近、涙腺が壊れてしまったようで、心とは関係なく流れるようになってしまっていた。

 洗い終わり、涙を強引に拭って、みんなの元にもどる。

 と。


「すごいな。細かいところまで、こんなに」

「へへーん。そうだろ」

「丁は昔から手が器用でな」


 なんだか、三人でわいわいやっていた。


「何、どうしたの?」


 入りながら声をかけると、慶珂が掌に何かを乗せて、近寄ってきた。


「お嬢さん見てくれよ。これ、丁がさっき作ったんだぜ」


 慶珂が差し出してきたのは、ちいさな木彫りのウサギだった。ウサギは比較的安全な獣として認知されており、飼育もされている。その、前世とあまり変わらない姿の可愛らしいうさぎの姿を、木彫りで作れるなんて。しかも、この短時間で。


「そんなんで良かったら、やるよ」


 丁を見ると、手元でナイフぐらいの短刀を器用にクルクル回していた。慶珂から受け取った木彫りのウサギは、粗削りだが、もっと時間をかけたら売れるレベルの物だった。いるよね、器用な人って。


「凄いわ、丁。今までも何か作っていたの?」


 マジマジとその小さなウサギを見ながら話しかけると、丁は短刀をしまいながら何でもないように返事をした。


「いや。財布盗んだりしてた」


 ぎょっとして思わず丁を見てしまったが、丁は普通だった。逆に、私が見た事に首を傾げているぐらいだ。彼もまた、貧困層の出身だったのか。六が、あちゃーみたいな顔をしていた。


「そ、っか。でも、本当に器用だから、何でも作ろうと思ったら作れそうよね。あ、じゃあ今度、簪でも作ってみたら」

「かんざしぃ? 俺そんなの見た事ねえよ」

「そうなの? こういう物、って見せてあげられたらいいんだけど、あいにく私も逃げ出すときにいろいろ置いてきたり無くしたりしたからなぁ」


 荷物はだいぶ散逸してしまった。持って出たのは燎に返してもらったが、それでも減っていた。けれどそれをとやかく言うつもりはない。丁が、こてんと首を傾げる。


「ああ、お嬢ってあれだろ。戴に連れてこられた貴族のおひめさんだったんだろ」

「お、お姫さん?」


 姫って、環では環公にぐらいしか使ってるの聞いた事無いけど。彼らにとっては、貴族の娘も遠い存在なんだ。でも、ちょっとわかる、と記憶の中の前世の私が脳内で呟く。


「環では、姫って環公の事を指すのよ。だから、その呼ばれ方くすぐったいわ」


 私が肩を竦めてそう言うと、丁と六が不思議そうに顔を見合わせた。


「そうなんだ」

「ま、俺たちにとっちゃどっちでも一緒だからよ。こうやって横で話してんのも、なんかの幻見てるような感じだしな」

「っていうか、お嬢、その辺の娘とあんまりかわんねーんだもん」

「それな」 

「そりゃ、その辺の娘とそうそう変わらないわよ。私は私。それ以上でも以下でもないし」


 二人の言い草に苦笑しながら、ふと思う。

 そうか。

 何が有るか知らなければ、何ができるかできないか、そんなのわからないよね。色んな技術や教えがあるって知らなければ、それらを勉強する事すら叶わない。私はこちらに生まれてからずっと、風伯先生という偉大な知識人が居たし前世の記憶もあるから、おそらく普通の人より環境が良く知識を詰め込めた。

 でも。

 彼らには、そういう場すら与えられなかったのだ。

 どうにかして、そういった人達に向けて学べる場所を提供できたりしないかな。綜の大学のような、専門的過ぎたり官僚になれる人だけが学べる大学ではなくて、もっとこう、学校のような所。そういうの、作れないかな。

 私の胸に、小さな光が灯った気がした。


「そっか。俺も、お嬢が大将の想い人で良かったよ」

「?!」


 六の言葉にハッとした。さっき丁に言われた時と同じように真っ赤になる。が、今度は逃げ場がない。一気に耳まで赤くなった。

 でも。

 すぐにしゅんと冷めてしまう熱。


「……でも、もう」


 目線が下に降りて、思った以上に力ない言葉がもれた。横で丁が慌てる。


「えっと、さ。大将は本当に凄いんだぜ! この前も、敵陣に取り残されたけど、結局ほぼ損害無しで、逆に相手の大将を倒せたし。だから、今回も大丈夫! お嬢は環に帰るかもしれないけど、大将ならお嬢ぐらいひょいって攫えるって」


 彼らの信仰は、過去の偉業に基づいているようだ。それだけ堅固で、崩せないものなのだろう。私にも、彼らの見出した希望が少しだけお裾分けされた気分だ。……それより。


「それって、ただの人攫いじゃ」

「えっ? 戴じゃ、大将に攫われたい~って女共多いぜ?」


 それとこれとは話が違うと思うが、丁にどうやって説明したらいいんだろう。


「まあ、強引に攫われるより、熱烈に告白されたいって乙女心ってやつじゃないのか」


 困っていたら、六がさらに面倒な事を言いだした。頭が痛い。


「ちがう。私の……意思が存在して無いのが、嫌なの」


 うまく言えなかったけど、二人はなんとなく納得してくれたようだった。

 

「明日もさっさと移動するんだろ。早く寝ようぜ。お嬢さんは、あっちな」


 慶珂が空気を読んで、声をかけてくれた。しかも、私用だと差す先には簡易的な棒と布で衝立のようなものがあった。丁だろうか。器用すぎる。 


「わかった。慶珂たちは?」

「雑魚寝する。雨風がしのげるだけ有り難いからな」


 六の言葉に、二人も頷く。彼らに悪い気がするが、確かに男性の中に入って一緒に雑魚寝する勇気は、ない。それは勇気なのかわからないけど。


「そっか。じゃあ、申し訳ないけれど、ここは私が使わせてもらうね。……おやすみなさい」

「おやすみ、お嬢さん」

「おやすみー」

「ああ」


 挨拶も済ませたので、私は簡易的な衝立を回り込み奥に行った。そこには、粗末な布団が一組敷いてあった。これだけ借りられたのだろう。贅沢は言えない。私がこの中で一番身体が弱いのは、仕方がない事だから。

 明日もさっさと移動して、彼らを解放しなければいけないんだ。

 そう決意して、目を閉じた。


 衝立の向こうから、かすかに人の声がしたが、聞き取れる事はなく、すぐに眠りに落ちていた。

六は名前の通り農家の6男で貧し過ぎて家出してきたあと、しぎ達に会って一緒に軍へ

丁は親に人買いに売られた後逃げ出し、飢えてる時に六に会って軍に入った

(本編にかすりもしない設定)

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