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 一日経っても、二日経っても、五日経っても思戯は現れなかった。

 というか、この集団も移動をしていて、一か所にとどまるのは長くて一日程度だったから、すれ違ったりしていてもおかしくなさそうだった。

 まさか、燎に騙されているのではないだろうか。そんな不安も出てくるが、言えるわけなかった。

 ただ大人しく、言われた通り軟禁されて、移動して、また軟禁されるの繰り返し。

 だけど。


 だんだん軟禁生活にも飽きてきて、ついには食事ぐらい作らせろと言ったら、それはあっさり了承された。

 みんな、同じ献立に飽きていたのだと思う。あり物で料理を作ったら、割と好評だった。

 宰相にも会えたこの料理スキルを、なめてもらっちゃ困る。

 で、そこで料理したりふるまったりしていると、自然と彼らと打ち解けてもくるわけで。


「うっめー。貴族の娘さんなんて、針より重い物を持てないって聞いてたから、意外だったぜ」


 確かにこの集団は、荒っぽいというか庶民でも下の方の暮らしをしていただろう人達が多い。だけど、ちゃんと言葉を交わして交流してみたら、良い奴も多いみたいな、不良が良い事したら好感度の跳ね上がり方が大きいみたいな現象になっていた、私の中で。もう、料理をふるまう時はオカンぐらいの気持ちでいる。


「そうでしょ。だてに諸国に攫われてないからね」


 私渾身のギャグは、誰にも聞かれずに終わった。


「おかわり!」

「はいはい」

「おい、食料は有限なんだぞ、気を付けろ」

「でもめっちゃ美味いぜ。こんなの喰った事ねーし、最後かもしれないじゃん」

「えっ?」


 この集団の中でも若い男、彼はていと言うそうだが、が、しまったみたいな顔をした。周りも、どうしよう、みたいな雰囲気になる。


「ねえ、どういう事? 近々、戦闘でもするの?」


 幸い、燎はここを離れている。彼らも燎には気を使うので、聞くなら今しかないだろう。


「教えてくれないなら、明日のご飯、作らないから」

「そんなー! 明日はもっと美味いもん作ってくれるって言ったじゃねーか」

「そうね。余った物でもちゃんと活用して美味しく仕上げる事ができるわ、私なら。でも、教えてくれないなら、作ってあげない」


 おほほと女王様のように手を口に当てると、周りがザワザワしだした。あれ、私今が一番敬われているというか必要とされているのでは? ちょっと嬉しい。

 私がかまどの前で仁王立ちをしていると、ちょっとぐらいなら、みたいな雰囲気になって、結局その中で一番年上の、といっても三十代にもならないぐらいの男性が出て来た。彼は確かろくって呼ばれてた人だ。

 この小娘相手に、思案しながら言葉をかけてくる。


「あー、っとな、お嬢にはわかんねーと思うが、今、戴は戦争してんだよ」

「知ってる。尹とでしょ」


 考えながらかけた言葉を一蹴した私に、驚きの目を向ける面々。そんなに阿呆面じゃないでしょ、私。

 ……胸の奥で、尹に置いてきてしまった男の子の顔が思い出されて、ズキリと痛くなるが、顔には出さない。

 私がその事情を知っているという事で、ますますどう言っていいのかわからなくなったようだった。目を見合わせる彼ら。

 と、六の横にいた身長の低い男性が声を上げる。彼は低身長だからしょうって呼ばれてるらしかった。


「じゃあ、話がはえーや。その尹への援軍を止めるのが役目なのさ、俺ら」

「援軍って、どこからのよ。っていうか、ここどこか知らないけど、尹ってもっと東でしょ」 


 私の疑問に、答える言葉は無かった。


「さあ。でも俺ら、そう言われてここに居るだけだからなぁ」

「そうそう。大将が先に行って、俺らは後方部隊だから。おそらく明日には合流できるだろって」

「大将って、思戯の事?」


 その言葉には、みんな頷いた。


「そ。俺たちは、大将がお山のガキ大将やってる時からの連れなんだよ」

「大将、さいしょっから貴族の武将じゃなくてさ、貧困層から出世したすげー奴なんだよ」

「な。偉くなっても、俺たちには偉ぶらねーし」

「ちゃんと仲間として扱ってくれるしな」


 ああ、とここで色んな事が繋がった。

 あの牢屋で聞いた、思戯の生い立ち。貧困層で食べられなくなって軍に入ったのは、何もあの二人だけじゃ無かったんだ。彼らもまた、思戯や燎と同じく軍に入り、そこからずっと思戯達と共にいたのだろう。

 なんか、ちょっと涙ぐんでしまった。

 あの、初見は性格破綻者にしか見えない人でも、こんなに慕ってついてきてくれる人達がいたんだなって、良かったなって。


「って、なんで涙ぐんでんの、お嬢」

「いや、あの思戯にこんなに慕ってる人がいっぱいいて、良かったなぁって」

「ああ。大将、仲間以外には冷てーもんな」

「あれ? でも女には優しい筈だけどな。お嬢、なんか言われたん?」

「女っていっても、遊郭の女にだけじゃね?」

「ぎゃはは、言えてるかも。やれる女な」

「おい、お嬢がいるんだぞ」


 危ない。誰かが止めてくれなければ、そのまま下ネタにいきそうだった。ありがとう、たぶん六。

 仕切り直すように、私が咳払いをすると、注目がまた集まった。


「とにかく。明日には、その思戯の方と合流するのね?」

「多分な。副はそう言ってたぜ」

「……合流したら、どうなるの?」


 嫌な、予感がする。

 双子たちと別れてからずっとしている、背筋にまとわりつく嫌な感じ。

 彼らは、何でも無い顔をしている。


「その援軍を止める。それが俺らの役目だから」


 口がわなないて、言葉が出ない。

 彼らは、その援軍と戦闘をするのだろう。だから、美味しい物を食べられるのも最後かもしれないと、当たり前のように口にするのだ。どんな風に生きてきたのか、垣間見える。


「援軍、きてるの?」

「ああ。既に大将が一戦やってるハズだぜ、なあ」

「あ、馬鹿、それは言うなって」

「やべっ」


 思考が、グルグルと負の方向に回り出すのがわかる。

 嫌な予感はずっと背筋にまとわりついているし、彼らの言動がそれに追い打ちをかける。

 なぜ、燎は嘘をついたの?

 なぜ、彼らはそれを口止めされているの?


「……ごめん。ちょっと、頭痛いから、戻るね」


 私は、今まで持っていた鍋の中身を掬う為のスプーンを置いて、フラフラとテントに戻った。

 引き留める者は、居なかった。





 テントの中に独りで入ると、身体から力が抜けた。膝から崩れ落ちる。

 頭の中がグルグルして、考えがまとまらない。

 なんで?

 それだけが駆け巡る。


「あれ? お嬢さん、賄いは終わったのか……って、顔真っ青じゃないか。俺が離れてる間に、何かあったか?」


 丁度よく、外で薪を拾っていた慶珂が戻ってきた。縋るように慶珂を見ると、焦ったように私の前に座る。


「慶珂、ちょっと、考えをまとめたいの。話、聞いてくれる?」


 私がそう呟くと、怪訝な顔をしながらも、おとなしく慶珂は座って私を見た。

 それを無言の肯定ととって、私は口を開く。


「私達、今、どの辺にいるのかしら」


 ちょっとだけ慶珂は考えていたが、すぐに応えた。


「おそらく、綜の方に逆戻りしてる形だと思う。それか、北だな」

「私も、環から遠ざかってる気がしてた。で。さっきここの人達に聞いたんだけど、彼ら、尹への援軍を止める為にここにいるんだって。戴が止めたい援軍って、綜、よね。明らかに」


 私の言葉に、慶珂は驚いたような顔をした。


「そうなのか? でも、尹への援軍ならこんな所通らないだろ」


 当たり前の事を口にする慶珂。それに頷く私。


「そうよね。でも、先行している思戯は、既に一回戦ってるらしいの。ここを通る援軍ってつまりさ……尹じゃなくて、環への、援軍よね」


 自分で口にしておいて、背筋が寒くなった。ブルッと身震いしてしまう。


「だって、おかしいよね。尹に綜が援軍送るなら、長永江を渡れば良いだけだもん。こんな、長永江を挟んで対岸のここまで来て止める援軍って、明らかに環に行かせない為でしょ。巴と戦ってる筈の、環に。巴と戴が共謀しているなら、知ってるもんね、どこがどう動いていくるかなんて。……ああ。だから、環は綜へ速やかに援軍を頼んだんだわ。悠陽を遣わせて。綜に私を迎えに来たのが、口実なのか本当なのかわからないけど、援軍を頼むために、わざわざ司馬の跡取りをよこしてまで」

「お嬢さん、一旦落ち着け」


 自分の考えにヒートアップして喋り続けていたら、慶珂が止めてくれた。

 ハッと我に返ると、途端に酸素不足を感じた。何度か大きく深呼吸する。

 そんな私の様子を見て、慶珂が冷静に言い放つ。


「お嬢さんの話は、全部仮説だろ。何か証拠があるわけじゃない。全て、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、って話じゃないか。あんまり、思いつめないでくれよ」


 慶珂の言葉には、一旦頷く。だけど。


「でもさ、そうだったら辻褄が合うの。環の貴族の娘を、ここに置いておく意味が。もし、私が環にたどり着いたら、援軍が邪魔されてます、この辺りですって報告されるじゃない。それで、環軍がきて後ろから挟み撃ちにでもされたら、ここの人達負けちゃうじゃない」


 私のその説には、慶珂は否定も肯定もしなかった。


「環の人間じゃなかったら、逃がしても良いわけじゃない。でも、逃がす事も、ましてや殺す事もされてない。私はここでも、環の貴族の娘という偶像なんだわ。人質として、こんなに価値があるなんて知らなかった」


 ハッと吐き捨てるように笑うと、慶珂が痛ましそうな表情になった。ああ、慶珂を傷つけたいわけじゃなかったのに。


「……ごめん、慶珂」

「なんで謝るんだよ。それより、頭に血が上った状態じゃ、冷静に考えられないぜ。とりあえず落ち着いてくれ」


 慶珂の言葉に小さく頷き、また深呼吸を繰り返す。

 少し落ち着いてきたような気もするが、それは、中断された。


「よ、邪魔するぜー。珠香ちゃん、あいつらに手料理ふるまってくれたんだってー? ありがとな」


 いきなり、燎が入ってきたからだ。

 思わずビクッとしてしまったが、変に思われなかっただろうか。

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