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私達は、つまり私と慶珂は、おそらく燎の使っている一番良いテントに、ほぼ軟禁された。
出入口には、兵士が二人立っている。
だが、慶珂と二人っきりにしてもらったのは幸いだった。
はぁーっと、横で大きな溜息を吐く音が聞こえた。慶珂だ。
「なぁんで、こうなるんだろうなあ」
独り言のように呟かれる言葉には、答えをあげられない。代わりに。
「慶珂だけでも居てくれて、本当に良かった。ねえ、あそこを出た後、何があったの?」
気になっていた事を、ようやく聞けた。
慶珂は、どう言おうか迷っているように耳の後ろを掻いたあと、もう一回大きく息を吐いて、私を見た。
「……俺も、お嬢さんが無事で良かったよ。あの宿を出た後、普通に街道に沿って歩いていたら、峠にさしかかった所で何者かに襲われたんだ。兵士たちは山賊だって言ってた。
で、珊瑚さんが馬車から出てきて、戦えない俺に馬車に乗れって言ってくれて、中に乗ったらお嬢さん苦悶の表情で寝てるじゃん。呆れて起こせなかったぜ……。そんで、兵士たちが馬車守ってたはずなんだけど、馬が急に暴れだして。誰も止められなくて、たぶん、あの崖から落ちたんだと思う。お嬢さんの為に中に座布団敷き詰めてなかったら、危なかったかも」
「あ、それ私も思った。これのおかげで助かったんだろうなって」
慶珂の話に口を挟むと、慶珂は苦笑だけして、続きを話しはじめる。
「んで、運よく無事だったけど、お嬢さん起きないから、とりあえず水汲んでこようって外に出て川に近寄ったら、あいつらと丁度出くわしてさ。仲間は崖の上だし、大声だしても届かなさそうだしで、一生懸命命乞いしてたら、お嬢さんがのこのこ起き上がってきた、って感じかな」
言葉にトゲが含まれている……仕方ないじゃない。マジで周りの状況わからなかったんだから。
「そっか。大変だったね、ありがとう慶珂」
何か言いたい事をグッと堪えて、慶珂は頷いた。そして、頭痛そうに額に手を当てた。
「どうするんだよ、これから」
私に言ってるというよりは、慶珂の心の声なんだろう。だけど私はそれに答える。
「ごめんね、慶珂。巻き込んじゃって。慶珂だけでも何とか外に」
「できるわけないだろっ」
私の言葉に言葉をかぶせてくる慶珂。はぁーっと大きく溜息を吐く。何回目かわからない溜息を。
「できたとしても、逆だろ。お嬢さんだけでも逃がして、環に戻ってもらわないと……まさか、好いた男と居たいから敵地に残るなんて、そんな事言わないよな」
釘を刺すように、厳しい目を私に向ける慶珂。慶珂までそんな事言うなんて。心外そうに頬を膨らます。
「言うわけないでしょ。思戯には、本当に借りた物を返したいだけ。会ったら、すぐ帰るわ……帰してくれるなら、だけど」
最後の方の言葉は、尻つぼみになってしまった。慶珂も、だよなぁ、と嫌そうにつぶやく。
「おかしいだろ。長永江を挟んで対岸に居る筈の、しかも尹と戦してる最中の国の奴らが、なんでこんな中央付近に居るんだよ」
「それなのよ。向こうも、ここに居るの知られたくないっぽいのよね。私が環の人間だって、燎さんは知ってるわけじゃない。なんか、急に引き留めだした感じじゃなかった?」
「そうかな。そこは本当に思い付きで言った、みたいな感じに思えたけど」
「そっか。なんにせよ、戦がはじまってしまって、私はもう用済みの人間の筈なのに、環にすんなり帰してくれない事に、不信感がぬぐえないのよね。あの人自身は良い人かもしれないけど、結局戴の指示には逆らえないじゃない? 怖いよね……」
私が自信なさげにそう言うと、慶珂は肩を竦めた。
「お嬢さんは、本当に悪運が良いよな」
「だから、悪運が良いって何よ、悪運って」
わざと拗ねたように言う。そして、顔を見合わせて二人同時に苦笑した。
「まあ、とりあえず様子を見ましょう。本当に思戯に会えるなら、もしかしたら私達を逃がしてくれるかもしれない。燎さんは言っても多分無理だろうし」
私が苦笑しながらそう言うと、慶珂は微妙な顔をした。な、なんだろう。
だけど、慶珂が口を開く事はなかった。
なぜなら。
「よう、邪魔するぜー。おっ、珠香ちゃん元気出た感じ?」
燎が、急にテントの中に入ってきたからだ。
「はい。だいぶ、良くなりました」
「そっかそっか、良かった。確か、めっちゃ乗り物酔いしてたよな」
「そうです。おかげで、助かりました」
いつものニヤニヤ顔ではなく、ニコニコという表情でテントの中央部分、私達の目の前に燎は座った。
ち、近い。パーソナルスペースが近い人だ、この人。
それに、わざわざ人当りの良さそうな笑顔になってるの、逆に怖い。
「いいのいいの、困った時はお互い様だろ。んでな、思戯なんだけど」
私がピクッと反応したのを見て、一旦言葉を区切る燎。続きが聞きたいのに、聞きたくない。
なんだ、この間。
笑っていた顔をスッと困ったような顔にして、燎が、ゆっくり口を開く。
「ごめんな、ちょっと問題が起きたらしくて、明日こっちに戻って来られないそうなんだ。もうちょっと待っててもらえる? もちろん、その間の面倒はちゃんと見るから、安心してよ」
瞬間、色んな考えが頭をよぎったが、何も口からは出てこなかった。ただ一言、
「そう、ですか」
それだけが、こぼれ落ちた。
「そんな、お世話になるなんて申し訳ないです。ご当主様に言いつけられているので、明日には環に向けて出発したいのですが」
慶珂があくまで従者として意見を言うと、スッと燎の目が細められた。ああ、そうだった。この人、薄笑い浮かべてるからチャラいだけかと思いきや、怖い所がある人なんだった。
だが、あくまで表面上は穏やかに、慶珂に接する燎。
「そっかー、主人に言われちゃあ、使用人としては困るよなあ。だけど、こっちにも事情があんだよねぇ。……珠香ちゃんはどうしたい?」
笑っていない目で、笑った風な表情で、私を見つめる燎。答えなんて、一択しか許さないくせに。
キュッと唇をかんだが、答えないわけないはいかない。燎の無言の圧力がかかる。
私は。
「わかり、ました。待ちます。思戯を」
それだけ、何とか言葉にする事ができた。途端に無言の圧力が無くなり、燎の顔がパッと明るくなった。
「そっかそっか、わかった。思戯にはちゃんと早くしろって言っておくよ。ああ、あと、夜中は獣が出たら危険だから、一応、外に出たい時は、外の奴に声かけてくれる?」
「はい」
燎の言葉に、事務的に返事をする。
私が素直に返事をした事に気を良くしたように、燎はニコニコと笑ったまま、
「むさくるしい所だけど、良かったらゆっくりしていって。じゃ」
そう言って、テントから出て行った。
完全に出て行ったのを待って、慶珂と顔を見合わせる。二人とも浮かんだ表情は、諦め、だった。
「……やっぱりな」
先に口に出したのは、慶珂だった。
「ええ。素直に帰してくれるとは思ってなかったけど、こうもあからさまだとね。逆にすがすがしいわ」
私が肩を竦めると、慶珂が苦笑した。
「そうだな。ま、手荒に扱われる事は無さそうだし、お嬢さんの言う通り、様子を見るしかなさそうだな」
慶珂の言葉に頷く。
もしかしたら、尹に攫われた時のように、珊瑚が見つけてくれるかもしれない。
希望を持つ事は悪い事ではないハズだ。
微かな希望を胸に、謎(戴)の集団の中で大人しく過ごし、様子を見る事にした。
だけど。
長永河→中央と南部を分断するように流れるこの地で一番長久手大きい河。渡るのに三日かかるとの噂だったが、実際は1日かからず対岸に着く模様




