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 翌日。


 うっすらと目を開けると、周りはまだ暗かった。起きる予定の時間より早かっただろうか。

 そう思ってうとうとと寝返りを打つと、かすかに廊下側から人が慌ただしく動く気配がした。使用人の人達だろうか。

 そこで、ハッとした。

 使用人の人達が動いているなら、起きないとまずいのではないだろか。

 もぞもぞと起き出し、薄暗いので火を灯した。

 眠気を振り払うように一つ欠伸をして、伸びをする。それで、ようよう支度をはじめた。




 慶珂が迎えに来る頃には、既に支度を終えていた。そんな私を見て、提灯を持った慶珂が苦笑する。


「おはよう。相変わらずの手間いらずだな」

「おはよ。そうでしょう。さ、行きましょ」


 私の荷物を慶珂が持つ。

 私はもう、後ろも振り向かずに部屋を出た。





 慶珂に案内されて、みんなが集まる外の広場に着くと既に、環の兵士が十人程と悠陽がいた。後はおいおい来るのだろう。

 水平線が、ようやく白み始めていた。紺と朱とが混じりあう美しい時間。

 

「おはよう、兄さん。早いね」

「おはよ、珠香。そっちこそ早いね。もうちょっと後でも良かったんだよ」


 準備している悠陽に話しかけると、苦笑しながらそう返された。肩を竦める。


「なんか、目が覚めちゃって。……馬車でしょう」

「うん、珠香は馬車に……ああ」


 私がげっそりした顔をすると、ハッと気付いた悠陽は苦笑し、私が乗るのであろう馬車を見た。

 私の乗り物酔いはかなり小さい頃から酷い。他の家族には全く無いか、克服しているのに。解せない。

 あの船用の酔い止め、馬車にも効かないかなと思ったが、珊瑚曰く無理だそうだ。まあ、それでなくても喋れなくなったり動けなくなるからね。副作用が怖すぎる。

 仕方なく、戴に行く時と同じ酔い止めが残っていたので、それを既に飲んでいる。あんまり効かないけど、喋れなくなったりはしないからね。喋らないけどね、馬車に乗車中は。


「珠香、慶珂が色々と用意してたみたいだけど、一応確認しておいて。馬車、一台しか用意が無いからそれで我慢してね」

「用意してもらえるだけ、ありがたいわ。確認しておく」

「うん。あと、おそらく珊瑚殿が一緒に乗ると思うから、その分の場所は空けておいてあげてよ」

「はいは……え、珊瑚さん?」

「うん。僕と春には馬あるし、他は歩きになるから」


 普通に聞き逃す所だった。同じ馬車に、珊瑚が? 女性だから別に良いんだけど、贅沢を言えば慶珂が良かった。まあ、立場的に無理か。


 悠陽にもう一度礼を言って、私はその馬車を確かめに行った。

 普通の、環で使われている馬車だ。流石に瑞の家紋などは入ってないが、貴族用のある意味乗り慣れた馬車。

 扉を開けると、戴に行った時と同じようにクッションが敷き詰められていた。もはや懐かしい、戴に行った時の記憶が思い出され、げっそりした。戴に行くよりは道が整備されているとはいえ、揺れるんだよ。綜の馬車を買いたい気持ちもあるが、値段が怖いんだよね。


 ふと周りを見回すと、白馬が二頭、他と離されて繋がれていた。立派な体躯に、美しい真っ白のたてがみ。

 間違いない。あれは双子の愛馬の、白風はくふう白雲はくうんだ。

 吉兆の象徴とされる双子に、これまた吉兆とされる白い馬を環侯が下賜されたのだが、この馬自体も特別な馬らしい。

 他の馬より早く、長い距離を走り続けられる、幻と名高い名馬なのだという。だが気性が荒く、主と認めた者以外には狂暴という、見た目の美しさに反した暴れ馬だ。

 だから、ああやって他の人や馬から離されて繋がれているらしい。ちなみに私は、近寄った時点で馬鹿にされた雰囲気を感じたので、あの二頭が苦手である。馬にも馬鹿にされるって辛い。


 私がぼけっと二頭の白馬を遠くから眺めていると、どんどん人が集まってきだした。ガヤガヤと少し騒がしくなる。

 春陽は広場に来てすぐ、自身の愛馬を見つけたようだった。

 嬉しそうに近寄って行くと、ぷいっと背かれていた。拗ねてる、あの

 困った様子の春陽が撫でたり餌をやったりして、ようやく機嫌を直す様子は、さながら幼児だ。面白いものを見た。


「さて、みんな集まったか」


 悠陽が、広場の真ん中で声を上げた。

 その声を聞いて、ぞろぞろ悠陽の周りに人が集まりだす。ざっと、環の兵士が十人ぐらい。そして私達。会わせて二十人弱か。思ったより人数が多くなったな。 


「それでは、これより環への帰途につく。が、行きの道中でもあったように、山賊が多くなっている。なるべく相手が引き下がるように威嚇をするが、引き下がらない場合は躊躇しなくていい。無事に、環に帰る事が目的だ。いいな」


 悠陽の言葉に、兵士が揃った声で返事をした。

 こういうのを見ると、悠陽はちゃんと瑞の、武門の家の跡取り息子として成長しているんだなあと思う。そして、自分の至らなさ無用さにへこむ。


 みなが揃い、ついに準備ができた。

 頃合いを見て、劉氏の当主が屋敷から出て来た。

 悠陽が礼を言うと、劉氏は鷹揚に頷いた。

 その劉氏に、瑞の家族三人でもう一度拝礼をして、いよいよ出発となった。


 劉氏と使用人の人達に見送られながら、屋敷の敷地を出る。

 そのまま道を進み、陽明門という門まで行く。ここにも門番がいたが、劉氏が言付けておいてくれたのだろう、あっさり通され、私達はいよいよ環への帰途についたのだった。








 綜を出て少しもしないうちに、馬車の揺れで頭が痛くなってきた。

 馬車に乗る前に、同乗の珊瑚には放っておいてくれるように頼んでおいたので、静かだ。ありがたい。


 ガタガタ揺れる馬車。

 ごとごと石を踏み、土を踏む。

 半分の眠りと頭痛、それを阻害する揺れ。眠りに落ちては覚醒する。


 戴に行った時の事が思いだされ、そのしんどさにまた気が滅入る。呻くとうるさいかと思って我慢しているが、それでも少しは出てしまう。

 気のせいかもしれないが、馬車もいつもよりスピードが速い気がした。


 そんなこんなで、起きてるのか寝てるのかわからないうちに、二日程が経ったそうだ。

 まだ、環まで半分以上ある。

 そんな時だ。


「なんだって?!」


 早朝。

 宿の中で、皆が出発しようと準備している時に、大声を上げる人物がいた。ーー春陽だ。

 まだ揺れてないし薬も飲んでないので、少し急いで春陽の元に行こうと部屋を出た。廊下で慶珂に会ったが、慶珂もわけがわからないと言うので、一緒に春陽の声がした部屋に向かう。

 目的の部屋には既に、深刻な面持ちをした双子と隠密夫婦が居た。

 丁度、肩を怒らせた春陽が出て行こうとしている場面に出くわしたようだ。悠陽が腕を掴んで止めていなければ、既に部屋を出ていただろう。


「どうしたの?」


 私一人、状況が全く掴めず聞くと、答えてくれたのはいつも冷静な黄さんだった。


「環が、宣戦布告を受けました」

「えっ……え?!」


 予想もしなかった言葉に、思わず声を上げてしまった。


「ど、どこ、から、ですか」


 頭の隅に、戴の字がよぎって、顔が青ざめた。


、だそうです」

「は?」


 思わず聞き返した風になってしまったが、断じて違う。いや、違う事もないのか。


「なんで、巴が環に、宣戦布告を……」

「あいつら! 戴や巍やらと結んで、邪魔な環を排除しにきたんだ!」


 私の疑問に、怒りが爆発したように春陽が叫ぶ。ビックリして春陽を見ると、今までの優しい姉とは違う側面の、鬼子、と呼ばれていた事を思い出させるような鬼気迫る表情をしていた。

   

「春陽、珠香が怖がってる。おさえろ」

「……っ、あぁ。すまん、珠香」


 春陽の腕を未だ強く掴んでいる悠陽の言葉に、春陽がハッとした様子で、私を見た。少しは、冷静さを取り戻してくれたようだ。


「すぐに環に戻らないといけない。歩兵じゃ遅い。私達二人だけでも先に」


 が、口調は早く焦りがありありと見てとれる。


「珠香を置いていく形になるけど」


 そんな春陽に、悠陽が試すような事を言う。

 そんな意地悪言わなくていいのに。

 案の定、春陽は動揺したような顔をこちらに向けた。

 私は家族を、ゆくゆくは起こるであろう戦に出したくないというのもあって、頑張っていた。つもりだった。おそらく、この巴の宣戦布告も、私が止められなかった内の一つ。

 環の武人として、環の為に死ぬ覚悟をしているこの人達を、どうして止められるんだろうか。

 何もできない、私が。

 何もできなかった、私が。

 受け入れ難いが、何もできないなら、せめて。


「兄さん、姉さん。私は、大丈夫」


 泣きそうになるのを堪えながら微笑むと、あからさまにホッとした顔が、二つ。同じ表情を浮かべる。


「ありがとう、珠香。黄殿と珊瑚さんは、引き続き珠香と慶珂をお願いします」


 悠陽がそう言うと、黄さんが首を振った。


「頭が戻らぬと示しがつきません。珊瑚、後は任せていいか」


 珊瑚はいつも通りのニヤニヤ顔、いつも通りの口調で、ええよ、と軽く言った。


「護衛の兵は置いて行くんやろ? 隊長さんは誰なん?」

「ああ、それなら……」


 珊瑚と悠陽は、何やら話し合いながら部屋を出て行った。


「悠陽と珊瑚殿の話が終わったら、すぐ出立しましょう。白雲を走らせれば、通常より早くつきます。黄殿、馬は乗れますか?」

「はあ。一応乗れますが……まさかあの暴れ馬に一緒に乗れとおっしゃるので?」

「私や悠が一緒であれば、そこまででは無いです。でなければ、置いていく形になりますが」

「そうですか……」


 表情が読み取りづらいが、諦めが黄さんの言葉に混じっていた。

 と、ここまで黙っていた慶珂が、すっと言葉を発した。


「大姐お嬢さん、必要最小限の荷物を分けます。すぐに終わりますので、少々お待ちください」

「あ、ああ、そうだな。頼む慶珂」


 春陽の言葉を待って、さっと慶珂も部屋を出て行った。

 その様子を見るともなしに見ていると、いつもの優しい姉の顔をした春陽が、近寄ってきた。


「珠香、こんな事になってしまってすまない。お前たちもなるべく早く環都に戻るんだぞ」

「姉さんのせいじゃないわ。……気をつけてね」

「ああ」


 ニカッと快活に笑う春陽に、言いようのない不安を覚える。なんだろう、胸がザワザワする。

 何を言うつもりもなかったが、口を開いた瞬間、


「大姐お嬢さん準備が整いました。二哥坊ちゃんももうすぐ戻られます」

「ああ、ありがとう慶珂」


 慌ただしく慶珂が入ってきた。ふいっと春陽はそちらを向き、言葉をかける事は出来なかった。





 その後すぐに悠陽と珊瑚も戻って来たので、慌ただしく旅装を整えた三人を、宿の玄関先で見送った。


「二人とも、気を付けてね」


 嫌な予感は、胸をざわつかせる。それでなくても、二人はおそらく環に戻って軍に入って一緒に戦いに行く筈だ。

 怖い。

 そんな不安な表情を浮かべる私を見て、悠陽はくしゃりと頭を撫でてきて、春陽は軽く私の肩を叩いた。


「ああ。珠香も気を付けて」

「珊瑚殿の言う事をちゃんと聞くんだぞ」

「わかってる」


 相変わらず幼子に言うような事を言って、二人は笑って、白い馬を駆って遠ざかって行った。青ざめた顔の黄さんを後ろに乗せて……。





「さて。旦那達も行ったし、あたし達も出発しよか」


 一緒にお見送りをしていた珊瑚が、一つ息を吐いてそう言ったのを皮切りに、みんなが動きだした。


 あいも変わらず私は、馬車で死んだように横になっているだけなのだが。


 ゴトゴト揺れながら、馬車は進む。

 揺れる馬車が気持ち悪いのは悪いのだが、それ以上に気にかかる二人の事。

 つい薄目を開けて、そこに居る珊瑚を見た。


「ふたりは、だいじょうぶ、でしょうか」


 呻くように声を上げると、おやっという顔をして、外を眺めていた珊瑚がこちらを見た。小さな声だったが聞こえたようだ。いつもの、あの微妙に笑ってる顔で答える。


「うちの旦那もついてるし、大丈夫やろ。あの暴れ馬やったら、夜通し駆けたら明後日には着くやろうし、じゅうぶん間に合うと思うで」


 珊瑚の言葉に、とりあえずホッとする。


「巴が、うごくなんて、思っても、いませんでした」


 また私が声を絞りだすと、珊瑚は肯定するように頷いた。


「せやねえ。今までずっと大人しゅうしてたんに、どうしたんやろうねえ。まあ、綜から援軍も出してもらうみたいやし、大丈夫やろ」

「そう、が、えんぐん?」


 頭痛で考えがまとまらないが、あまりにも動きが早いのではないだろうか。だって、ここで宣戦布告を受けた報告を聞いたのに、もう綜が動くの? 前世の電話のように、瞬時に情報を伝える技術なんてないのに?

 私の疑問に、珊瑚は微笑みを深くしただけだった。


「さ、身体に障るで。ゆっくり寝とき」


 はぐらかされた。

 そうは思ったが、問い詰める理由も無いし、確かに身体も気持ちもしんどいので、私は素直にまた目を閉じた。

 嫌な感じがする。

 吐き気や頭痛とは違う、嫌な感じだ。

 無事に環に戻れば、この嫌なザワザワは無くなるのだろうか。


 そんな事を考えながら私は目を瞑り、眠りに落ちていった。

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