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 ここで、ようやく目の前に出されたお茶を一口飲めた。うん、客用の良いお茶だなこれ。


「まさか、本当に悠陽が迎えに来るなんて思ってもなかった。お父様、良く許してくれたね。それも、先生の勘?」


 お茶を飲んで、滑らかになった口で悠陽に聞くと、悠陽は微苦笑した。


「春陽ばっかりずるい、って言って押し切ってきちゃった。綜までだし、なるべく急いで帰ってくるのを条件に、許してもらったんだ」


 今日は悠陽に驚く事ばかりだ。

 悠陽は、どちらかといえば常識的な子で、わがままを滅多に言わない。春陽と違って。そのせいでよく春陽の尻拭いをさせらているのだけれど。

 その悠陽が、ここまでわがままを押し通すのは珍しい。父もそう思ったのだろう。


「……本当は、伊芝いし殿が迎えの使者になる予定だったんだ。でも、先生がいきなり倒れちゃって。医者が言うには過労だろうって。それもあって押し切れたんだけど、ちょっと心配。せっかく綜に来たし、何か滋養のつく物を買って来るように言ってるけど」


 そこから一転、心配そうな表情になる悠陽。春陽は一瞬げっという顔をした。確か伊芝という人をこの双子は毛嫌いしてたっけ。

 そんな悠陽の言葉に、


「えっ、先生が? 今まで、倒れられた事なんて無かったのに」


 思わず心配の声が上がった。

 先生、確かお父様より年上(年齢不詳)だったよね。自分の健康管理もしっかりしてたし、倒れた事なんて無かったのに、どうしちゃったんだろう。


「ね。兄上の方が先に倒れそうなのにね」

「確かに」


 双子が同時に笑う。なんだかんだ仲直りできたようで良かった良かった。


「さ、悠陽殿。気が済んだなら、宴までに埃を落として、休んでください。呼ばれたら起こしますので」


 話が一段落したのを察したのだろうか、黄さんが口を挟んで来た。

 そんな付き人のような台詞を黄さんから聞くと思ってなくて、呆気に取られてその様子を眺めてしまった。

 黄さんの言葉に、悠陽は素直に頷く。


「そう、ですね。安堵できたし、湯殿を借りて一休みしてきます。後の事、お願いしてもよろしいですか」

「はい。おまかせください。本来の使用人もいるようですし」


 黄さんはそう言って、後ろに下がっていた慶珂を振り返った。見られた慶珂は、わかっているとでもいう風に、恭しく頭を下げた。

 それで、悠陽もホッとした顔をした。

 悠陽が黄さんに丁寧に接しているのは、隠密の頭として敬意をもっているからだろう。今度は、堂々と一緒に来たのだろう。お守りの必要も無いし、案外悠陽も黄さんにも刺激になったんじゃないかな。


「じゃあ、ちょっと休憩してくる。また後で」


 そう言って立ち上がると、扉に向かう悠陽。

 そんな悠陽に慶珂はサッと近寄って行って、色々世話を焼いているようだった。家族同然の慶珂に悠陽も気を許していて、何やらお喋りしながら扉の向こうに消えていった。


「……疲れていたな、あいつ」


 私の横で、春陽がぼそりと呟いた。そうなのだろうか。確かに、汚れてたり傷をつけていたりはしたが、十分元気そうに見えた。


「そう? 私、気づかなかった」

「そっか。それなら良いんだ。黄殿、珊瑚殿」


 私の答えに少しだけ微笑んで、春陽は立ち上がり、呼んだ二人の方に歩いて行った。そして、何やら話をし始めた。

 なんだろうか。私にはわからない話だろうか。

 そう首をちょっとひねって、お茶を飲む。

 ちょっと冷めたが、美味しいお茶だ。環に帰ったら、私も茶畑作れないか聞いてみようかなあ。環の背後には山々が連なっているから、美味しいお茶できそうだもんね。


 そこからは、特に何事もなく、それぞれの時間を過ごした。






 夜。


 各々自由に過ごしていたら、侍女さんが宴の準備ができたとかで、呼びに来た。

 正直、私も参加なのかどうかわからないなと思っていたので、呼ばれてちょっとホッとしたのと、面倒だなという思いが交錯した。

 が、素直に支度して指定された場所まで案内される。


 通されたのは、宴の間のような、入った事ない部屋だった。おそらく、上客をもてなす為の部屋だろう。

 思ったより華美な作りではないが、所々に良く見ると目玉が出そうな品物が置いてある。

 大きな真珠を黄金の枝に飾り付けた盆栽とか、滑らかな木目の一枚の大きな卓子と椅子とか、焼き物で有名な所の繊細な絵が描かれているでかい壺だとかが、とにかくさりげなく置いている。

 この国の宰相殿がああやって侘び寂びの人だから、他の貴族も一応気を使っているのだろうか。


 そして、会場に入ると、既にあのプロ料理人が作ったであろう料理が、所狭しと並べられていた。人も既に数人入って座っており、見た事ない貴族達だった。

 指定された席に座ると、すぐに春陽が、その後少しして悠陽も入ってきた。どうやら、あとの三人は呼ばれていないようだ。まあ、いかにも貴族の宴だもんね。

 そうこうしている内に、当主の汀桔も入ってきて、歓迎の宴がはじまった。


 双子の席は横に並んでいて、卓子を挟んで正面に私の席があるのだが、その理由はすぐにわかった。

 みな、双子と話がしたいようだった。

 春陽も悠陽もこういった事には慣れっ子なのだろう、主に悠陽がそつなく対応していた。

 私は、ただその様子を見るともなしに、美味しい料理を食べていた。私の両脇の人達は双子に夢中で、私なんかどこの貴族の娘かすら気にかけていない様子だった。


 ……マジで客寄せパンダだなあ。

 双子を羨ましいかと言われれば断じて否だし、少し可哀想にも思える。そういえば、父もそんな事を言っていたような気がする。気のせいかもしれない。


 歓迎の宴はつつがなく進み、私はゆっくり料理を味わう事ができた。二、三品は再現できそうなものがあったし、帰ったら作ってみようと思う。

 私がそんな事を考えながら、最後の菓子を食べていると、


「申し訳ありませんが、明日も早朝に出発しなければなりません。この辺で、我らはお暇させていただきたく存じます。このように温かくもてなして頂き、誠に感謝の念に堪えません。この綜と環の友情が、末永く続きますよう」


 悠陽はそう浪々と宣言すると、手に持った杯の中の飲み物を飲み干し、裏返した。それは、もう充分満足したのでこれ以上は飲めません、という仕草。宴の最中に主賓がすると、それは終わりの合図となる。それ以降、主賓以外が宴を続けるかどうかは勝手だ。

 悠陽のその仕草で汀桔も立ち上がり、同じような仕草をした。汀桔は主人なので、主賓に気を使った形だ。


「我らも綜と環の、末永い友情をも望んでおります。瑞殿の旅のご無事をお祈りいたしております」


 汀桔の言葉に、悠陽と春陽、そしてスッと立ち上がった私も、同じように簡易の礼を返した。

 そして、立ったままだが集まった人々にも軽くおじぎして、私達三人は会場を後にした。

 残念そうな奇異そうな目を、背中に感じながら。





「珠香、大丈夫だった?」


 会場を出て、侍女さんに案内されながら廊下を歩いている時に、悠陽が話かけてきた。


「私は特になにも。それより、兄さんの方が大変だったでしょう」


 綜に着いて仮眠をとったとは言え、疲れているだろう。しかも、明日は何度も言っているように早朝には出発するようだし。


「ううん。綜に直接来る事が出来て、珠香が無事なのを確認できて良かったよ」


 私を見て微笑む悠陽。そんな悠陽に春陽がふんと鼻を鳴らす。


「私が居るんだから、大丈夫に決まってるだろ」

「……尹には攫われて行ったって聞いたけど」

「あっ、あれは、卑劣な奇襲のせいでっ」

「はいはい。春陽もわかってると思うけど、明日寝坊とかしないでよ」

「誰がするか」


 基本的に、喧嘩するほど仲がいい双子なんだよねえ。そんな二人を微笑ましく見守りながら、自分の部屋に戻っていった。


 荷物は既にまとめてある。

 馬車移動になると思うので(私は馬に直接乗れない)クッションも、お昼の間に買ってきてもらって、既に馬車の中にスタンバイさせてある。すべて慶珂の采配のもとに進められており、改めて有能さを感謝した。


 明日は、日の出前に起きないといけない。

 少し、痛む胸を誤魔化しながら、眠りについた。

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