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 綜都は、この国の中心だけあって、巨大な市場がいくつかあるそうだ。

 食品とか、服飾とか、雑貨とか、とにかく扱う商品によって場所が分かれているらしい。だから、あの干物を売っていたおじさんたちのまわりも、干物を売っていたのだろう。他の所もだいたいそうらしい。


 どこに行きたいですか、と聞かれた時、最初に浮かんだのは食品だった。

 だって、小麦粉や砂糖すら手に入ったのだから、絶対面白いものがたくさんある。

 だけど。

 使うあてがない。環に帰りつくまでに腐ってしまうだろう。ここで使うアテも無い。

 なので、雑貨や服飾品の方に案内してもらった。

 移動は馬車を指定されたので、ちょっとひるんでしまったが、綜の道はとても高度に整備されており、馬車もスムーズに走った。環の中心地であってもあれだけ揺れたのに。変な所で感動してしまった。




 目的地に着いて馬車から降りても、ちょっとフラッとしたぐらいだった。馬車にも何か仕掛けがありそうだ。

 進んだ都市というのは、それだけで凄いんだなあ。そんな事を想いながら、つらつらお店を見ながら歩く。

 あの干物屋さんに行った時も思ったが、どうやらお店は、画一的に建物を作り、そこに出店したい人を募ってお店を開いているようだった。聞いてみると、その通りでそこの家賃と売り上げの少しを税として取っているとのことだった。

 もちろん、商売が上手くいけば国のしがらみを離れて自分で大きな店を建てる事だってできる。

 商業都市。

 歴代の宰相と綜侯が望み、実をつけた都市。もちろん、商売が上手くいき余剰ができたからこそ、学問都市としても成熟したのだろう。官吏だけではない学者先生が沢山養えるのも、そのおかげなのだろう。


 憧れていた、綜都だったけど。


 煌びやかな市場も、人でにぎわう大学も、いろいろ見て感じて体験したかった筈なんだけど。

 今、全く心が弾まない。

 有り体に言えば、楽しくない。

 こんな事している場合ではない、という意味の無い焦りが私を動かし、次の瞬間には脳が絶望を言い渡す。

 そんな状態で、楽しめるわけなかった。

 それでも、とりあえず家族へのお土産は適当にしたく無かったので、慶珂にほぼ相談して買った。

 お金は、環木をさらに削って換金した。既に環木が、自分の中で使用する物というより、換金する物となっていた事に、苦笑がもれる。これが無ければ、思戯達とも会う事は無かったのか。胸にズキリと痛みが走る。


「お嬢さん、大丈夫ですか」


 慶珂が、急に黙ってしまった私を心配して、声をかけてくれた。二人の兵士さんも、不思議そうに私を見ている。


「大丈夫。さ、お土産はこんなもので良いでしょう。帰りましょうか」

「いい、のですか?」

「なにが?」

「いえ」


 日はまだ高い位置にある。私がさっさと帰ろうと言い出したのが、意外だったのだろう。

 心配そうな慶珂に笑いかけながら、帯に挟んだ短刀を無意識に触っていた。






 さて。

 劉家の屋敷に戻っても、やる事が無い。


 どうしようかとぼんやり歩いていたら、珊瑚が応接間で何やら書き物をしていた。

 覗いてみたい衝動にかられてしまい、たぶん見せてくれないだろうけど、急いで、お茶の準備をしに行った。宰相にお茶を出す為に、色々場所を教えてもらっていたし、侍女さんに聞くと好きに使って良いとの事だったので、近くにいた別のメイドさんに言ってありがたく使用させてもらった。

 綜茶は、軽い飲み口が特徴で、蒸らす時間もほぼいらない。あの忙しい宰相が好きそうなお茶だ。

 ちょっとだけ苦笑しながら、お茶を持って珊瑚が居た場所に戻る。と、珊瑚はまだ何やら書き物を続けていた。なにか難しい話を書いているのかな?


「珊瑚さん」

「あら、珠香ちゃん。お出かけはもう済んだん?」


 気づかれてるかなと思いながらも声をかけると、珊瑚は一応驚いた様子でこちらを振り返った。特に、書いている物をしまいはしないようだ。


「ええ。お茶を淹れたんで、良かったら一緒に飲みませんか?」

「ええねぇ。ありがとぉ」


 珊瑚の許可をもらたので、堂々と近づき卓子の上にお茶一式を置く。茶杯にお茶をそそいで珊瑚に渡し、自分の茶杯にもお茶を入れる。


「ありがと」

「いいえ。何を、書いているんですか?」


 素直に聞いてみると、珊瑚は苦笑した。


「いやね、家を結構留守にしとるし、あの子たちちゃんとやってるやろかと思って。環を出るときに、もう二人ともしっかりしてるから大丈夫、って言って出てきた手前、あんまり大っぴらに心配できんでなあ」


 その顔は、お母さん。お子さんは私の年齢より下だと言っていた。本来なら、親も心配だろうし、子供も親に甘えたい盛りだよね。


「そうでしたか……。でも、もうすぐ会えますね」


 深く考えずに出た言葉だった。が、珊瑚は一瞬微妙な顔をした。お茶に口を付けて、ゆっくり飲む。


「……あんなぁ、珠香ちゃん。あたし、本当は驚いてんねん。尹からここまで来るって決めたその決心と、実際実行に移したその行動力に。だから、王都に行くって言いだした時も、驚きはせんかった。でも、あんたの事を一番心配してる人の言葉も、ちゃんと聞ける冷静さも残ってて、良かったなって思うんよ」


 ゆっくり話す珊瑚の言葉。私も、お茶に口を付けた。美味しいけど、何かが足りない。


「そう、ですか」


 他に言葉が見つからない。


「珠香ちゃんの旅はここで終わるかもしれへん。けど、人生は続いていくもんやから。あんまり気ぃ落とさんようにな」


 珊瑚の優しい言葉が、素直に飲み込めない。

 私の心は、まだ終わってないともがき、でも、終わってしまった虚無感が私を支配をしている。


「はい。ありがとうございます」


 自分でも、感情が抜け落ちてしまったような返答をしてしまった、と思った。ハッと珊瑚を見ると、労わるような微笑みでこちらを見ていた。

 なんだか急に恥ずかしくなって、お茶を飲みほした。


「お手紙、届けるんですか?」


 空気を変えようと別の話題に変える。珊瑚は私の言葉にパッと顔を明るくした。


「そう。一足先に手紙送って、すぐあたしが現れたら驚くやろ? 面白そうやんと思ってな」


 その顔は、悪戯を思いついたような楽しそうな表情。ああ、家族にも愉快犯なんだなあ、と思って苦笑が漏れた。

 くいっと、珊瑚がお茶を飲み干す。


「お茶、ご馳走さま」

「はい。お邪魔しました」

「いいや、ありがとな」


 珊瑚はまた、書き物をはじめた。

 珊瑚の茶杯を片付けて、メイドさんに後片付けをお願いして、部屋に戻った。

 やる事がまた無くなった。

 何気なく、先生から借りた本を取り出してきて、開く。


 その日は、その本を読むともなしに読んで、一日が終わった。

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